第27話

 松葉セイヨウ、彼は元プロゲーマーで今はシューターボールのプロプレイヤーという、カイと似た経歴の持ち主だ。


 ただひとつ違うのは、シューターボールをする前は世界的に廃止されたエクスシューターというエクススポーツの国内賞金ランキング1位の有名人だったという過去がある。


 それでも栄枯盛衰とでもいうのだろうか、セイヨウの現在は国内ランキング30位のうだつの上がらないプロシューターボールプレイヤーなのだ。


「飲め」


「あ、じゃあいただくよ」


 カイはテレビのある休憩室のような場所で、セイヨウからコーヒー缶を受け取った。


 何故こうしてカイがセイヨウと一緒にいるのかといえば、セイヨウの方から「奢ってやるから来い」とだけ言われたので、のこのこ付いてきたからだった。


 カイの受け取ったコーヒー缶は聞いたことのない銘柄で、しかもブラック。缶の染色も黒一色と白い文字だけで、とても苦そうだった。


 カイはためらいがちにタブを引いてフタを開けると、ちびちびと飲み始めた。


「……苦い」


 カイはついついセイヨウに聞こえるか聞こえないかのレベルの声で、本音が漏れてしまった。


 セイヨウの方はやや距離をとってカイの隣に座り、テレビを見ているだけだった。


 テレビの内容は、最近自衛隊の古い軍用エクスボットが国有地で爆破解体されたという珍しいニュースを放送していた。


「知っているか、昔は軍用のエクスボットも武器や装甲を取り除いて民間に払い下げされていた。それが今や部品の一部も流用されないように爆破して使い物にならないようにしている。もったいない話だ」


「……それも3日紛争のせいだろ。エクスシューターが廃止されただけではなくて、エクススポーツ全体が衰退する危機だったんだ。需要は減ったのに規制で値上がりして、協会であるJExSUの奮闘がなければ今こうしてプレイもできなかっただろうな」


「よく知っているな。と言いたいところだが、それもプロライセンス試験の筆記範囲だからか。野暮なことを聞いた」


 セイヨウはブラックのコーヒーをゆっくり嚥下して会話を途切らせた。


「君はワンダーがあるからこそスポーツを続けられると言ったな。ならば、ワンダーのない人間は何故スポーツを続けられると思う?」


 ワンダー、それはつまりプレイによって生じる高揚や興奮の意味だ。


 カイはセイヨウに問われて、悩む。ワンダーのない、いわゆる関心や興味が薄れているのにどうして続けるのか。それなら別の有意義な目的に時間を使えばいいのではないのだろうか。


