第38話
「準決勝おめでとうございます。カイさん、ナオさん」
「ああ、ありがとう」
コンソールから出た2人をまず労(ねぎら)ったのは、マスターサムライこと清水ヨウコだった。
相変わらずその顔下半分を隠す仮面を付けており、やはり異様だ。ただ知り合いのカイはもうその姿に慣れたものだった。
「ありがとうヨウコちゃん! そっちも決勝進出おめでとうね」
カイの隣のコンソールから出てきたナオも、同じようにナチュラルな対応をする。合宿からの間柄なので、それは当然なのだろう。
「これで決勝の相手は決まりだぜ。この大会でどれだけ成長したか見せてやるよ」
ヨウコの隣にはこれまた知り合いどころの仲ではないタクヤが立っている。その立ち姿はどことなく自信を感じ、この大会で実績を重ねた様子を感じさせた。
「まさか合宿と同じ組み合わせになるとはな。だが負けるつもりはないからな。明日は合宿のリベンジをさせてもらうぞ」
カイが堂々と宣言していると、向こう側のコンソールから近づく人影がある。それはマリアとユウだ。
マリアはすねたような顔をしているが、ユウは汗に濡れたさわやかなでにこやかな表情をしていた。
「いい試合だったね! こんなに白熱した試合は久しぶりだよ!」
「お前は最後背中を見せて逃げていただろう! 全く、わが社の自慢の機体がこうもやられるとは、製品化までに改善が必要になったではないか」
マリアはぶつぶつと文句を言いつつも、カイに手を伸ばした。
「ん? 何だ」
「ほら、握手に決まってるだろ。スポーツマンシップとしては当たり前だ」
「あ、ああ。そうだな」
カイとナオ、それにマリアとユウは互いに固く握手をして互いの健闘をねぎらった。
これだけの接戦なら、決勝に向けて良い経験になったはずだ。マリアとユウには感謝しても感謝しきれないところがある。
「貴様らが負けるとわが社の機体の株が下がってしまうからな。負けるなよ」
「はははっ。言われなくとも」
マリアのやや憎しみのこもった握力と圧力に、カイはたじたじになりながらも励ましの言葉を受け取った。
「やったっすね! カイさん、ナオさん!」
そこで新たに人の輪へ入ってきたのは、見覚えのある褐色の肌。スズであった。
カイはスズを見ると、「あっ!」と気づいたように両手を合わした。
「すまん! また手部が壊れた。怒らないでくれ!」
カイとスズ以外の5人がその姿をぽかんと見ていると、スズは恥ずかしそうに口を開いた。
「別に勝利に水を差しに来たわけじゃないっすよ。今回は指が少しとれただけだし、そんな野暮しないっす」
ならばそれ以上の破損だったら業を煮やすのか、と思いつつもカイはホッとする。
「機体の仕上がりは上々っす。ただビーストモードはもっと早いセッティングができるようにした方がいいっすね。決勝に向けて改善の余地ありっす」
「決勝、決勝か……」
カイはこれまでプロゲーマーとして決勝の舞台に立った経験がある。それでもいつ何時でも、決勝に向けての胸に宿る熱き想いは変わらずに燃え出すものだった。
そんな風に期待を新たにしていると、走り込んでくる記者たちの集団があった。
「それでは準決勝の皆さんで写真とインタビューをお願いします。皆さん集まって」
ヨウコとタクヤの準決勝相手のペアも合流し、8人は肩を寄せ合って記者たちのフラッシュと質問攻めの祝福を受ける。
そうしている間も、ナオはカイに小声で話しかけていた。
「決勝、絶対に勝つわよ。私のためにも、カイのこれからのためにもね」
「ああ、決まってるだろ」
カイたちを取り巻く写真のフラッシュと記者の質問はしばらく鳴りやまず、8人は様々な表情で受け答えをするのであった。
準決勝から3日後、決勝当日となった。
観客席は満杯どころの話ではなく、喝采のようにざわめいている。試合を陰ながら支えるスズのような整備士や大会のスタッフが最後の調整のために必死な表情で散らばり、それぞれの責務を全うしていた。
間もなく全ての準備が整い試合が始まろうとする中で、コンソールの前にはカイたち4人の姿があった。
カイ、ナオ、ヨウコ、タクヤ。彼らは真剣な表情でテーピングやルーチンワークをこなし、心地よい高揚感を保とうとしていた。
「……」
4人とも無言だ。その真剣さは他の誰にも邪魔できず、緊張の糸は限界まで張られていた。
「……勝った方が夕食をおごるのはどう?」
そんな緊迫した雰囲気でありながら、ナオは他3人に聞こえるような大きな声で提案を吐き出した。
