第35話

 緑色のドットで構成されたビル群の中で、反対側に転がったボールをそれぞれカイのアグロコメットとユウのノーネームが拾いに走る。するとノーネームの方ではどたばたと激しい騒音が響いていた。


「ついてくるのは構わんがいつまで張り付いているつもりだ?」


「私もこっちに行きたいと思っているだけよ! 近づいてるのはそっちのほうでしょ!」


 ノーネームが拾いに走ったボールの近くでは、先ほどまで姿の見えなかったナオのオクターとマリアのアンダーテイルが肉薄したまま走ってくる。何故かその2機は喧嘩腰に並走していた。


 アグロコメットが楽々ボールを拾う最中、ノーネームの側では3機がもつれこむ形でボールを奪い合っていた。


「腕が4本なんて満足に動かせないくせに邪魔なだけでしょ! ああもう、ボールを蹴るなんて邪道よ邪道! ボールはもっと丁寧に扱いなさい!」


 ナオは見事にオクターを扱いながら、マリアとユウの2機相手にボールの競り合いに敗けてはいない。しかも口うるさく喋り、相手を威圧するオマケつきだ。これは歴戦のナオならではの技なのだろうか。


 おかげでカイは悠々とアグロコメットにボールを保持させたまま、3機に近づく機会を得られた。


「おっと、させないよ!」


 アグロコメットの攻撃のチャンスに、ボールの奪取をしていたノーネームが振り向く。どうやらボールの所有権よりも防御を選んだようだ。


 カイはアグロコメットに野暮な変化球などはさせず、ダッシュによる加速の掛かったボールを投げる。この方が高い損傷率を期待できるとの判断だった。


 果たしてユウのノーネームに、アグロコメットの渾身のストレートが向かった。


「ナイスボールだね!」


 ノーネームはそれに対して両腕を組んで三角系を作り、腕でボールを受け止めた。


 それはバレーボールのレシーブだ。けれどもそのレシーブは教科書通りのやり方ではなく、腕を引いて自身への負荷を最小限にするテクニカルな方法だった。


 そのおかげでノーネームの両腕へのダメージは少なく、ボールはノーネームの真上に上がった。


「アンド、アタック!」


 ノーネームは上がったボールに対して追いかけるようにジャンプし、空中でボールを叩きこむ。これはバレーボールのアタックだ。それもカイが知る限りかなり強力な一撃である。


「このっ!」


 カイは投球の反動によって踏み出した足を回避に持っていけない。あまりに見事なユウの攻守に真正面から対峙しなければなかった。


 「ト、トス!」


 ノーネームの衝撃的なアタック攻撃に対してカイの判断は、同じくレシーブの体勢だった。


 見様見真似のそれはユウのノーネームに比べればあまりにも稚拙だ。それでも他の選択肢がないため、カイの中ではそれが最善の仕返しだった。


 アグロコメットの両腕で弾かれたボールはやや目測を誤り、斜め上に跳ね返る。それもダメージを逃がし切れず、両腕の変形は避けられなかった。


 ボールが自分へ向かってきたのを確認し、ユウは再びチャンスが来たと判断し、ノーネームに地面を蹴らした。


「チャンスもらい!」


「させるかよ!」


 アグロコメットとノーネームの跳躍はほぼ同時、そして互いに繰り出したのは同じ空中でのシュートだった。


 ボールは蹴り技により両側から衝突し、両者ともに空中でぶつかり合ったのだ。


「はははっ、空中で競り合うなんて漫画みたいだね」


「ちょうど俺もそう思ったところだよ!」


 一度の蹴りによる競り合いでは勝負はつかず、ボールは跳ねてより上空に放り出された。


 これに対してどちらとも再び相まみえようと地面に着地して、もう一度跳躍した。


「おろっ!?」


 ところがユウの方はジャンプが上手くいかなかった。理由はノーエームの3本足が1本欠けていたからだ。


 どうやら通常時のバランスに対しての平衡装置は問題なくとも、ジャンプと着陸という難しい動作にエクスボットの演算が間に合っていないようだ。


「お見舞いしてやるよ!」


 アグロコメットは宙を回転しながら真芯でボールをシュートする。言うなればそれはオーバーヘッドシュート、サッカーでもまれにしか見られないプレーだ。


 そのシュートはノーネームを飛び越し、オクターとボールを奪い合っているアンダーテイルの背部を襲った。


「何っ!?」


 アンダーテイルへのダメージはカイの慣れないシュートプレイもあり、軽微だ。とは言えど、ダメージにより背部に備わっているアンダーテイルのブーストパックは燻(くす)ぶった煙を上げていた。


