曖昧なビジョン
まずったと思った。
正確には何ひとつまずいことはないのだが、俺が密かに好意を抱く雪にはあまり見られたくない状況ではあった。
「んー? 夏樹君のお知り合いー? もしかして私邪魔だった―?」
入ってきた時きょとんとしていた雪の顔は、次第に意味有りげな微笑を口角に漂わせていった。
「違う! コイツはその、知り合いというかなんというか、その、そうちょっと前に世話になった子なんだ! 特にこれといって深い関係では……」
慌てふためく俺はさぞかし滑稽に映っただろう。
横目をやると深月はぽうっとした表情で雪を見つめていた。
「ふーん」
微笑を浮かべながら真っ直ぐ深月の方に歩いてくる雪。
複雑に焦る俺の横で、雪は優しく覆いかぶさるように深月を抱擁した。
ふくよかな胸に顔が埋まり苦しそうな深月。
「すごくかわいい子だねー。名前はなんていうのー?」
ぷはっ、と潜水を終えた海女のように顔を上げ、
「み、深月と申します」
「へー。深月ちゃん。凄くかわいいねー。なーんかよくわからないけど他人とは思えないなー。何処かで会ったことあるっけー?」
「い、いえ、は、初めましてでござ、ござる……」
語尾なんだそれ武者かよ。
「そっかそっかー。深月ちゃんはかわいいねー」
抱擁されたまま頭を撫でられている様を見ていると、やはり愛玩動物に見えてくる。
みるみる顔が紅潮し目を回した深月が、控えめに雪を突き飛ばし、
「しし! 失礼します!!」
小さな悲鳴のような声を吐いて保健室から駆け去った。
取り残された雪が苦い笑みでこちらを向く。
「あー、嫌われちゃったかな―わたし。あははは」
「いや、そんなことはないと思うぞ」
あれはどう見ても照れや恥ずかしさからの遁走だ。
しかし見知らぬ女の子ですら瞬時に魅了する雪さんパネェっす。
「どうしてここに?」
「えー、内緒ー」
これは完全にまずった。
女の子には気安く触れてはいけない事柄があることを念頭に置くべきであった。
「そそそっか! すまん……」
「なんで謝るのー? 夏樹君は深月ちゃんと何してたのー?」
またしても意味有りげな微笑みを向けてくる雪。
口元に左手を当てて上目遣いをしてきた。
「体重を量っていた」
「はー? なにそれー嘘っぽーい」
雪の微笑は冷笑に変化して俺を突き刺す。心が痛い。
だって本当の事なんだもん……。
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