カイとタクヤが砂浜での出来事を思い出して「ブッ!」と唾を噴き出す中、意外にもヨウコは顔を煌(きら)めかせて反応した。
「いいですね! 実はこの有島フロートで一番のフルコースを頼んでみたかったのです。確か30万するフルコース! 4人一緒にいただきましょう」
「30万……合わせて120万か。こいつは中々ヘビーだぜ」
タクヤがそう呟くと、ナオがそれを否定した。
「違うわよ。スズを含めた整備士たち全員も一緒に食べるのよ。2位の賞金全部使い果たすつもりでゴチになるわよ!」
「ひっ、ひえっ!」
そうなると少なくとも500万以上はくだらないな。とカイが背筋を寒くする。ただしそれも負ければの話だ。
「負ける気はゼロ、って感じだな。確認するまでもないだろうが」
「当たり前じゃない。私たちはそもそもこの大会に優勝するために結成されたタッグよ。負けたらただじゃおかないからね」
「……そうか。この試合が終わったらもうタッグを組んだ試合はないんだよな」
カイはこれまでの日々を振り返って想う。初めてナオに誘われた日、様々な非公式試合、プロライセンス試験、そしてこの大会の思い出だ。
どれもかけがえのない記憶の数々、それも始まりは全てナオからだった。
「ナオには感謝してもしきれないよ。大会が終わった秋シーズンは別々になるだろうが、これからもよろしくな」
「ええ、その前にこの試合を勝って打ち上げよ! それまで気を抜くんじゃないわよ!」
カイとナオは改めて気を引き締め直していると、ついにアナウンスが入った。
「それでは今大会最後となる決勝戦を始めます! 決勝参加者のペアはコンソールに入る準備をしてください」
アナウンスに言われるまでもなく、4人はもう赤い布を前にした闘牛のように興奮しっぱなしだ。いつ自分の首に掛けられた手綱が離されるか、今か今かと待ち構えているところである。
「それでは試合開始前の握手を――」
アナウンスがそう勧めようとした時、事態は急変した。
「っ! ナオ危ない!」
急にコンソールの外面から火花が出たかと思うと、連鎖的な爆発を引き起こしながらコンソールが壊れようとしていたのだ。
カイがナオを、タクヤがヨウコを庇った瞬間、コンソールは閃光と共に大爆破を起こした。
「な、なんでしょうか! 皆さん落ち着いてください! 原因と被害を調査いたします」
アナウンスは動揺しながらも、ガイドラインに従った緊急措置を取ろうとする。そして周りのスタッフや整備士たちも状況を判断しようと努めていた。
「まったく、一体何なんだ!」
カイは爆風により耳鳴りとめまいを起こしつつも、下敷きにしていたナオを揺り動かした。
「ナオ、大丈夫か!」
「私は大丈夫よ。って、頭から血が流れてるわよ! 大丈夫じゃないのはそっちでしょ!」
「これくらいかすり傷だ。なんてことはないよ」
カイは首を振って周囲を確認する。どうやら壊れたのはコンソールとその周りの機材、人的被害は選手であるカイたち4人だけのようだ。
その中に含まれるヨウコとタクヤは破片や爆風による大きな外傷はなく、命の危険は無さそうである。
「死人はなし、か」
カイが胸をなでおろしていると、アナウンスから新たな情報が入ってきた。
「コンソールの爆発、爆発です。調整の不具合でしょうか? しかし更に問題が……機体格納庫から謎の機体が出現しています!」
試合会場の大スクリーンが映していたコンソールの爆発から、画像は格納庫付近に変わる。
そこには黒と緑の迷彩を基調とした不明な機体が映されていたのだ。
「あれは……軍用エクスボット!?」
ナオが瞬時に機影から機体の所属を明らかにした。
「陸上自衛隊保有の第三世代、エボ型二〇〇式じゃない! 破棄されたはずの機体がなんで!?」
ナオがそう言った瞬間、カイの中で全てのピースが揃う。
あの日、テレビから流れた旧式軍用エクスボットの破棄についてのニュース。隣でそのニュースを見ながらシューターボットへの復讐と固執を語り、「自分なりのやり方」を目指す存在。
そいつが今、この有島フロート記念大会会場に姿を現した理由はひとつだ。
機影だけとはいえ、カイは確信した。あの旧式軍用エクスボットを操っているのは、松葉セイヨウその人だ。
カイは大型スクリーン上のエクスボットを睨み、苦々しく言葉を吐いた。
「この、大馬鹿野郎おおおおおお!!!」
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