 しかもナオのオクターはその隙を突いてボールを奪いとるオマケつきだ。


「師匠! 下がっててください」


 ノーネームを扱うユウはアンダーテイルに当たって跳ねたボールを受け取りつつ、オクターとアンダーテイルの間に割り込む。おそらく牽制のつもりなのだろう。


 そうしてオクターとノーネームが対峙したちょうどその時、地面がまた揺れだした。


「また地形変化か!」


 審判ボットが警告する中、ビル群は沈み込み代わりに4機を巻き込みながら中央部が隆起し始める。


「これは山岳か」


 ひとつの山となったフィールドの山肌でバランスをとり、オクターとノーネームはボールを持ったまま再度にらみ合いを始めた。


 ここでカイはアグロコメットに山を登らせ、オクターとの射線が通る場所に移動していた。


「ナオ、パスだ!」


 カイの作戦はこうだ。今現在、ノーネームは片足がない。それは脚が2本残っていても機械的な処理の上では複雑なバランスの状態だろう。


 ならば旋回といった細かい動作も困難なはずだ。


 アグロコメットがオクターからのパスを受け取ると、案の定ノーネームは対応すべく身体をくねらせるも、足場の悪さもあって追いついていない。十分な捕球体勢でないならこれは大チャンスだ。


 アグロコメットは斜めになった地面を上手く踏みしめながらノーネームの腹部を狙ってボールを投じた。


「いけえええええ!」


 ただしそのチャンスは、もう1機の存在を無視しての行動だった。


「忘れてもらっては困るな」


 なんとアンダーテイルが1つだけのホイールを走らせて見事な走破をし、ノーネームの防御に入ったのだ。


「んな馬鹿な!?」


まさか一輪の状態で山肌を波のように乗りこなせるとは思えず、カイもナオも呆気に取られた。おまけにアンダーテイルの捕球は、4本の腕で正確に真正面で受け取り、ほとんど損傷はなかった。


 これでボールはマリアとユウの側に全部渡ってしまい。次は防戦のターンだ。


「狙うなら当然お前だな」


 マリアの指示によりアンダーテイルとノーネームが襲い掛かったのは、カイのアグロコメットだ。


 それは損傷率を計算しても明らかだ。更に問題なのはアグロコメットの右足のダメージ。これを狙われればひとたまりもない。


 まず最初にボールを投じたのはアンダーテイルだ。下手投げからのホップする球でアグロコメットの下半身を狙ってきた。


 明らかにこのボールはアグロコメットの右足を狙ったものだった。


「くっ!」


 カイはアグロコメットに跳躍を指示した。しかしそれは向こうも予想づくの行動だった。


「もらったよ!」


 アグロコメットの着地の停止を狙い、ユウのノーネームがサーブの要領でボールを叩きこむ。


 その狙いはもちろんアグロコメットの右足、カイは避ける間もなくそのボールを食らってしまった。


「――っ!」


 アグロコメットの右足はボールを受けてあっさりと破砕し、左足で膝をついた。


 その隙にボールを拾い直したアンダーテイルとノーネームがまたおそいかかってくる。


 これはもう避けられない。


「間に合わないか」


 カイはアグロコメットを急いで機動させようとするも、ボールの方が早かった。


 ただそれよりも更に早かったのは、オクターの行動だった。


「私の大事な相棒を見捨てさせないわよ!」


 ナオのオクターがガード腕でボールを弾き、アグロコメットを守るように立ち回った。


 だがこれは悪手だ。


「馬鹿か! 俺を守ってたら反撃ができないだろ!」


「何よ。助けられたらちゃんと、ありがとう、って言うのが定番でしょ。任せなさいよ」


 ナオは強気にそう言うが、状況はよくない。アグロコメットを守る以上、オクターは跳ね返ったボールを拾いに行けないのだ。


 マリアとユウもそれを察し、山の上と下側に別れて挟み込む形でボールを投げ続ける。それに対してオクターは防戦する一方だ。


「もうやめろ。アグロコメットはもう戦えない! 後はオクターだけでやるんだ」


 カイは懇願するようにナオに命じるも、ナオはこれを断った。


「嫌よ。私は私のやりたいようにするわ。それにね、まだ奥の手があるんでしょ」


「……奥の手、というほどじゃないがあるにはある。だけどまだ時間がかかるぞ」


「そのぐらい面倒は見るわよ。さっさと終わらせちゃって」


 ナオのその言葉は嘘ではなかった。


 カイが複雑な命令をアグロコメットに与える中、オクターは7度もボールをセービングし、アグロコメットにボールがぶつかったのは1度きりだった。もしオクターだけなら2機相手にでもうまく立ち回れただろう。


 そうまでしてナオがカイを頼ったのは1機だけではジリ貧である戦況と、そしてもうひとつは信頼からなのだろう。


 そうでなければ考えられないような献身さで、オクターはボロボロな機体を保っていたのだ。


「すまない、ナオ。そしてリブートが間に合った」


 カイがしていたのはアグロコメットの設定し直しだ。現在の破損状況を入力する必要があったため、その選択肢は時間がかかったのだ。


「こいつはスズお手製のプログラミングだ。起動しろ、ビーストモード!」


 カイが命じると、アグロコメットは両腕と片足で重い機体を持ち上げたのであった。

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