帰り道の青春

矢凪祐人

第1話

「私ね。嘘つきなんだ」


 隣を歩く彼女が言った。横顔が晩夏の夕陽に照らされていた。形のよい鼻が、顔に長い影を落としていた。堤防の下で流れる川の水面で、茜色が音を立てるように煌めく。彼女がふっとこちらを見た。僕は慌てて目を逸らした。振り向いたことで彼女の背負っているギターの影に彼女は覆われた。僕は通学カバンを意味もなく肩にかけ直す。今更のように、何故僕は彼女と時々こうやって帰り道を共にしているのだろうかと思った。

 



 僕たちにはほとんど接点がない。彼女は明るい性格でクラスでも人気だ。部活は軽音部だった。対して僕は、クラスでほとんど口を聞かない。休み時間はずっと読書をしているタイプの人間だ。帰宅部だった。そんな僕らには一つだけ接点があった。僕らは二人ともよく図書室で居残り勉強をしている。僕は授業が終わってすぐ、彼女は部活が終わってすぐだが、数日に一度は放課後、図書室で一緒になった。

 いつものように遅くまで図書室に残ったある日、完全下校のチャイムが鳴った時、図書室にいるのは僕らとあと数人だけだった。彼女は下駄箱で靴を履き替えながら言った。

「今日も君いるんだね。私は部活後からだけど、君は放課後すぐから来てるよね。勉強頑張ってるね」

 彼女のその言葉に少なからず僕は後ろめたさのようなものを感じた。僕は図書室に居残って勉強をしているわけではない。小説を書いているのだ。小説を書いていることは誰も知らない。僕は曖昧に返事を返した。

校門を出て帰り道を歩いていると、彼女が走ってきた。

「私もこっちなんだ。一緒に帰ろうよ」

 その日から僕らは図書室で会うたび、一緒に帰った。もちろん僕は断りたかったが、人の頼みの断り方を僕はよく知らなかった。流されるまま僕は彼女と帰っている。




「嘘はよくないね」


 僕は回想から戻り、彼女に言う。言った後で上から目線だったのではないかと心配した。僕は自分の会話の能力に自信がない。会話のやり方は小説で知った。ちなみに僕の書く小説は会話文が異常に少ない。


「よくないよね。でもすぐ嘘ついちゃうんだ。本当にどうでもいいことでもさ。例えばね、私、家のエアコンの設定温度、皆には二十八度って言ってるけど本当は二十七度なんだ。そう言うこと。意味がなくても嘘ついちゃうの」

 彼女は自嘲するように言った。今日の彼女は何か変だと思った。


「じゃあどうして嘘をつくの?」

 彼女は自分の革靴を眺め、「うーん」と考えていた。


「何か嘘をつくとね、一歩退いていられるんだよね。ちょっと説明がしにくいんだけど、本当の自分で居ないで済むっていうか。これもやっぱり『逃げ』なんだろうね。本当の自分を見せるのが怖いの。だからそれから逃げるために私は嘘をつくの。クラスで明るく振る舞うの。私逃げてばっかりだ」


 その時の彼女の言葉に僕は衝撃していた。ああ、そうだ僕も同じだ。彼女にとっての『嘘をつくこと』は僕にとっての『小説を読むこと、書くこと』だった。フィクションに入り込むことで僕は『逃げて』いた。文章を書く時、読む時は小説の「僕」でいられる。彼女に、僕の中の言葉にならなかった何かを言葉にされたような感覚だった。

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