第31話
涸れ川の峡谷を進んで行くと、カイたちの目の前には支流のように分かれ道となった2つの谷が見えてきた。
どちらも大して違いはなく、このままいけば片方を選んで進むしかない。
「待ち伏せをするなら、ここだろうな」
相手選手の銀と鎌瀬の戦略はおそらく待ち伏せだ。待ち伏せならばこちらに選択を迫れるし、何より自分に有利な戦況を作れる。
カイはアグロコメットの首を振らして左右を見ると、案の定予想は当たった。
「左右から降りて来るぞ!」
通信でナオに報せると、ナオも気づいたようだ。
右からは銀のエクスボットであるマイペースが、左からは鎌瀬のファイヤフライが急な坂を下って猛然とこちらに迫って来ている。
挟み込まれたカイたちは、このまま待ち構えるか一方を迎え撃つかの2択を選ぶ必要があった。
もし対応するならボールを保有している側、とカイは考えていた。しかし2機はファイティングポーズのように腕を構えて胸元を隠し、ボールの有無が分からない。
遠目からでは判断しづらいこのボールの保持の仕方は、ちょうどアメリカンフットボールのテクニックと同じだった。
「カイは下がってて!」
ナオの判断は早かった。左側の坂に足を踏み入れると、そのままファイヤフライに向かって駆け上がっていく。
対するファイヤフライはホースタイプ自慢の馬のような4脚を走らせ、止まる様子はない。
しばらくしてナオのオクターと鎌瀬のファイヤフライが近づくと、カイの目にもボールを持っている側が分かった。
ボールを胸元に隠しているのは、鎌瀬のファイヤフライだ。
「勝負よ!」
ナオのオクターはガード腕を含む3本の腕の内、投球に特化した腕でボールを振り上げる。
向こうのファイヤフライもボールを両手で構えたまま、引き付けるようにボールを振り上げた。
「――っ!」
2機はスピードを落とさず交錯する。
ファイヤフライはボールを直接押し付ける、いわゆるパイルボールでオクターにボールを押し当てる。
反対のオクターはファイヤフライのボールをガード腕で防ぎつつ、カウンターの要領でパイルボールを叩きこむ。
結果、ファイヤフライはボールによって左腕を損傷し、オクターはガード腕でボールを左に受け流して最小のダメージで抑えた。
「上手い!」
カイがナオを称賛した次の瞬間、オクターとファイヤフライの機体が激突した。
両者とも回避行動をとらなかったわけではない。オクターはボールを反射させる要領で逆に跳んだのに対して、ファイヤフライが軌道を変更してぶつかってきたのだ。
「鎌瀬選手、軽度損傷ペナルティー5%」
審判ボットから即座に鎌瀬の反則が取られる。ただし偶発的である可能性を考慮してかペナルティーは少ない。
けれども坂の加速が加わった衝突のダメージはオクターもファイヤフライも大きい。
ファイヤフライは衝撃によって左腕を全損し、胴体の左側がめちゃくちゃになっている。
オクターの方も右のガード腕と右側の脚部、胴体と損傷は著(いちじる)しい。
どちらの機体も試合続行可能だが、これは試合開始早々から大ダメージだ。
「ナオ、手を貸そうか」
試合前の作戦ではナオ1人で試合を進め、展開によってはカイが参加すると決めていた。そのため、カイはナオに確認をとったのだ。
「まだよ。手は出さないで」
ナオのオクターと鎌瀬のファイヤフライは衝突によって渓谷の底へと戻ってくる。
幸いオクターもファイヤフライもブーストパックの浮力を利用して、落下のダメージを軽減させていた。
ボールの方はと言うと、1つはもう片方の坂を下りてきたマイペースの足元に、2個目はカイの方へと転がって来ていた。
「これくらいならいいだろ」
銀のマイペースがボールを捕球する間に、カイのアグロコメットはボールを蹴りだしてナオのオクターにパスを送る。
この技術はヨウコとタクヤとの1戦の後に足技を練習していたため、パスくらいは自然とできるようになっていたのだ。
ナオのオクターがボールをキャッチングするのと、銀のマイペースがボールを拾い上げるのはほぼ同時だった。
カイを除く3機は互いに離れ、ちょうど正三角形のような距離ができていた。
「さて、次は……」
ナオが次の動きを探っていると、先に動いたのは銀と鎌瀬の方だった。
まずは銀と鎌瀬が近づいて前方に鎌瀬のファイヤフライが、後方に銀のマイペースが位置する。
2機はその陣形のまま、ナオのオクターに突貫してきたのだ。
狙いは明らかに前衛のファイヤフライを盾にした後衛のマイペースによる攻撃だ。2機相手ならともかく、オクター1機だけと戦うには効果的な攻撃方法だった。
本来ならオクターからアグロコメットにボールをパスしてサイド攻撃を仕掛ける手もあるが、それは今のナオにはできない。
そのためナオは向こうの戦術を真正面から受けるしか選択肢はなかった。
オクターは向かってくるファイヤフライに対して、大きく振りかぶった剛速球を投げる。狙いは前足と胴体の付け根、ファイヤフライの機動力低下とダメージを期待した投球だ。
