第3話

「誰かと話してそれが通じ合うとは限らない。僕の言ったことが誰かに理解されないかもしれないし、僕の言葉が誰かを傷つけるかもしれない。逆に僕だって誰かの考えを切り捨てちゃうかもしれないし、誰かの言葉で傷つけられるかもしれない。それなら僕は人と関わらないことを選ぶのが賢明だと思うんだ」


 ここまで言って気づいた。これも『逃げ』だ。自分の心からの言葉を言ってそれを否定されるのが怖いのだ。本当の自分が受け入れられないのが怖いのだ。人を傷つけるのが怖いのだってそうだ。何かを言って誰かに嫌われたくないのだ。だから僕は彼女が嘘をつく代わりに、人と関わらないことを選んだのだ。


 彼女は呟いた。顔は柔らかく微笑んでいた。

「それもいわゆる『逃げ』ってやつだよね」


 彼女はわかっていたのだ。僕が彼女の気持ちを動かせたように、彼女は僕の気持ちを動かせる。


「本当にその通りだ」

 僕も微笑む。仲間を見つけた気分だった。


「私たち、似てるのかもね。やっぱり私の勘、間違ってなかった」

 彼女は僕の目をじっと見る。僕は目を逸らす。


「私ねさっき言った通り、嘘つきなんだ。君に二つも嘘ついてるんだよ。一つは嘘というよりかくしごとだけど」

 彼女はいたずら好きの少女のような笑顔を見せた。僕はすぐに聞く。


「何?その嘘って」

「まず一つ目、かくしごと。私、君が小説書いてるの知ってるよ」


 頭が一瞬真っ白になる。そしてすぐに恥ずかしくなってきた。僕は焦って少し大きな声で聞く。


「なんでしってるの?」

「時々君、図書室で寝てるよね? その時、ノートが開いたままで見えちゃったんだ。それでこっそりノートを取って読んだんだ。面白かったよ。でもその小説、絶対君自身のこと書いてるじゃん。でも、それ読んで私確信したんだ。君と気が合うって」


 僕はとてつもなく恥ずかしくなり、世界の終わりのような顔で頭を抱えた。それを見た彼女は「全然恥ずかしがることじゃないよ。よかったよ。小説」と励ますように言った。


「そういえば君、最近小説進んでないよね。チラチラ見てても、最近は勉強しかしてないよね」


「だって小説書いてたら勉強出来ないじゃん」


「さっきは君、あんなにいいこと言ってたけど結局私と同じようなものだね。小説ができないのは勉強のせいで、勉強ができないのは小説のせい。でも一応言っておくけど勉強はしてて欲しいの。結構、君成績いい方だよね。だから君の成績が落ちるところなんて見たくない。でも、少しでも進めて欲しいんだ。私、君の小説の続きが読みたい。そうだ。君が小説を書くなら私、部活辞めない」


 本当に恥ずかしくなる。それでもそれを超えるくらいに嬉しかった。


「大変になるな。じゃあ君が部活を辞めないなら書いてあげる」


 僕は言い返す。彼女は「それってパラドックスじゃない?」と言っていたが、パラドックスではない。二人とも続ければいいだけだ。

 あれ? と僕は思い出す。彼女は嘘は二つだと言っていた。

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