 カイがうんうんと悩んでいると、セイヨウは答えを待たずに解答を述べた。


「それは固執と復讐だ」


 固執、それはセイヨウを例えにすれば過去の栄光に縋りついているという意味だろう。


 ならば、復讐とはどういう意味だろうか。


「いくら挑んでもプロになれなかった者、プロに成れても大した成績の残せない者、彼らの怨嗟(えんさ)は遠くからではなく、足元に捕まりながら謳われるものなのだよ。

 どうして努力が報われない、どうして自分が認められない。どうすれば上に上がれるのか、どうすればもっと褒められぬのか。それらは愛着から憎悪になり、復讐へと変わる。

 栄光の陰には必ず、敗者とでもいうべき落第者がいるものなのだからな」


「だ、だったらよ。早く諦めれば――」


 諦められるだろうか。とカイは自身に自問した。


 自分の好きなスポーツ、自分の愛したゲーム、結果が出ないから止めてしまえと言われてできるのか。


 無理だ。できない。諦めなど不可能だ。


「諦め程度の執着ならば、初めから愛などないのだよ。そして憎悪はいつか復讐心に代わる。俺のようにな」


 セイヨウはグビッとブラックコーヒーを飲み干すと、缶をゴミ箱に捨てて去ろうとした。


「セイヨウ! アンタは何をするつもりだ!」


 カイがセイヨウの背中を呼び止めた。


「俺は、俺が成したいように成す。それだけだよ」


「復讐をするってのか?」


「……ああ、自分なりのやり方でな」


 セイヨウのその言葉は、ある意味犯行声明のようなものだった。


 カイは自分のコーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に空き缶を放り込んだ。


「俺は認めない。いや、させはしない。俺は俺のために、アンタを止める。必ず、必ずだ」


 セイヨウは黙ってカイの叫びを聞いた。けれどもセイヨウの背中は何も語らない、何の返答もない。


 セイヨウはただただ自分の口に手を当て、含むような笑いをしながらゲームセンターを出て行った。




「結局今できたのはこれだけか」


 カイはセイヨウを追いかけるわけにもいかず、別の方法でセイヨウの復讐を止めるべく奔走(ほんそう)するしかなかった。


 まずは諸方(しょほう)に電話をかけ、警告する。協会であるJExSUや近日開催される有島記念大会本部へ忠告をしたのだ。


 だが反応は芳(かんば)しくない。協会からは近いうちに調査する、程度の反応しかなく。有島記念大会本部からは脅迫行為かと疑われた。


 そして両者から尋ねられたのは、証拠があるのか、という問いだった。


 セイヨウがする復讐の証拠はどこにもない。あるのはセイヨウの戯言(たわごと)だけで、しかも証人はカイだけだ。


 協会の調査が進めば数か月後に何らかの処罰が下される可能性はある。ただしカイには、それだけでは不十分だと感じていた。


「不安げですね。何かありましたか?」


 カイが散歩から戻って、別荘に用意された食堂で注文を済ますと、先に席に座っていたサムライ師匠こと清水ヨウコに声を掛けられた。


「まずはここに座りなさい。悩みは年上に訊くといいですよ」


「年上って、ヨウコは何歳なんだ?」


「……私は年齢不詳なのです。はい」


 いつもしている下半分の仮面のせいでヨウコの年齢は分かりにくいが、20台後半だろうと推測できた。


 そんなヨウコの隣の席にカイは、お邪魔しますという感じで座った。


「タクヤはどうしたんだ?」


「実は薄情なことに、先に食事を済まして寝てやがるのですよ。これは後で躾が必要ですね」


「躾って、何をするつもりなんだ?」


「寝起きどっきりとか、顔に落書きとかです」


「……はははっ。タクヤも苦労してそうだな」


 カイは笑うも、途中でやめてしまう。それは心の奥底に沈み込んだ真っ黒な濁りがあったからだ。


「それで? どうしたのです?」


 カイはヨウコにセイヨウとの会話を話す。復讐心や、復讐を決行するのをほのめかすような発言、方々に相談しても反応が薄いという悩みをだ。


 もしくは去年の国内賞金ランキング1位のヨウコが話せば、協会や大会本部も動くのでは? という期待もあった。


 けれど、ヨウコはあまり事態を深刻に捉えていなかった。


「それは放っておけばいいですよ」


「なっ!? ヨウコも他の人と同じように話すのかよ」


 カイはヨウコに失望しつつも、訴えた。


「セイヨウは俺たちのシューターボールを潰そうとしているかもしれないんだぞ。どうしてそう悠長にできるんだ! 俺の話が信用ならないからか?」


 ヒステリー、と言われても仕方がないほど、カイは力いっぱいヨウコを説得した。


 しかしヨウコは「違う、違うです」と否定した。


「私はカイのプレイを見て、誠実な人間だと信じています。だけどもそれとこれとは別なのです」


「別って、何がだよ」


「カイは心配しすぎなのですよ」


 カイはそう言われて反論しようとするも、ヨウコに止められた。


「心配しすぎとは、何も予測や予想を止めろとは言いません。未来について考えるのは人類にしかない大事な機能です。ただし、心配は人間の発達しすぎた機能なのですよ」


 ヨウコは人差し指で天を指した。


「神様は良きときに良きものを授けてくれます。ならばその逆もそうなのです。来るべきものはいずれ来るし、来ないものは永遠に来ない。心配は杞憂だと人は言います。それは真実なのです」


「けどなあ……」


「カイは考えられる備えは全てしたのです。それ以上望むのは神様への反抗と同義なのですよ。だから心配は無駄なのです。心配事など、忘れるのが1番なのです」


「……能天気ってよく言われないか?」


「!? 凄いですね。カイは過去視ができるのですか?」


 カイはヨウコの反応に呆れてため息が出る。だがそれは安堵も含んでいた。


「何かあれば、その時はその時です。皆協力してくれるですよ。心配事は投げだして、皆と共有すべきです」


「分かったよ。そこまで言うならそうするよ。ありがとうな。ヨウコ」


「私はただ当たり前のことを言っただけですよ」


 ヨウコが自然体で受け答えていると、先にヨウコの食事が運ばれてきた。


 ヨウコの食事は、ランチプレートに半円球のチキンライスやたこさんウインナー、ハンバーグやエビフライなどが乗ったものだった。


 そう、これはお子様ランチという奴だ。


「私の大好物なのです! カイも頼んだらどうですか?」


「いや、俺はもう頼んだから」


 カイは胸のつっかえが取れつつも、一抹の不安を抱いてしまった。

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