見下ろす空

 明るく騒がしいかがみのおかげで乗り物酔いの事もすっかり忘れることができた。

 こんな機会でもないと女子と話すこともそうそうないので、いい経験だったかもしれない。


 更にいえば自発的に次々に話題を振ってくる鏡だったからこそ、バス道中は退屈せずに済んだし、雪の来ない大きな喪失感も紛れた。

 これでポ○キー一箱なら安いものかもしれない。


 無事に空港に着いた大川高校二年次の生徒と教師たちは、持ち物やボディのチェックを受け、ぞろぞろと飛行機の機内へと歩いていく。


 ここでももちろん班毎に行動しているが、先程から後方でひどくスローペースで項垂れて歩く奴が居り、班長の責務を形式上果たすべく俺は声を掛けた。


「山目、もう少しちゃんと歩いてくれ」


 俺の声に重そうに上げた顔は、干からびた果物を連想させた。


「だってよぅ夏樹ぃ、愛しの雪ちゃんの居ない修学旅行なんて、それは袋綴じのないエロ本みたいなもんだろぅ……」


 山目は死にかけの蚊のような声を絞り出して俺の腕を掴み体重をかけてくる。

 俺は先を歩く鏡と涼川に聞こえない様小声で、


「その例えはどうかと思うが、気持ちは非常にわかる。だが、雪以外に、もしかしたらこの修学旅行でお前に接近を望む女の子がいるかもしれんぞ。そんな子に今のお前のだらしない姿を見せていいのか? わかったらいい加減重いから離せ」

「俺に接近……」


 山目は急に俯いたかと思うと、すぐに顔全てのパーツを広げて、


「そうだよな! 俺野球部のレギュラーだし見た目もそこそこだし、俺の事想ってる子がきっと居るよな! よし、元気出てきた! 夏樹、俺はこの修学旅行で何かを起こしてみせるぜ! 見てろよ! ヒャッホーイ!!」


 その場で昇龍拳を繰り出し、そのまま走って行った。


 扱いやすいのは楽でいいが、やっぱりあんな軽い男には雪は渡すわけにはいかないな。

 渡すも何も、誰のものでもないのだが。


 袋綴じ――というより巻頭カラーって感じだ――不在の俺たちを乗せた飛行機は妙に鼻声のアナウンスと初めて感じるGと共に無事離陸した。


 バスの時もそうだったが、事が済むたびに内心安堵する自分がいる。

 まあアイツが目の前に現れない以上、俺が三度みたび生命の危機に遭遇することはないとは思うが。


 運よく窓側座席になった俺は、小さくなっていく街並みやすり抜けた雲を見下ろし、自身でも少し気分が高揚しているのを感じた。


 いくら機体の中とは言え、空を飛んでいる事は事実ではあるのだ。

 窓越しだが、雲を見下ろす感覚は案外悪いものじゃないな。


 一時間程経っただろうか。


 ゴチャゴチャ煩い隣の座席の山目はいつの間にか何処かへ行き、頬杖をついて窓の外を眺めるのにも飽きたので、現地到着まで仮眠をとることにした。


 腕を組み両眼を閉じる。

 機体の操行音と時折ガヤつく環境音を子守歌に、俺は緩やかに意識を溶け込ませた。

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