第29話

 有島フロートの3日間、カイはアグロコメットの最終調整とVR訓練に多くの時間を割(さ)いた。


 朝起きてからはスズと機体調節の相談をし、昼間はVR訓練でナオとタッグを組み、夜は休む。午前中以外は合宿の時とは変わらないスケジュールだった。


 ただ心配なのはナオの様子だ。やけに訓練にのめり込み、稼働時間ギリギリまで向かい、時には苛立ちや怒鳴り声が目立った。


 端的に言えば余裕がない。ナオの調子はそんな感じだった。


 カイはナオの悩みを聞き、何とか気を落ち着かせるよう努めた。だが訓練終わりのミーティングで何度か話して気付いたのは、相談によってナオの苦しみが解決しないという事実だけだった。


 ナオの心のしこりは2つ、ヨウコとタクヤとのタッグ戦での敗北、そしてこの大会を優勝しなければ今年の国内賞金ランキング1位獲得が難しいという緊張感だ。


 前者よりも深刻なのは後者だろう。ナオの話が本当なら今年の国内賞金ランキング1位になるか、シーズン優勝をしなければプロを止めるよう父に強制されているからだ。


 薄情な話だが、ナオの父親はナオがプロを続けるよりも自分の事業の後を継ぐのが重要らしい。その点ではカイも自分の過去がちらついた。


 カイもまた、自分がプロゲーマーとなるのを両親から否定されてきたからだ。


 カイは両親とほぼ絶縁する形で高校の時から独り立ちし、アルバイトをしながらプロの資格とゲーム大会に挑戦し続けた。


 初めこそはうだつの上がらない兼業プロ、いわゆるタクヤと同じセミプロとして活動していた。ただ違う点があるとすれば、未成年であるカイにもプロゲーマーのライセンスを習得できていたぐらいのものか。


 そうして次第に実力を付けたカイは完全にゲーム大会の賞金だけで生活できるようになり、やっと胸を張ってプロと言える実績を上げた。


 そろそろどこかの会社と契約してスポンサーを得ようかという時に現れたのが、ナオだったわけだ。


 だからもしナオがカイの前に現れなければ、今頃プロゲーマーとして専念していたはずだったのである。


 もしかしたらナオのストレスは自分の境遇だけではなく、カイをこちら側に引き込んだという責任もあるのかもしれない。


 事態は解決せず、ナオのフラストレーションが貯まったまま、日時はついに大会当日になってしまった。


「ナオ、調子はどうだ?」


 カイとナオのペアは大会初日からの試合となった。


 カイはテーピングや準備体操をしながら、隣で黙々と準備をしているナオに声をかけた。


「……」


 ナオの目は座ったまま、静かに燃える炎のように心をくすぶらせているのが伺えた。


 集中している、というならばいいかもしれない。けれどもナオの集中は余裕のなさも表していた。


「ナオ!」


 ナオが返事をしないため、ついカイは語気を荒げてしまった。


「うるさいわね!」


 ナオの声量はとても大きく、周りの試合関係者や対戦相手を驚かせるほどだった。


「ナオ……」


 カイは少し黙り込んで、それから口を開いた。


「初めての試合。ナオはエクスボットの前でも試合中も、楽しそうだったよな」


「何よ。老人でもないんだから昔話なんて付き合わないわよ」


「昔って言っても1か月経ってないぞ。別に思い出に浸(ひた)りたいわけじゃない。俺は初めての試合、正直期待も何もしてなかったんだ」


 カイは目を細めて、自分の手の平を見た。


「だけど試合をしていくうちに、ナオから受け止めるボールの熱さが俺の心に火をつけてくれた。それは俺が情熱を注いでいたゲームと同じか、それ以上だった。そのキッカケをくれたナオには今も感謝している」


「……」


「だからこそ今のナオは俺が好きなナオじゃないと思うんだ。俺の好きなナオはシューターボールを愛し、活気があり、楽しそうに笑う。そんな奴だ。だから俺はこの試合でナオがつまらないプレイをするなら、試合の辞退どころかプロライセンスの返上も考えている」


「――!? ちょっと、プロを止めるのまでは違うでしょ!」


「いいや、同じだ。俺はナオが愛したこのシューターボールを愛してプレイしているんだ。無責任にプレイするなら俺はシューターボールを止めるしかない。何故だって? 心が高鳴り1つもしないからだよ」


「……そこまで言うのね」


 ナオは一文字の口を開き、呆れたように息を吐いた。


 その後どうしたことなのか、ナオはやや赤面して別の要求をしてきた。


「さっきの言葉、もう1度言って」


「何だ? 試合の辞退とプロライセンスの返上についてか?」


「違うわよ! その次とその前のよ!」


「ナオに感謝しているのと、心の高鳴りの下りか?」


「あーもう、そこじゃないわよ!」


 ナオは自慢の赤毛を揉みくしゃにして、顔を隠した。


「そこまで言うならもっとドキドキしてプレイするしかないじゃない! 焦ってプレイをミスっても、カイのせいだからね!」


「その調子だ。成功すればナオの手柄、失敗したら俺が責任をとる。それでいいだろ」


「――!? だからもう!」


 カイは頭に疑問符を付け、ナオが髪を手櫛(てぐし)して更に顔を隠す中、試合の始まりがアナウンスされだした。

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