涼川と鏡
翌日、修学旅行当日の俺は登校して早々、集合場所の校庭で大きな欠伸をしていた。
目頭に残る水滴を右手の中指と親指で拭き取っていると、後ろから声が近づいてくるのを感じた。
「ナー ツー キ!!!」
キ!!! と同時に背中に衝撃があり、押された勢いで両眼に指が食い込んだ。痛え!
「いやーマジ修学旅行だぜー! 俺楽しみで楽しみで全然眠れなかったぜ!!」
セルフ目潰しの痛みで眼は開けられないが、
朝からトイレの百ワットに
「いやー夏樹も間に合ってよかったよな! インフルのタイミング次第じゃ学校で留守番教師と共にずうっと自習だったんだぜ!」
え、そうなの? マジあぶねぇ!
漸く目を開けられ、ボンヤリした視界で山目を視認すると、いつの間にか隣に涼川が居た。
「風林君、おはようございます」
涼川は俺に向けて丁寧に腰を曲げた。
首までしかない短めでサラサラの髪が風にそよいでいる。
おっとりというか、ドジッ子というか、そんな感じの雰囲気を持つ背の小さな女子だ。
珍しくいつも一緒の鏡は隣にいなかった。
「お、おう、おはよう……。あの……鏡は一緒じゃないのか?」
「……はい」
「おう、そうか……」
「……」
言葉に詰まり、なんとなく涼川の顔をじっくり見つめると、合っていた眼は逸らされ俯いてしまった。
すぐに再び上目遣いの目と視線が合い、またしても逸らされた。
そして涼川は少し赤くなって困ったような顔になっていた。
……誰か、コミュニケーション能力を俺にくれ。
「あー! こら夏樹!
俺と涼川の間に鏡が割って入り、仁王立ちを決めた。
遠くから俺たちの元へ走ってきたらしく、肩で息をしている。
楓、というのは涼川の下の名前だ。
「いや別にいじめては……」
「楓が困ってるでしょ! バカ!」
「……」
刃物のような眼を俺に向ける鏡は、まるで涼川の世話焼きお姉さんみたいな存在である。
俺も姉には少し憧れたが、まあここまで直情的なヤツは御免被りたい。
「今なんか失礼な事考えてるでしょ!」
「いえいえ、滅相もない!」
なんで解るんだよ怖えよ。
深月の時といい、もしかして俺って心の声って漏れちゃっているのか?
「ふふふ、
鏡の背後で涼川が音無く笑いながら挨拶した。
それに反応した鏡がその場でくるりと回れ右をする。
腰まである長髪が遠心力で俺の顔を殴った。痛い痒い良い匂い。
「おはよ、楓」
いつの間にか地面の上に座禅を組んで瞑想していた。何してんだよアイツ。
さて。
微妙に不機嫌な空模様を見上げてから、校舎外壁に着いた時計に目を落とす。
八時二十一分。
あと十分足らずでバスに乗って空港へ出発だ。
俺の班はあと一人で全員集合だ。
酔いそうなバス移動も、人生初の飛行機も、自由時間も、全てはその一人によって幸せな時間に化けるのだ。
「あっれれー? 俺の愛しの雪様はまだ来ないのかー?」
断じてお前の雪様ではない。
「遅いわねー、あと五分よ」
「雪さん、何かあったんでしょうか……」
鏡も涼川も不安げな声をあげる。
担任教師が拡声器を使い「確認の為各班長は担任の元へ集合」と喋った。
自分が班長という事を三人の視線で思い出し、担任教師の元へ歩く。
結局、八時半になっても雪は校庭に来なかった。
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