第25話

 機体の装甲が内部の構造機関ごと圧縮分解される中、カイは叫んだ。


「無茶すぎるぞ! ナオ!」


 アグロコメットとコメディアンの間に入り込んだオクターは、コメディアンの両腕パイルボールを食らいダメージを受けていた。


 そのため、オクターは右肩から右足にかけて断裂するように破壊されたのであった。


「気にしないで! カウンターをお願い!」


 オクターが崩れ落ちるのも構わず、ナオはカイに呼び掛ける。


 そうまで言われては、カイも動かざるを得なかった。


「決めるっ!」


 自分のミスと1on2の不利を盛り返すためには、ここでコメディアンを戦闘不能にしなければならない。


 その狙いは見透かされているのか、コメディアンは既に防御態勢に入っており、隙はなかった。


「なら、正面勝負だ!」


 カイの操るアグロコメットはコメディアンに肉薄した状態で、下手投げにスローイングする。


 それはヨウコの見せた居合投げに似た至近距離でのパイルボールだった。


 ただそのパイルボールは相手の腕や脚などの脆い部分を狙わない。狙うのは、コメディアンの胴体だ。


 コメディアンの丸い機体は一見して傾斜装甲の塊で弱点がないように見える。だが一点だけ、効果的なダメージを与えられる部分が存在した。


 その部分とは、投球のリリースポイントと球体の中央を結んだ弧の部分、つまり球体に板を押し付けて接する一点、接点だけだった。


 そこなら装甲は力を逸らせず、ダメージが期待できる。


 けれども、その投球は至難の業だ。センチ単位でズレれば威力は半減してしまい、この攻撃は成功しないし、反撃もありうる。


 それでも、カイはナオの犠牲を報(むく)いるためにも、その投球に全力を込めた。


「居合投げっ!」


 アグロコメットはボールの最大加速地点でボールをコメディアンに押し当てる。


 威力は上々、ぶつける部分も寸分違(たが)わず目的の点を貫いた。


「何っ!」


 タクヤは最大の防御力と信頼するコメディアンの装甲が、ボールの着弾地点から蝕まれるように破壊されていくのに驚いた。


 ボールはコメディアンの中枢部分まで装甲と内部構造を押しつぶし、反動で機体が浮かび上がるほどだった。


 コメディアンが居合投げの一撃を受けて地面に叩きつけられた時、コメディアンのカメラは光を失っていた。


「タクヤ選手、コメディアンのKO判定!」


 審判はコメディアンの操作反応が消えたのを確認して、高らかに宣言した。


 後はヨウコのロウニン1機のみだ。


 カイはコメディアンを撃破したボールを拾いに行こうとするも、先に立ちふさがったのはやはりロウニンだった。


「あら? 私を放っておくなんて隅に置けないですね」


「いいや。メインディッシュに取っておこうと思ったが、そうもいかないみたいだな」


 カイはアグロコメットに拾捕(しゅうほ)させるのを諦め、ロウニンの前でキャッチングスタイルをとる。


 おそらく、ロウニンが狙う攻撃はただ1つ。そのためのキャッチングスタイルだった。


「変わった捕球体勢ですね」


「俺が考えられる最高の、ヨウコ専用のスタイルなんだ。馬鹿にしてくれるなよ」


 アグロコメットがとったキャッチングスタイルは、いつもとは違った。


 その姿勢はまるで格闘スタイルのように左手を最前線に、後衛に右手を添えたものだった。


「それでは真っすぐの球ははとれませんよ」


「その心配はない。アンタもプロなら最高の球で勝負するはずだ。違うか?」


「フフフッ。どうですかね」


 ヨウコは通信越しに含み笑いをすると、ロウニンを加速させた。


 カイの読み通り、ヨウコは必殺技である居合投げをするようだ。


「来い!」


 アグロコメットは格闘スタイルのまま、逃げずにロウニンを受け入れる。


 ロウニンはその誘いに乗り、アンダーから突き上げる最高のパイルボールを繰り出した。


 それはヨウコの、ロウニンの最高級の技、居合投げだ。


「捕る!」


 アグロコメットは迫りくるボールに左手を突き出しガード、更に左手に添えるように右手を差し出した。


「ぐっ!」


