第23話

 ジャングルアトラクションは、それ相応の景観と植生を有する場所だった。


 そこにはジャングルクルーズのための川が蛇行しながら流れ、うっそうとした熱帯樹林やマンぐロープの沼地が広がっていた。


 ジャングルと言うのはそれこそ、エクスボットにとって機動しにくい地形だった。ボールの保持時間によるペナルティーを考慮すれば急ぎたいところだが、そう簡単に進められない。


「ナオ選手、保持時間の超過により軽度損傷ペナルティー5%」


 ついに時間は過ぎ、審判ボットからナオにペナルティーが告げられる。このままでは相手に接敵するまえにペナルティーがかさんでしまう。


「どこに隠れた、あいつらは……」


 カイが慎重に木々を掻き分け進んで行くと、しばらくして自然に似つかわしくない金属の光沢がカメラに映った。


「いた!」


 カイはアグロコメットの機体が見つからないように伏せ、見つけたエクスボットを確認する。


 その機体は球状のエクスボット、つまりタクヤのコメディアンだった。


 コメディアンは岩と岩の間にすっぽりと機体を隠し、その隙間から外を覗き込んでいた。


 幸いにもカイのアグロコメットはコメディアンの視線外にあり、上手く回り込む形で忍び寄れていた。


「もう少し……」


 カイはにじり寄る形でアグロコメットを操作し、タクヤのコメディアンに近づく。


 その際にふと、近くにヨウコのロウニンの姿がないのに疑問を覚えた。


「っ! しまった」


 カイはアグロコメットの頭上に物音を感じ、悟る。これは罠だ。


 アグロコメットのカメラを上に向けると、そこにはロウニンの機体が迫っていた。


「獲らせるか!」


 アグロコメットはボールを後ろ側に引き寄せ、ロウニンがボールを奪取するのを防ぐ。ただ、アグロコメットと同じ地面に降り立ったロウニンは近すぎる。


 これでは十分な投球スペースがなく、ロウニンに致命的な一撃を与えられない。


「さあ、どうします? 新人君」


 ヨウコは余裕そうにアグロコメットとの距離を離さず、ボールを奪う機会を狙っている。そのアグロコメットの後ろからは存在に気付いたコメディアンも近づいており、このままでは挟み撃ちにされてしまう。


「そんなにみたいなら見せてやるよ。これが俺のテクニックだ!」


 アグロコメットは堪らず小さな動作で横にボールを投げる。少なくともヨウコにはその動作を、緊急回避のためのボールの放棄に見えただろう。


 しかしそれは違う。アグロコメットはボールを投げると共にロウニンの反対側を抜けて後ろに回り込んだのだ。


「!? 三角投げ!」


 アグロコメットの投げたボールは木に衝突して反射し、ロウニンの後ろへ飛ぶ。


 アグロコメットはそのボールの跳ね返りを待ち受けたように受け止め、後方を振り返りながら投球モーションに入った。


「やりますね!」


 アグロコメットが後方に下がりながら投げたボールは、後ろ向きのロウニンの機体を目指す。


そのまま構えていればロウニンの後頭部に炸裂するそのボールを、ロウニンは機体の上半身を捻って左腕でカバーした。


「これは油断の駄賃ですよ」


 至近距離でボールを受けたロウニンの左腕は、ボールを止めるために肘から先が破砕する。


 ヨウコはロウニンの損傷状況に軽く舌打ちしながらも、残った肘部分でボールを後方へ受け流した。


 そこへタクヤのコメディアンが走り込み、ボールを捕球する。これで攻守は交代だ。


「それじゃあな」


 カイは作戦通り動く。それは逃げの一手だ。


「ナオ、こちらでタクヤとヨウコに遭遇した。作戦通りに行くぞ!」


「了解したわ、後で合流するわよ」


 カイは通信の短いやり取りを終え、ジャングルの熱帯地帯を駆け抜けた。


 ジャングルは足場もコース取りも悪いが、抜け道がないワケではない。


 カイはジャングルを歩く際に、自然と歩きやすい獣道のような進行スペースがあるのに気づいていた。


 ただその進行ルートは必ずしも道が続いているとは限らない。途中で袋小路になる可能性もあり、危険には変わりなかった。


 カイは勘とトラッキング技術を駆使して、迷いやすい樹木の間をすり抜け、ジャングルアトラクションの中央にある岩場を目指した。


 そしてついに、アグロコメットはジャングルを抜けて目の前にある岩場へと到着したのだった。


 近場で見るその岩山は、ジェットコースターが大蛇のように纏(まと)わりつき。また、ゴツゴツとした岩肌が階段状のように連なって、登るのも不可能ではなかった。


 カイが後ろを確認すると、すぐそばまで2人のエクスボットが近づいていた。


 これはナオと合流するためにも、逃げ続けるしかない。


 カイはアグロコメットを巧みに操り、岩山を登っていく。それは川の岩を飛び跳ねた時の経験が活き、造作もない移動だった。


 けれどもそれはタクヤも同じだ。コメディアンを先頭に、ロウニンもまた追いかけてきたのだ。


「しつこいな!」


 カイはアグロコメットのブーストパックを用いながら岩山を飛び回り、時には岩の凹凸(おうとつ)に身を隠してロウニンの投球をキャンセルさせる。


 それでも2人のエクスボットはアグロコメットを逃がすまいと距離を縮めてきていた。


「そこまでよ!」


 アグロコメットが逃げるのも避けるのも不可能な間合いに2機のエクスボットが入った時、空から機影が現れた。


 その機体の正体は、ナオのオクターだ。


 オクターは落下しながらボールを持ち上げ、叩きつけるようにロウニンを狙った。


「そうはさせねえよ!」


 だがロウニンとオクターの間に、タクヤのコメディアンが割って入り、両腕でボールをガードする。


 ボールは落下のスピードも乗った重い球だが、コメディアンの両腕は破壊されずにボールを弾いたのであった。


「っ! ガードが堅いわね」


 コメディアンの両腕はボールによってひしゃげても、まだまだ動いている。


 そして跳ね返ったボールは、ロウニンの手によって拾捕(しゅうほ)されたのであった。


 ボールがタクヤとヨウコ側に全て渡ったので、今度はカイとナオが逃げる番。そう思った時に、ブザー音が鳴った。


「そこまで! 第1ウンド終了です。15分の休憩の後、開始地点から再度スタートします」


 ロウニンは審判の声を聞き、投げの構えを解いた。


「国内、ううん。海外のプレイヤーでもここまでできる選手は限られていますよ。素晴らしいですね。カイにナオ」


 ヨウコは通信で余裕たっぷりにカイとナオを褒めた。


「片腕を奪われておいて上から目線だな。次はもう1本の片腕を貰うからな」


「いいですよ。その時はカイの機体が木っ端みじんになるのが先かもしれませんけどね」


 カイは通信の短い応答を終えると、休憩のために自分の機体をスタート地点へ戻すのであった。

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