第41話

 人がいなくなりつつある大会会場の都市フィールドに今、エボ型二〇〇式はローラー走行でビルの間を潜り抜けていた。


「いたぞ! 2時方向!」


 カイたちが操るエクスボットがやっとエボ型に追い付き、ビルを挟んで機体を確認した。


 エボ型の方もブーストパックに備えられた後方カメラがギョロりと動き、こちらの位置を把握してたようだ。動き出すなら今しかない。


「手はず通りに行くぞ。散開!」


 アグロコメットを除く3機のエクスボットはビルの壁を伝いながらそれぞれの場所に移る。そうしている間もカイはオープンチャンネルでエボ型との通信を試みた。


「こちら西郡(にしごおり)カイ。聞こえているなら返答しろ。エボ型二〇〇式の操縦者」


「……来たか。西郡カイ」


 通信越しでもその重く低い声に聞き覚えがあると分かる。やはりエボ型に乗っているのは松葉セイヨウ、その人だ。


「無駄だと思うが通告する。今すぐ機体を停止してエボ型から降りろ。これは最後通告だぞ」


「フンッ。面白味もない冗談だ。それが無意味であるのはカイ、お前が1番知っているはずだが」


「宣戦布告にも何かしらの手順が必要なんだよ。最後通告が聞き入れられないならこちらは強制的にアンタを止める。抵抗はしてくれるなよ」


「熱意だけは受け取ろう。しかしもう手遅れだ」


 セイヨウはそう言うと、エボ型を120度ほど反転させてアグロコメットを正面に捕らえた。


 そのままエボ型は慣性の乗った方向へ移動しながらも、40mm機関砲と20mm機関銃で銃撃を始めてきたのだ。


「当たるかよ!」


 アグロコメットは並走から転換し、ビルを盾にして屋上を目指す。銃弾はビルの外壁を突き刺さり貫通するも、目隠しの状態ではアグロコメットにかすりもしなかった。


「やはりスポーツ系は早い。これは私の腕の見せ所だな」


 セイヨウは通信で不気味に笑い、再び正面に向き直るとタワーに向かって走り出したのだった。


 しかし、セイヨウの前進は順調にはいかない。セイヨウの前に新たな闖入(ちんにゅう)者が現れたのだ。


「はいっ! 贈物よ」


 ビルから渡り歩きエボ型の前を横切って、ナオのオクターが出現する。


 エボ型は照準をオクターに合わせようとするも、もうその影はない。その代わりエボ型の機体を小さな衝撃が襲ったのだった。


「むっ!?」


 エボ型はオクターが投擲したボールの衝撃で右足が揺らぎ、前倒しに膝を崩す形で転倒した。これでまず最初の足止めに成功だ。


「ボールほどの小さい物体は照準装置に反応なしか。勉強になる。楽しませてくれよ」


 セイヨウがオープン回線で呟いていると、その隙をついてボールを捕球する機影があった。


「もらいっ! 必殺、両手パイル――」


 地面に転がったボールを拾ったのはタクヤのコメディアンだった。コメディアンはすぐに両腕でボールを拾い上げ、お得意の高威力攻撃である両腕でのパイルボールをぶつけようとした。


 だがその前に体勢を崩したままのエボ型の右腕、40mm機関砲がコメディアンに付きつけられたのであった。


「う、うおおおおおお!」


 40mm機関砲の発射直前、コメディアンは銃口を避けて横っ飛びに回避する。その後を、人間程度なら簡単に粉砕できる特大の弾丸が通り過ぎ、またしてもビルの壁に大きな銃痕を残した。


