第39話

 陸上自衛隊保有の第三世代、エボ型二〇〇式。それが今有島フロートに突如出現した戦闘用エクスボットの正式名称だった。


 全身を迷彩柄、前方視界型の頭部カメラとブーストパックに備わった後方視界カメラで戦況を見極め。当然レーダーも完備し、情報リンク無しでも半径30kmの動体感知が可能だ。


 武装は右腕部40mm機関砲1門、左腕部20mm機銃2門、左肩部に105mm榴(りゅう)弾砲を担いでいる。その上、臀部には対空迎撃用ミサイルが搭載されていた。


 陸上部隊では主に沿岸部の前線で活用され、扱いは装甲車以上戦車未満。装甲厚や使われている素材は戦車の劣化版といったところだ。


 ちなみにスポーツ用のエクスボットと違い、機動性はかなり劣る。例えるならば飛行機とヘリコプターくらいの速度差があるのだ。


 だがそれも装甲と武装による機動力の犠牲、まともにぶつかればお釈迦になるのはスポーツ用のエクスボットだ。


「誰よ! あんな物騒な兵器を持ってきたのは!」


 カイたちを含む決勝出場者4人はスタッフの誘導の下、有島フロート中央部のタワーに向かっている最中だった。


 会場全体から見れる大型スクリーンは相変わらず所属不明のエボ型二〇〇式、おそらく松葉セイヨウの操る戦闘用エクスボットを映し出している。


「所属不明機に告げます。ただちに機能を停止してください! ただちに機能を停止してください!」


 アナウンスは相変わらずエボ型二〇〇式との交信を試みているようだが、反応はないようだ。その間もエボ型二〇〇式は脚部に取り付けられたローラーで移動を開始していた。


「一体なんの目的で現れたのでしょうか? テロリスト? それとも犯罪者?」


「……あれがもしセイヨウなら、目的はシューターボールへの復讐だ」


「シューターボールへの復讐?」


 口元の表情は見えないが、ヨウコは首を傾げてカイの顔を覗き込んだ。


「説明はだいぶ省くが、あの軍用エクスボットに乗っているのは松葉セイヨウだ。彼はエクスシューターを廃止した政府や世界を恨んでいる。そしてその後継のシューターボールも同じように憎悪の対象だ。爆発もきっとセイヨウの仕業だろうな」


「ならおかしくない? セイヨウの目的がこの有島記念を台無しにするためなら、コンソールを爆破するだけで達成してるじゃない」


「それは……」


 カイには分かる。どうしてセイヨウは爆破テロだけではなく軍用エクスボットを動員したのか。


 それは「彼なりの復讐」を実現するためだろう。


「おそらくセイヨウは、ここでエクスシューターのまねごとをするつもりだ」


「なんですって!?」


 自分なりの復讐、過去のエクスシューターの栄光、そして銃弾による戦闘可能な軍用エクスボット。そこから導き出される答えはエクスシューターの試合の再現だ。


 ただしセイヨウがしたいエクスシューターの試合の相手は分からない。ただ、宛てはある。


「……ここから近隣の陸上自衛隊の戦闘機がスクランブルするなら最短で5分。戦車や陸上の部隊が展開するには、大体2時間くらいかかると思います」


「戦闘機はともかく、陸上部隊の展開は遅いな」


「それも政府が最短で自衛隊の派遣を決定した場合です。軍の編成、敵編成の確認、色々なステップを踏むならもっと時間がかかってもおかしくはないです」


 ヨウコはそう詳しく政府と陸上自衛隊の実情を話してくれた。


「有島フロートの警備用エクスボットはないのか?」


「あります。だけど性能はスポーツ用のエクスボットに毛が生えた程度です。申し訳程度の追加装甲と、武装は鎮圧用のスタンロッドと遠隔拘束用のネットだけです。しかもネットに限ってはほとんど肉薄しなければ効果を発揮できません」


「なんで武装がそんなに貧弱――そうか『3日紛争』のせいか」


 3日紛争、銃を使ったスポーツであるエクスシューターが廃止された原因であり、シューターボールを生み出さざる得なかった原因の事件。そのせいで民間用のエクスボット用武装は限りなく制限されているのだ。