 機体の加速と遠心力の乗った居合投げのボールは、勢いが強い。例え両手を犠牲にしたとしても受け止めきれるものではないだろう。


 だからこそ、アグロコメットには左手で止めるのではなく、全力で受け流しをさせたのだ。


 それも方向は添え手の右側、本命は右腕による捕球だ。


 受け流したにもかかわらず、衝突した左手は手首をもぎ取る。けれどもボールの勢いは削がれた。


 カイは瞬時に後ろへステップ、アグロコメットはそれに順じて後退しながら右手でボールを受け止めた。


 右腕はボールをキャッチしつつも後ろに大きく引き伸ばし、最大限の減速を図っていた。


「と、捕ったわ!?」


 アグロコメットは右腕をボロボロにしてでも、ボールをキャッチングした。


 この方法なら右手を完全に守りつつボールを受け流す方法もあった。しかし、受け流しながら受け止めなければ意味がないのだ。


 そう、ボールの投擲によりロウニンの隙が発生するのは今この時にしかない。


「カウンターですか!?」


 アグロコメットは前に大きく踏み出してロウニンとの距離を詰めつつ、アンダースローにボールを構える。


 ボールはカウンターの反動と加速、それに腕の振りによってロウニンの機体を傷つけようと動き出していた。


「まだです!」


 ロウニンは左足を振り上げ、ボールを持つ右腕に向かって振り下ろした。


 これは最大加速をする前に足をぶつけてボールを失速させ、しかも残りの右腕を破壊するための反撃だ。


「っ!」


 だがヨウコの行動は咄嗟だったため、左足は目測を見誤ってボールではなく右腕を蹴ってしまった。


 それによりアグロコメットの投球は僅かにブレながら、ヨウコの頭部カメラを目指していた。


「まだまだです!」


 ヨウコはロウニンの虎の子である右腕を晒してでもボールを止めに行く。それもボールの進行方向を変化させるため、ボールの表面へ手の平を滑らす受け流しだった。


 ボールがロウニンの手の平を滑る。そう思われた時、ヨウコはボールの回転が異質だと気づいた。


「ジャイロボール!?」


 横回転したまま真っすぐと進むジャイロボールは、ロウニンの受け流しによる変化を受けず、右腕を這い上がるように突き進み、ロウニンの頭部カメラを狙った。


 そこまではカイの作戦勝ちだった。


 受け流しの影響がないにも関わらず、アグロコメットのジャイロボールは狙いが逸れてロウニンの頭部カメラの左側を掠(かす)り、通り過ぎてしまった。


「くそっ! 右腕を蹴られて軌道がずれた」


 しかもロウニンに蹴られたアグロコメットの腕は、肘から先が完全に破壊されてしまっていた。


 対するロウニンの左足も踵が無くなっているものの、まだ直立できる状態だった。


「審判!」


 アグロコメットは完全に攻撃方法を失った。ならば、後はロウニンの反則による損傷ペナルティーに頼るしかない。


「判定は――」


 注目の審判ボットは、カメラレンズを最大に見開き、判定を下した。


「ヨウコ選手に重度損傷ペナルティー20%! ですがテクニカルKOには足りません」


 審判は無情にもそう判断を下した。


「カイ選手のアグロコメットは両腕損失。ナオ選手のオクターは自立不能! 両者、勝負を続けますか?」


 審判にそう尋ねられ、カイはアグロコメットのカメラ越しにオクターを見る。


 オクターは右側の半身が切り裂かれ、とても試合を続けられそうにはなかった。


「ナオ、いいな」


「……仕方ないわね」


 カイは通信でしっかりと確認し、審判に返答した。


「降参(サレンダー)だ」


「私も同じくね」


 2人の返事を受け、審判は告げた。


「試合終了! カイ選手とナオ選手の降参宣告により、ヨウコ選手とタクヤ選手の勝利です!」


 カイは残念そうに首を振ると、アグロコメット共に腰を下ろした。


「あーあ、俺もサッカーの練習をしとけばよかったな」


 カイはプロライセンス試験で出会った、ボクっ娘サッカープレイヤーのユウを思い出して、少しの後悔をしたのだった。

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