「あまり無茶をするなよ! 向こうは仮にも元エクスシューター国内賞金ランキング1位の猛者だ。俺が教えた事前情報を忘れるな!」


 カイは元々セイヨウを知っているだけではなく、そのプレイの癖を把握していた。だからこそ戦闘用エクスボットの情報とは別角度の視点を持てていたのだ。


 いや、そもそもこれは現実というだけでごまかされていたが、対戦するのは人間であるセイヨウ自身。4人の中で一番相手を理解しているのはカイだった。


「セイヨウはプロゲーマー時代からプレイの特徴は変わっていない……はずだ。注意するのはその観察眼と慣れ、そして不規則な体勢からの正確な射撃だ」


 カイが知る限り、セイヨウのプレイングは変わっていない。長いブランクがあるとはいえ、先ほどの射撃からも伺えるように衰えはなさそうだ。


 セイヨウはエクスシューターのプロをしていた当時、先に言ったカイの注意点のようにとても手ごわい相手である。


 唯一の弱点と言えるのは完全な不意打ちを未来予知的な勘で反応しないくらいの程度で、生半可な奇襲や真正面からの攻撃は自殺行為だった。


 またセイヨウは基本機動による回避よりも障害物などに隠れたコーナーショット、カバーショットを得意とし、成果も出している。


 他にも特徴として複数の武器を使ったマルチな攻撃が得意であり、複数の相手にして互角以上の戦いをする。まさに一騎当千の選手だった。


「そんなにすげえなら、何でシューターボールで大成しなかったんだ?」


「……それは俺にも分からない。ただ相性が悪いとしか言いようがないんだ。それよりも作戦に集中しろ!」


「分かってるって、続けていくぜ!」


 今度はビルの陰からタクヤのコメディアンが丸い機体を転がすように横切り、その軌跡を追うように銃弾がアスファルトを跳ねる。


 その隙に次はヨウコ、カイ、オクターなどかわり代わりにエボ型の周りを展開し始め、狙いを絞らせなかった。


「狙いは難しいか、ならば」


 縦横無尽にビルの周りを飛び回るカイたちの不規則な軌道は上手くセイヨウをかく乱していた。そのためセイヨウは現状を打開する別の行動をせざる得なかった。


 セイヨウの選択とは、現時点での進行を諦めてビルに背面をぴったりと合わせる方法だった。


 これならカイたちの奇襲攻撃によって背部を取られる危険性はなく、作戦としては正しい。けれどもこのまま攻め手に欠けるのはセイヨウとて承知していた。


 一見してカイたちが優勢にセイヨウを追い詰めているように思えるが、このままではいけない。カイたちの目的はあくまでもエボ型の足止めではなく自衛隊攻撃前にそいつを破壊することなのだ。


 だからこそ、この場でカイたちがとった作戦は消極的な行動ではなく、アグレッシブなものであった。


「ぬっ!?」


 セイヨウが乗るエボ型に影が被る形で何かが飛来してくる。それはナオの乗るオクターの飛来であり、死角からの接近だった。


 セイヨウは影に気付き素早く上空に照準を合わせると、間髪入れずに射撃した。


「きゃあ! 危ないじゃない!」


 20mmと40mm、そして105mmの銃弾と砲弾が全門発射されて天を突く。


 ただオクターはエボ型の射撃の直前、L字型に機動をとって銃弾の全てを回避する。それは瞬発的な直感ではなく、あらかじめ決められた作戦だった。


「っ! 本命は別か」


 セイヨウは罠にはめられたと気づき射線を地上に戻すも、もう遅い。


 ビルに挟まれる形で居たエボ型は、両側の通路から挟み込まれる形でアグロコメットとコメディアンの出現を許してしまったのだ。


「くっ!」


 セイヨウはエボ型にコメディアンを狙わせるが、コメディアンは狙われたのを察知してさっさと逃げる。


 代わりに逆方向にいたアグロコメットは、エボ型の頭部カメラを目掛けてボールを投じたのであった。


「ぐっ、侮(あなど)った!」


 アグロコメットのボールにより、エボ型の左の光学カメラが圧迫されてつぶされる。これでもうセイヨウは左側を画面越しに視認するのが不可能になった。


 セイヨウは見えないまでも反撃する形で20mm機関銃のカウンターを狙うも、その程度ではアグロコメットに傷1つ付けられなかった。


「へへっ。楽勝だぜ。このまま破壊しちまおうぜ」


 タクヤは気軽にそう話すも、逆にカイは一抹の不安を感じていた。


「おかしい、セイヨウの動きがあまりにも緩慢(かんまん)だ。何か狙ってるのか?」


「考えすぎだぜ、カイ。どうせ不満たらたらで練習を怠(なま)けてたんだろう。このまま畳みかけようぜ!」


 慎重な面持ちのカイとは違い、タクヤは楽観視だ。確かに今の状況なら4人でエボ型を戦闘不能にするのも容易いかもしれない。


 ただしカイはある疑惑が頭にちらつき、心配は尽きなかった。


 一方セイヨウは通信を繋がないまま、こう呟いていた。


「――行動予測の情報はそろった。インプット完了だ」

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