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「もう梅雨だよ」
私は手の中のグラスを軽く傾けた。氷がカラリと音を立てた。涼しくて、切ない音だ。
あなたはいつもの如く、私のすぐ隣に座って飲み物を飲んでいた。結婚式の二次会の、いつもの光景。肩身の狭い独身女どうしで身を寄せ合い、居酒屋の隅で二人で飲むのが、毎年の恒例であった。唯一違うのは、この時あなたが飲んでいたのはビールでなくただの水であったことと、私もビールを一切飲んでいなかったことだ。私はこの時、あなたに罪の意識を持っていた。
「もう一年か、早いもんだね。去年の梅雨はどこの式場だったっけ?」
「日本橋のあたりだったはずだよ。青木くんの結婚式、ほら、青くて四角いチャペルがあったでしょ?」
「ああ……おぼえてない」
あなたはそう言って、つまみを箸の先でつまんでは口に運び、水で流し込んだ。ビールのようにゴクゴクと喉が鳴った。私はあなたのこの所作を、ひっそり「独身女の飲み方」と呼んでいた。
「明日も仕事なんだっけ?」
「うん」
それだけ言って、あなたは水をコップに注ぎ足した。ついでに私のコップにも水を注いでくれた時、ガラスの水差しがガラスコップに当たって、チリンと音がした。私はふと、別れ水という言葉を思い出していた。
この日は彼女と会った最後の日だ。これ以降、一切彼女と会うことはなかった。何故ならこの日を境に、私は友人の結婚式に行くことをきっぱり辞めたからだ。
この翌年の梅雨、私は結婚した。
「三次会は行かないよね?」
「行かないよ。駅まで歩く?」
「ううん、私は三次会行くから、いい」
あなたはそう言って、私の方を見た。こんな距離であなたをまじまじと見たことがなくて、私もあなたを見ていた。
既に料理の皿は空っぽで、三次会に行かない人が数人帰りだしていた。私も立ち上がって、彼女の方を振り返った。
「それじゃ、また来年」
その時の驚きを、私は今も度々思い出す。あなたはその時、困ったように微笑んで、たった一言。
「それじゃ」
再び梅雨が訪れた。しとしと雨を見る今日も、あなたのあの微笑みと氷の音を思い出す。
それじゃあ、また来年 蜜柑 @babubeby
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