ダイヤキュート
「今日母さん帰り遅いってさ」
風の唸り音が煩いからか、換気用の小窓を締めながら彩は言った。
こういった母親の連絡は、連絡不精な俺には来ない。
「飯はどうしろって?」
「テキトウに食えとしか書いてないよ」
そう言いながら彩は自身のスマホ画面を俺に向けた。
『採点と問題作成があるのでおそくなるッピ♪
ご飯はテキトウにたべていいッピよ♪
面倒なら戸棚にカップ麺ならあるッピ♪』
うえ……なんだこの文面、歳考えろよ。
キスケかよ……。
「兄ちゃんなんか作る?」
妹は俺が昨日買ってきたペットボトルのコーヒーを勝手に飲みながら訊いてきた。まあそのくらい飲んでもいいけど、それブラックだぞ。
「いいや、面倒くさい。カップ麺でよくないか?」
案の定「ぶえぇ」と漏らしながら苦い顔をする彩に提案した。
「うーん、たまにはいっか、それで」
眉間に皺の寄せたまま答える彩の手からペットボトルを奪い、俺もそれを飲む。
ペットボトルとは思えないほど香りの深いこの珈琲を、俺はすごく気に入っている。
やはり粗挽き豆に高温で淹れるに限る。
普段は甘いやつばっかり飲んでいるが、ここぞという時は深く強い香りを楽しむのが俺流だ。
まあ自分で淹れた事なんてないけどね。
教師をしている母親は頻繁に帰りが遅くなり、俺も彩も小さいうちから料理を半強制的に覚えた。
簡単な料理なら冷蔵庫内の物ですぐにできないわけではないが、お互い今日は興が乗らない。
洗面所下の戸棚を開けると、カップ麺が三つ。
『麺inブラック ~イカ墨味噌味~』
『みたらしヌードル 甘さ控えめ』
『自家製極細麺
……。
母親のセンスが壊滅級なのは分かった。
「じゃ、私はこれで」
床に三つ並べてしゃがみこんで見ていた俺の背後から手が伸び、一番まともそうな『自家製極細麺 中伝の塩味』を持っていく彩。
残された地雷二つを両手に取り、見比べる。
みたらしか……イカ墨か……。
究極の選択を迫られている俺を横目に、
火をつけてそのままリビングに消えていった。
ええい、もうどうにでもなれ!
敢えて『みたらしヌードル 甘さ控えめ』を選択し、包装フィルムを捨てながらリビングに向かう。
まさか、このゲテモノ感満載のカップ麺が死因……とか言わないよな。
紙蓋を開きながらリビングに行くと、彩がテレビでゲームをし始めていた。
お湯が沸くまでの時間つぶしだろう。
懐かしい……小さい頃よく一緒にやった対戦型パズルゲームだった。
制服のままソファーに胡坐をかいて画面に向かう妹に、
「懐かしいな。少しはうまくなったか?」
と挑発する。
「はー? 兄ちゃんとかもう多分雑魚だよ」
画面から目を離さずCPUをボコボコにしている。
小さな頃は俺の圧勝だったが、なるほど確かに上手くなっているようだった。
どれどれ。
ゲーム機本体の近くのもう一つのコントローラを拾い上げ、対人戦モードへと移行する。
薬缶がピーピー唸るまでの間、久しぶりに兄の威厳というものを分からせてやることにするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます