第36話

「ビーストモードとは、大きく出たな」


 防戦一方の中、両腕片足で起立したアグロコメットは四つん這いの獣のようになりながらマリアやユウを威嚇していた。


「なんかカッコいいね。こう、最終兵器って感じがするよ」


「所詮はただのエマージェンシープログラムだ。油断はしないにこしたことはないが、前以上のポテンシャルを発揮できるわけはないさ」


 マリアはそう吐き捨てると、アンダーテイルにアンダースローでボールを投擲させた。


 その狙いはやはりカイのアグロコメットだ。


「させないわよ!」


 しかしこれはナオのオクターによってナイスガードされ、ボールはオクターの後方に転がった。


 またしても同じ展開だとノーネームがボールを拾いに行く最中、その異常事態はユウの目の前に現れた。


「うひっ!?」


 それはまるで昆虫のような動きだった。アグロコメットは器用に両腕と片足の3本足を節足動物に見立てて、地を這いボールを追いかけたのだ。


 ボールへの反応はユウの方が早かったものの、この奇妙な行動に威圧されてノーネームは二の足を踏んでしまったのだ。


「確保!」


 ボールを先に手にしたアグロコメットはバッタのように素早く飛び退くと、ノーネームと距離をとる。その異様な光景を前に、ノーネームもまた後ろに下がったのだ。


「馬鹿っ! 攻撃のチャンスだっただろう」


「だってアレ、なんか気持ち悪いんだよ。こう、地を這う姿とかがゴキブリみたいでいやなの!」


 カイは内心ちょっと傷つきながらも、捕球した球の行き先を計算していた。投げる先はアンダーテイルとノーネームどちらが良いか吟味していたのだ。


「よしっ!」


 カイはオクターがノーネームの攻撃を予測してカバーに入ったのを確認して、標的を絞る。


 それはアンダーテイルだ。


「きええええええええええ!」


 もう気色悪いならそれでいいやと、カイは奇声と共にアグロコメットを跳躍させる。跳躍の理由は相手の意表を突くためだけではなく、片足を失った状態ではジャンピングスローが最適だったからだ。


 意表を突かれたマリアはアンダーテイルにガードの選択肢しか選べず、その上ボールを前に弾くという愚行を犯してしまった。だがそれも無理はない。


「SFの化け物じみてるな」


 苦虫を噛みしめるように悔しがるマリアの前で、アグロコメットは飼い犬のように猛然とボールにしゃぶりつく。片足がないせいとは言え、ここまで節操のないプレーだと他は感心せざるを得なかった。


「もう! 好き勝手しないでよ!」


 これにはユウも頭に来たのか、横にステップしながらアグロコメットの後方へボールを投じる。


「待ってたわよ」


 しかしそこはオクターだ。多少の横移動などに惑わされず、しっかりとアグロコメットの背中を守って割り込む。


 そうして正面から受けたボールはただガードされるだけではなく、キャッチングに成功した。


「わ、わわわ!」


 ユウも流石に自分への脅威を感じたのだろう。何せオクターがボールを捕まえたのはノーネームのすぐ前だったからだ。


 このままでは強烈な反撃を食らう。と判断したノーネームは咄嗟に前面をガードした。


「くらいなさい! 私のオリジナル必殺技よ!」


 ナオはオクターを操作し、ガード腕で挟み込んだままボールを振り上げる。そしてそのままノーネームに近づくと、ボールを振り下ろしたのだ。


 ボールの直接接触攻撃、つまり両手によるパイルボールは防御していたノーネームの4本の腕を丸ごと奪い去ってしまった。


「ナオ選手! 中度損傷ペナルティー10%」


 ただしその代償にガード腕がノーネームの機体に接触してしまい、審判ボットが反則を取る。それでもこのダメージ貢献は試合を左右する決定打だった。


 ただしそれは腕でしかボールを投げられないプレイヤーに限った話だ。


「この! 仕返しだよ!」


 4本の腕を破壊されながらもバランスを保ち、振り下ろされて跳ねあがったボールをノーネームがトラップする。


 そこからの坂道の位置エネルギーを利用した反撃は、機体の傷ついたオクターが避けるのは無理な話だった。


「ちょっと急ぎすぎたかしら。でも、これくらいはね」


 ノーネームのシュートを防ぐのもできず、ど真ん中の胴体にボールを受けたオクターは半身が吹っ飛ぶ。そのせいで上半身と下半身が生き別れになり、これはほぼKOの判定が入るダメージだった。


「カイ!」


 破壊されながらも、ナオはKO判定が下される前にボールをアグロコメットに向けて弾く。それはナオができる最後のアクションだった。


「ナオ選手、テクニカルKO!」


 審判ボットがテクニカルを宣言すると同時に、オクターの上半身が地面に転がる。オクターはまだ動けたため、残念そうに頭部カメラを地面へと寝かした。


 さて相棒を失ったアグロコメットと言えば失意にあると思いきや、そのシルエットはますます異様な物になっていた。


「よくもやってくれたな」


 アグロコメットは片足がないため、ボール2個を両手で地面に押し付ける形で起立している。言うなればゴリラの歩行状態のような、異形の有様だ。


「ちょ、ちょっと怖いよ。カイ、さん」


「おう、それはそうだ。俺は燃えてるからな」


 カイはそう告げると、猛然とアグロコメットに坂道を駆け上がらせた。


 狙うのはもちろん、ノーネームだ。相手が動揺しているこの隙を逃す手はない。


「待って待って、怖いから!」


 ユウは防御できない機体を反転させて、背中を向けて逃げ出す。カイはその回避の仕草が最もしてはいけないやり方だと、身をもって知っていた。


 アグロコメットは上下の位置を無視し、ノーネームよりも上に跳躍すると両手のボールを投じる。ガードもできず、ボールを直視していないノーネームはそのボールを身に受けるしかなかった。


 ノーネームは右肩と左足にボールを受け、勢いとバランスを失い地面に頭部カメラを押し付ける。そこから跳ねたボールの1つを宙で受けたアグロコメットは連続攻撃に転じた。


「ず、ずるいよお!」


 アグロコメットは容赦なく、横たわったノーネームの頭部カメラに片手のパイルボールをぶちのめす。それは遠慮の影も形もない、念のこもった一撃だった。


「ユウ選手、KO判定!」


 審判がそう告げ、アグロコメットは空中でガッツポーズをした。


「さてと、これでイーブンだな」


 カイはアグロコメットに着地させると眼下にいるアンダーテイルに振り向いた。


「まさか猿芸相手にこうも追い詰められるとは。油断ならんな、ルーキー」


「ビギナーズラックって手もあるからな。だけど俺は実力で勝ち進んできた自負があるから、軽く見るなよ発明家」


 ボールは互いに1球ずつ拾い、準決勝はまもなく最終ステージへと入っていた。

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