第2話
彼女は続けて言った。
「私ね、本当は音楽続けたいんだ。でももう私たち高三でしょ? もうそろそろ本気で勉強しなくちゃいけないじゃん。音楽やめてさ。周りも皆勉強してるよね。でも私勉強してる時、『音楽をしなくていいのか』って考えちゃってうまく集中できないの。でもこれも逃げだよね。多分、現実から逃げるために音楽使ってるんだよね。最低だよ。だって私、部活が終わった後は、逆に『勉強しなくていいのか』って考えちゃうんだもん。だから部活の後に慰めみたいに居残り勉強するの。もう私、部活やめようかなって思ってる」
彼女は人の目を見て話すタイプだ。でも今は流れる川を見ていた。そうでないと話せないかのようだった。
僕の中で大きな感情が動いた。言葉が湧いてきた。それは僕の深いところから湧いて出てきているようだった。僕の知らない言葉が湧いて出た。
「君は自分が音楽を逃げに使ってるっていうけど、じゃあ音楽している時はつまらないの? 逃げのためならやっててもつまらないよね」
「いや、つまらなくはないけど。それは楽しいよ。本当に」
「そうだよね。君が文化祭で歌ってる姿は本当に楽しんでる人のそれだったよ。だから音楽は君にとって『逃げ』だけじゃないと思うんだ」
「でも、音楽を言い訳にして勉強出来てないのは本当だよ?」
「確かにそれは本当なのかもしれない。勉強もやらなくちゃいけない。音楽を言い訳にしている君も本当の君かもしれない。でも、音楽が大好きな君だって本当のはずだ」
「そうだね。私音楽大好きだよ」
彼女が照れたように言う。
「私が歌って。みんなが弾いて。それを聞きにきてくれる人がいて。みんな笑ってて。みんなが一つのことに集中してる。その瞬間私大好きなの」
「でもさ」と彼女は続ける。顔が悲しげに歪んでいた。
「でもさ。だからこそ、そういう音楽を言い訳にする自分が許せないの。そんなんだったらやめちゃったほうがいいよって思うの」
「僕だったらさ、逆に音楽を言い訳にしちゃうような自分の嫌な部分のせいで、音楽が好きな自分を潰したくないって思う。自分の嫌な部分のせいで音楽が大好きな最高な自分を否定するのはすごくもったいないと思うんだ。音楽に没頭している時の自分に失礼だと思う」
彼女は驚いたように目を開き、そして微笑んだ。それを見た僕は安心する。
「自分の嫌な部分のせいで、最高な自分を否定するのはもったいない、か。君はいいこと言うね。君は誰かを救えるよ。もっと誰かと関わりなよ」
彼女は言った。オレンジ色の空を見上げていた。僕は考える。僕は誰かと関わるのを避けている。
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