ファイヤフライの方は明らかに狙われているのを知りながら、避けない。オクターの球を身体で受け止め、転倒した。
けれどもそのおかげで、後ろのマイペースは決定的な投球チャンスを得た。
「遠慮ないわね!」
マイペースの移動速度の乗った球を、オクターは右足を上げて迎え撃つ。これはダメージリスクを軽減させるための受け身だ。
案の定、元々ダメージを受けていたオクターの右足はマイペースの1投で完全に破壊された。
「くっ――」
オクターは残り3脚になるも上手くバランスをとって立ち上がる。その最中にもマイペースは転倒したファイヤフライを助け起こすよりも先に、ボールの捕球を優先していた。
「ナオ、気づいているか。向こうはいつもと戦い方を変えているぞ」
「分析なら私もやっているわよ。相手2人とも慎重な試合運びが売りなのにがむしゃらすぎるわ。今回は、何かが違う」
ナオが感じる違和感、それは普段の2機にはない無茶なプレイだ。
回避優先のマイペース、スタンダードな安定したプレイを重視するファイタフライ、その両者が今や獣のようにナオへ群がっていた。
ただカイには銀や鎌瀬の気持ちが読み取れた。その心は、カイが初めてナオと試合をした時の状況と同じなのだ。
「2人は圧倒的強者へ挑戦するには捨て身の戦法、保身をかなぐり捨てた戦術でしか勝機はないと考えている――?」
カイの考えを証明するかのように、満身創痍(まんしんそうい)のファイヤフライが立ち上がったかと思えば、ボールも持たずにオクターへ肉薄した。
「なっ――!」
辛うじてオクターの方がボールの捕球が早い。ただしこれだけ近づかれれば、オクターに投球する隙が無いのだ。
「この、離れなさいよ!」
ファイヤフライが反則ギリギリの接近を繰り返している間に、マイペースがもうひとつのボールを捕り、こちらに向かっていた。
しかも、マイペースはファイヤフライとオクターの射線が被っているにも関わらず、既に投球フォームに入っていたのだ。
例え味方を傷つけてでも相手を倒す。その気概がはっきりとした瞬間だった。
「ああ、分かったわよ。そこまでするなら」
ナオはオクターを操り、2本のガード腕でボールを挟んだ。
「私だってその気持ちに応じなきゃいけないじゃない!」
オクターはガード腕に挟んだボールを、ファイヤフライの頭部に叩きつける。
しかもガード腕は投球に適していないため、ボールだけではなく腕そのものもファイヤフライの頭部の構造を破壊した。
「ナオ選手、中度損傷ペナルティー10%!」
審判がナオの反則を取り、ペナルティーが加算される。
けれども続いてオクターは、とんでもない暴挙に出たのだ。
「でええええええい!」
ナオのオクターは戦闘不能になったファイヤフライなど構わず、その機体を前方へ蹴りだしたのだ。
そうなれば、当然マイペースの投げたボールはファイヤフライの機体に当たる。それどころか勢いそのままにマイペースの機体さえも巻き込んで両機はすっころんでしまったのだ。
「ナオ選手、重度ペナルティー20%!」
これほどになるとオクターの総合損傷率は実体損傷率を含めて100%に近い。
それにもかかわらず、ナオは通信で笑っていた。
「いいじゃない、いいじゃない! シュータボールはやはりこうじゃなくちゃ! 自分の保身も、煩(わずら)わしいテクニックも関係ない! 互いと互いがぶつかり合う。それがシューターボールの本質よ!」
ナオは叫びながらオクターに飛翔させ、跳ねたボールを拾う。更に空から下降する際、オクターはなんと転んだままのマイペースとファイヤフライの上に舞い降りてきたのだ。
「えいっ!」
ナオはオクターに、さも無邪気な子供のように機体を踏みつけさせる。
「ナオ選手、重度損傷――」
「もーらい!」
ナオは審判の宣言を待たずに至近距離から、潰されたままのマイペース目指してボールを叩き落とした。
結果、マイペースの頭部はオクターの重い球を真っすぐに受け、鉄骨をひねりつぶすような音と共に破砕した。
「ナオ選手、損傷ペナルティーによりテクニカルKO!」
「あははははっ!」
審判ボットが怒ったようにオクターの周りをブンブンと飛び回るのも、ナオは構わない。ただシューターボールの無茶苦茶な楽しさ、野蛮さを再確認して、ナオは高笑いしていた。
「ったく。それでまんぞくか。ナオよ」
カイはナオの天真爛漫さにため息をつきつつも、審判の宣言を聞いた。
「マイペース、ファイヤフライ共にKO! よって勝者はナオ選手カイ選手ペア!」
審判が言い終わらない内に、観客の喝采とブーイングが会場に巻き起こる。
それをナオはこれ以上のない賞賛と祝福として受け取り、オクターを小躍りさせて声援に応えたのだった。
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