第34話
審判ボットの試合開始の合図と共に、4機は一斉に飛び出した。
最初のボールの保持者はカイのアグロコメット、対する相手はマリアのアンダーテイルだった。
「ガードは任せたぞ」
「当然よ!」
カイの戦術はいたって簡単、ナオのオクターを盾にした後方からの攻撃だ。オクターならばガード腕による守備力の高さがあるため、そうそう壊れる危険性はない。
マリアとユウの戦術はどうやらカイたちとは逆のようだ。前衛にはボールを持ったマリアのアンダーテイルが、後衛にはユウの名無しの機体『ノーネーム』が走っていた。
「トスお願いします! 師匠!」
ただカイたちが読み違えたのは、マリアとユウの陣形の意味だった。
アンダーテイルが4本の腕で正確に上へとボールを上げると、その上をノーネームが軽やかに飛び越してきたのだ。
「これが僕の挨拶代わりだよ!」
オープンチャンネルから流れる言葉の通り、ユウのノーネームは浮かび上がったボールを片手で弾いたのだ。
それはちょうど、バレーボールのアタックと同じ要領。ユウの前経験を活かしたシューティングだった。
「狙いはこっちか!」
ノーネームのアタックによって飛来するボールは、オクターを追い越してアグロコメットを狙ってきた。
カイは咄嗟の判断でアグロコメットに素早いスローイングを命じる。すると間一髪、向かってきたボールにアグロコメットの投げたボールがぶつかった。
ノーネームのアタックによるボールは衝突によって軌道が逸れ、アグロコメットの横を掠めて通り過ぎる。そしてアグロコメットの投げたボールはオクターとアンダーテイルの間に落ちた。
「勝負!」
オクターとアンダーテイルはほぼ同時に地面を蹴りだし、ボールのキャッチングへと向かう。そうなれば必然にオクターとアンダーテイルはボールを競り合って機体を擦れ合った。
審判ボットは反則を取らないが、それでも両者ともにグレーゾーンのプレイングだ。
ボールは両機の間で奪い合いとなり、結局腕の多さで勝ったのはアンダーテイルの方だった。
「すまんな。私の所の機体は手癖が悪くてな」
マリアはアンダーテイルの一輪車で猛バックすると、ボールを振りかぶる。そしてホイールの回転を止めると共に、ボールはスローイングされた。
「残念ね。こっちは腕癖が悪いのよ!」
ただしアンダーテイルのボールはオクターのガード腕によって横へ弾く形で受け流される。多少傷はついたが、オクターのガード腕のフレームは少し歪んだだけで済んだ。
こぼれ球は既にもう1球を抱えているカイのアグロコメットの前に転がった。
「パスだ。ナオ!」
カイは右足でボールを蹴り、ナオのオクターに向けてボールを飛ばす。
しかし、カイの蹴りだしたボールに割って入る別の機影があった。
「もらい!」
それはユウのノーネームだ。左足でサッカーのカットのようにボールを止めると、自慢げにボールをトラップして自分に寄せたのだった。
「……やるじゃないか」
カイはアグロコメットに、ノーネームが自由に動かぬよう詰め寄らせ、牽制した。
その時、足元から震動が起こったのだ。
「なんだ!?」
4人がそれぞれ驚いていると、審判ボットが告げた。
「フィールドが変化します。不注意による損傷に注意してください! 不注意による注意してください!」
審判ボットが繰り返すように、地面が浮かび上がり地形の形成が始まる。それはドットの生き物のようにうねりながら、ある形を成した。
「これは、都市か?」
カイは長方体が立ち並ぶ様子からそう判断した。
フィールドの変化が完成すると震動も収まり、アグロコメットとノーネームは道路らしき場所に立っていた。
けれどもオクターとアンダーテイルの機体が見当たらない。どうやら地形の変化によって他の場所に行ってしまったらしい。
「1対1なら逆にやりやすいか」
カイは気を取り直し、目の前に残っているノーネームを見る。相手は足の裏でボールを転がしており、やる気も気合も万全のようだ。
「カイ、人間の脚力は腕力の何倍あるか知ってる?」
通信から正面のノーネームを操るユウの声が聞こえてくる。急に質問とは何かと思えば、豆知識のようだ。
「……使い方にもよるが、4、5倍くらいだろ」
「フフン。では教えて――って、どうして答え知ってるの!?」
「そのくらいは知っている奴なら知ってるだろ。どうした? 知識でマウントでも取りたかったのか?」
「ぐぬぬぬ。僕に恥をかかせてくれましたね」
「不可抗力どころか貰い事故なんだがな」
変なやり取りを終えて精神的な優位を獲得したカイは、自分からノーネームとの距離を詰め始めた。
「知識を見せつけたって勝負には関係ありませんからね! くらえ!」
ノーネームは負けを認めつつも、大きく後ろに右足を振り上げ、シュートの体勢に入った。
カイはノーネームの挙動を見ると、一旦アグロコメットを制止させて、向こうの出方を伺った。
ノーネームの方はそのまま足を振り下ろし、強烈なシュートをアグロコメットに向けて蹴りだす。かと思えば、ボールは急に浮かび上がって明らかに頭上ヘ外れてしまった。
「へっ。脅かしやがって」
カイは気を取り直してアグロコメットに投球を開始させる。だが、それこそがユウの狙いだった。
舞い上がったと思われたノーネームのシュートは、急速なドライブ回転と共に水天直下の落下を始める。それは投球モーションに入ったアグロコメットを、避ける間もなく直撃した。
「ぐっ!?」
アグロコメットはよろめきながら、ボールをぶつけられた右肩を支えるように態勢を立て直す。その一方、投げたボールは力なくアグロコメットの前方に落ちてしまった。
そのチャンスを、ユウは見逃さなかった。
「もう1発!」
なんとノーネームはカイのすぐそばまで走り寄り、もうシュートの体勢に入っている。これは止められない。
そう判断したカイが咄嗟にとった行動は、回避ではなく攻撃だった。
「させるかあああ!」
アグロコメットは遅れながらもノーネームと同じシュートスタイルに入る。
対するノーネームは一瞬先にボールが足先に触れてシュートする。ただし、それはカイも計算ずくだった。
「カウンター!」
アグロコメットはノーネームが蹴り上げたボールに合わせて、シュートをシュートで跳ね返す。言うなれば、カウンターシュートだ。
跳ね返ったボールは見事にノーネームの蹴り足を破壊し、粉砕されたパーツが舞い散った。
「くううう! やるじゃん!」
ユウはバランスを崩しそうになるも、残りの2脚で体勢を整える。どうやらかなり精度のいいバランサーが機能しているようだ。
それに反して、カウンターに成功したカイのアグロコメットは大きくのけ反る。何故なら、アグロコメットとて無傷ではなかったからだ。
「右足の損傷率がでかいな。こっちも3脚にするべきだったか」
カイはやや自嘲気味に笑いながらも、アグロコメットを立て直した。
「さて、やりにくい相手だがもうちょっと付き合ってもらおうか」
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