第40話

 地下エレベーターで旧軍事施設に入ったカイたちは到着と共に急いでエクスボット操作のためのコンソールを探した。


 旧軍事施設は天井の配線や換気設備がむきだしで、塗装のないコンクリートの壁がひどく冷たさを感じさせた。あらかたの物資は運び出された後のようで、残っているのはほとんどガラクタのようなものだった。


「あったわ!」


 にもかかわらず、カイたちが目指していたコンソールはあった。おそらく分解して運び出す手間を惜しんだのだろう。これは幸運だ。


 先についていたカイを含むナオ、ヨウコ、タクヤ、スズはそれぞれ設備のほこりを払って点検に入った。


「電源は入るわ! 警告灯やエラー表示もない。動かせるわよ」


「ただセッティングが必要っす。最新のシステムアップデートとスポーツ用エクスボットへの最適化……、10分だけ時間が欲しいっす」


 最初にコンソールに乗り込んだナオは動作確認に沸き、スズは細かいシステムエンジニアリングを担当してくれた。


「おい、だがまずいぜ。ここにあるコンソールは4機だけだ」


「ダメです。他の区画を見て回ってもコンソールはここだけです」


 旧軍事施設にしてはコンソールの数がお粗末なのは、計画が途中で頓挫してしまったせいだろう。


 できればもっと多くの数のエクスボットを動かしたいが、それは無理そうだ。


 そうしていると廊下から複数の足音が聞こえてきた。


「セッティングに戸惑っているようだな。私にも分担しろ。3分で終わらせるぞ」


「僕も来たよ! 何かあったら手伝うよ」


 部屋に入ってきたのは準決勝を戦ったマリアとユウだけではない。他の準決勝ペアや、整備士、見覚えのある選手たちが勢ぞろいだった。


「皆、すまない。コンソールは4機だけなんだ。ともかく始動させるのを手伝ってくれ」


 カイが頼み込むと、他の人々は「ああ、任せろ!」、「配線は生きてるか?」、「急いで道具を持ってきたが、持ちだせたのはこれだけだ。足りるか?」など活気にあふれた行動へと移っていた。


 そして2分後、全ての準備が整いコンソールは4機のエクスボットと繋がった。


「急いでいて聞き忘れてた。この接続先は――」


「当然、決勝の4人分っす!」


 スズが宣言する通り、他の選手や整備士たちも口々に同意した。


「お前ら以外誰がいるってんだ。頼むぞ!」


「俺たちも手伝いたいが、できるのはここまでみたいだ。あの戦闘用エクスボットにシューターボーラーの意地をぶつけてくれ!」


「フロートの責任者と軍には連絡を入れた! 反対されたが思う存分戦ってくれ!」


「頼むぞ!」


「頼む!」


 選手や整備士たちの心は皆ひとつ。大会を台無しにされた鬱憤(うっぷん)を、台無しにした張本人にぶっぱなす。それだけだ。


「ああ、全てまるっと任せてくれ。俺たちのシューターボールを見せつけてくるよ」


 カイたち4人の選手は古い型のヘッドギアを付けると、コンソールの中に入った。


 中に入ると、早速四肢と連動させるための支えが付いたハーネストを着用し、機体の始動と通信を開始した。


「こちらカイ、準備OKだ」


 すると通信からはナオやヨウコ、タクヤの「OKサイン」が繰り返された。


「よしっ。アグロコメット、出る!」


「オクター、出るわよ!」


「ロウニン、作戦開始です」


「コメディアン、続いて出るぜ!」


 カイの合図と共に、4人はタワーへと迫るエボ型二〇〇式に搭乗するセイヨウを追った。



「急いでて作戦を聞き忘れてたぜ。具体案はあるのか?」


 専用チャンネルからタクヤの疑問の声が入り、カイが応答した。


「すまない。俺は戦闘用のエクスボットに疎(うと)い。ナオかヨウコはどうだ?」


「ならまず私が解説するわ」


 ナオはまず大型スクリーン上で確認された武装について復唱した。続いて、より問題となる装甲の話になった。


「旧式と言っても第3世代、装甲車よりも固いわ。軍事機密だから詳細は分からないけど、推定される材料は複合装甲(コンポジットアーマー)よ。これは鉄よりも固いセラミックの装甲、他にも合成樹脂やカーボン複合材、グラスファイバーなど含まれているわ」


「すまん。もうちょっとわかりやすくいってくれ」


「例えるならこっちのアルミ合金装甲は鋼鉄の3分の1の強度、複合装甲はその鋼鉄の欠点を補った防御力よ。ちっとやそっとでは傷さえつけられないわ」


 ナオが分かりやすく言うと、タクヤは通信越しに唸った。


「つまり――めっちゃ固いんだな」


「ええ、タクヤは賢いですね」


 専用回線に虚しい空気が流れた後、ナオが「コホンッ」と調子を取り戻した。


「複合装甲は対戦車兵器や特殊な弾頭でも破壊は難しい。ただ幸いに厚みはそうないわ。私たちが使うボール2つでも効力がある部分もないわけじゃない」


「それはどこらへんだ?」


「内部機関が露出する部分、ブースターパックの噴出口付近がまずひとつ。次に関節部分。そしてメインのターゲットは、カメラとレーダーよ」


「カメラとレーダー……目を潰せってことか」


「そうよ。戦闘用と言っても視界がゼロなら降参するか、肉眼で操縦するしかない。いくらテロリストでも後者は選ばないはずよ。それこそいい的だからね」


「……もし肉眼による有視界になったら、それこそ止めるチャンスだ。どっちにしろカメラとレーダーの破壊は最優先だな」


 ナオの説得に他の2人も納得したようだった。


「ヨウコからは何かないか?」


「うーん、ひとつあるとすればイレギュラーの問題ですね」


「イレギュラー?」


「といっても本来はこっちがメインなのですけど、自衛隊の介入ですね」


 カイはヨウコの言葉に息をのむ。忘れていたが既に上空には戦闘機が飛び、いつでもミサイルが撃てる状況だ。


 市民が取り残されている以上、安易な攻撃はないだろう。しかしカイたちが足止めをすればどこかで介入してくるのは目に見えている。


「どうします? その場合は自衛隊に任せますか?」


「……」


 正直カイには自衛隊に任せるという選択肢はない。もし自衛隊が戦闘に入れば、それはもう戦場だ。それこそセイヨウが望むべき状況なのだ。


「……俺たちが肉薄すれば自衛隊も簡単には手出しできないはずだ。例え無人とはいえ民間のエクスボットだからな。引き延ばしだけなら可能かもしれない」


「そうか? 俺の知り合いは自衛隊だけどよ。国防のためなら人命以外のリスクは度外視するって言ってたぜ。撃ってくるんじゃねえか?」


「その時は、その時だ。俺たちは手を引く。自衛隊の実弾使用が俺たちの限界だ……」


 カイはその場合を考えると、悔しさを隠しえなかった。


「それでいいの?」


「いいさ。俺だって皆を巻き込んでまで国に反抗するつもりはないよ。それに人命を思えばそれが1番だ」


 カイは理性的に言うと、気を取り直した。


「だが今はまだその時じゃない。エンゲージまであと3分、詳細な作戦を決めるぞ」


 カイは覇気を取り戻し、作戦に集中した。


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