第30話

「どうも皆さんこんにちは。間もなく始まります試合の実況解説はこの私、吉澤がさせていただきます、では第3試合の選手を見て行きましょう」


 第3試合の会場となるフィールドは土がむき出しとなった肌色の山脈と渓谷が広がる乾燥地帯だった。


 土肌は脆く、木々は少ない。みずみずしさはひとつもない。居るだけで喉が渇きそうな場所だった。


 両選手は川の支流のように分岐している谷間の間の対角線に布陣し、スタートの合図を今か今かと待ち望んでいた。


「まず紹介しますのは優勝候補筆頭の北見ナオ・西郡カイ選手ペアです。両選手のステータスを発表しましょう」


 実況解説の吉澤は元気よく発声すると、手元のデータを眺めた。


「去年の国内賞金ランキング3位、シーズン2位、言わずと知れた強豪選手の北見ナオ選手。その搭乗機体はオクターです。ステータスは以下の通り。

 攻撃力8。守備力8。回避力2。速度3。技量5

 これは春シーズンの成績から算出されたデータです」


 吉澤はページをめくると、更に唾を飛ばして勢いづいた。


「そしてこれは私の勝手な予想ですが、今大会のダークホース、西郡カイ選手です。搭乗機体は中古のパーツを寄せ集めたアグロコメット。しかしその推定ステータスは圧巻です。

 攻撃力7。守備力4。回避力7。速度6。技量9。

 これは2回の非公式試合によってのみ算出された推定ステータス。しかし公式試合未経験と侮るなかれ、彼の変幻自在の変化球と所々で光るテクニックは見どころです!」


 吉澤はそこまでまくしたてると、今度は少しトーンを落とした。


「次は試合相手の飯伏銀・鎌瀬太郎選手のペアです」


 吉澤はしばらくデータを見つめてから、実況に戻った。


「今大会が西郡カイ選手と同じくプロ初試合、期待のベテラン? 飯伏銀選手です。その搭乗する機体はマイペース。名前はシンプル、見た目はトレーニング用機体のようなファイタータイプ。

 データによりますと先日のプロライセンス試験でカイ選手に一撃KOを食らったそうですが、総合点によりギリギリ合格。カイ選手へのリベンジに燃えています!

 では銀選手のセミプロ時代から抽出されたステータスを表示します。

 攻撃力5。守備力4。回避力7。速度6。技量6。

 銀選手のプレイスタイルは渋い連続ヒット攻撃と障害物を利用した回避能力。ですがセミプロ時代は上位を位置しながらパッとせず、苦節16年。ついにプロ入りを果たしました。その実力はプロで通じるのでしょうか?」


 吉澤は少し同情めいたトーンで説明し、次の選手の話に入った。


「続きましては鎌瀬太郎選手、こちらは去年プロ入りしたまだまだルーキー。プレイ歴1年でプロに鳴り物入りしたものの、去年の成績ははっきり申し上げると冴えない結果です。

 乗る機体名はフレイムフライ。機体は馬のような4脚のホースタイプ。本人曰く、自信のアッセンブルだそうです。そしてステータスは以下の通りです。

 攻撃力6。守備力3。回避力6。速度6。技量5。

 春シーズンから算出された成績は去年よりも僅かに上向き。格上のナオ選手と新人のカイ選手相手にどう動いてくれるでしょうか!」


 吉澤は両ペアの選手を述べ、ついにアナウンスが試合のカウントダウンに入った。


「さあ、試合開始まで10秒。どちらのペアが負けても即脱落のシビアな大会。その健闘ぶりに期待しましょう!」


 審判ボットからもカウントが始まり、もうすぐ試合の開始だ。


「3……2……1……試合開始!」




「カイ君、分かってるわね」


「ああ、作戦通り――いや、ナオの我儘通りか」


 カイのアグロコメット、そしてナオのオクターは谷間にある涸(か)れ川に沿って、対角線上にいるはずの相手機体に向けて進んでいた。


 2人は両機体の歩調を合わし、併走しながら通信に集中していた。


「この試合は私1人で勝つ。それが私の、私なりの自信の取り戻し方よ」


「だけどよ。それは相手を舐めすぎだろ。タクヤの時だってそうだった。学んでいないんじゃないのか?」


「そうでもないわよ? いざとなったらカイ君にも戦線に参加してもらうし。心配ないわ」


「後詰(ごづめ)、ね。そう楽な試合だといいけどな」


 試合の前にカイとナオが立てた作戦は、相手を軽視し驕りがあると言われても仕方ないものだった。


 それはナオだけが攻守を行うという、馬鹿げた戦術だ。


 具体的にはナオが前線を張り、カイは後方に待機。相手にはナオ1人だけ戦っているのを意識しないために、カイはつかず離れずナオの傍にいる。


 ただしカイは攻撃も守備も行わない。もしも相手がカイを狙った場合、戦線離脱まで想定した回避に専念する手はずになっている。


 これはナオの意地っ張り、弱い自分を叩き起こすための修行のようなものだった。


「私は自分の成績にあぐらをかいていたわ。カイやタクヤ、それに他の新戦力も次のシーズンに参加するはずよ。じゃあ私が父の条件をクリアしてプロを続けるには、もっと自分を律するしかないじゃない。そのためにもこれは、必要なステージなの」


「……分かったよ。いざとなったら全力で手助けするから、ナオも全力で戦ってこい」


「ありがとう。やっぱりカイ君は私が見込んだ通り最高のいい男ね!」


「ったく。調子がいい奴だな」


 会話が終わるとアグロコメットは速度を落としてオクターの後方に配置し、間もなく交戦地帯となる場所に備えたのであった。

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