「電波装置の停止で機能停止にできないの?」


「無理ですね。スクリーンのエクスボットは操縦席が増設されている直接搭乗型の戦闘用エクスボットです。電波妨害程度では止まらないですよ」


「じゃあ、自衛隊の到着を待つしかないわね……」


 そう話している間に、空中を通り過ぎる機影を確認できた。どうやら話に合った戦闘機がもう到着したらしい。


「旋回してる……なんで攻撃しないの!?」


「避難している市民の情報が入っていないようですね。巻き添えを恐れて攻撃できないようです」


「じゃあ、早く非難しなきゃ。でも……」


 大型スクリーンに映されているエボ型二〇〇式の進行方向は、中央部のタワーだ。


 足並みはほぼ避難している観客と同じかそれ以上、これではいつまで経っても攻撃できない。


「戦闘用のヘリが近づければ被害範囲を抑えられるかもしれないです。でも、それにはもっと時間がかかります」


「なら、足止めが必要ね」


 ナオはタワーに向かっている足を止め、引き留められたカイたち3人はナオの顔を伺った。


「足止め?」


「そうよ。私たちが使うエクスボットなら無人、例え反撃されても被害は出ないわ。撃破はできなくても時間を稼ぐくらいなら――」


「それは無理です」


「!? なんでよ!」


 ヨウコはスマートフォンを耳元に近づけて、ナオの提案を遮(さえ)った。


「今入った情報によれば、コンソールは全滅です。警備用のコンソールを含めて全て爆破されたようです」


「ちょっと! 念が入りすぎじゃない!?」


「きっと民間の邪魔が入らないためにですね。セイヨウさんは本当にここをエクスシューターの試合会場に……いえ、戦場にするつもりのようです」


 カイはヨウコの言葉に愕然(がくぜん)とする。


 もしこのまま有島フロートが戦場になれば、セイヨウの思うつぼだ。セイヨウの望むように、ここは弾丸の行きかう地獄になる。


 しかもセイヨウは徹底抗戦で死ぬつもりだ。エクスシューターへの恩讐を胸に、自分の復讐を完遂するだろう。


「そんなことはさせない」


「……カイ?」


 カイは何か方法がないか考える。ここを戦場にはせず、あの戦闘用エクスボットを止める方法。セイヨウの野望を止める手段。かならずどこかに計画の穴があるはずだ。


 カイは良い案を浮かぼうと、頭を押さえて地面を見ていた。


 その時、思いついたのだ。


「……地下」


「地下がどうしたの?」


「確かナオは、この有島フロートは軍事用の施設の上に新しく建設されたって言ってたよな」


「ええ、そうよ。それがどうしたの?」


「軍事用の地下がそのままなら、軍用のコンソールもそのままじゃないのか?」


「あっ!」


 カイがヨウコの方を振り向いた。


「ええ、軍用の設備はほとんど取り払っていますが旧式のコンソールだけは残っています。主に施設見学用のためですが、使える可能性は十分あります。……爆破されていなければですが」


「地下に行く手段は?」


「ちょうど会場の近くに地下エレベーターが。けどコンソールが残っていれば警備担当の方に任せる方法も――」


 ヨウコがそう言ってカイの表情を見るも、諦めるようにため息をついた。


「――止めても行くのでしょうね」


「当たり前だ」


 カイがこぶしを握り、決意を示した。


「なら派手に行こうぜ! 俺たち4人だけじゃなく他の上位選手も誘って。そうすりゃ心強さ満杯だぜ!」


「タクヤもそうなのですね。分かりました。大会関係者に電波妨害の停止とエネルギー供給の手はずを指示します。無茶な願いですが、そこは私が何とかしましょう」


 ヨウコはスマートフォンを新たな番号に変えて、かけ直した。


「あっ! しまった。俺たちのエクスボットも破壊されているんじゃないのか?」


「そこは大丈夫っす!」


 カイが慌てていると、いつのまにかそこにいたスズの助言が入った。


「爆弾を取り付けるなんて馬鹿な真似、私たち整備班が許してないっす。だからこそコンソールだけをターゲットにしたようっすね」


「た、助かる。よしっ、これで」


 カイは一同の顔を見合わせ、心を1つにした。


「セイヨウの戦闘用エクスボットを止める。俺たちのシューターボールを、戦場になんかさせない!」


 4人はそれぞれ各員に連絡を取りながら、地下エレベーターへと走ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る