第22話

 後衛に位置しているナオのオクターとヨウコのロウニンが投球モーションに入ると、前衛のアグロコメットとコメディアンは前に踏み出した。


 アグロコメットとコメディアン、どちらも相手の投球を妨害するか、その妨害を阻止するために動いたのだった。


「通さないぞ!」


 カイの操るアグロコメットは両腕を広げて、タクヤのコメディアンの前進を阻止する。


 一方のコメディアンは、その丸い機体に長い腕を畳み、強引にアグロコメットの脇を抜けようとステップを踏んだのだ。


「くっ!」


 タクヤはお得意のラフプレーとまで言わないまでも、アグロコメットの片腕に掠るほどギリギリにそのバリケードを通り抜けた。


「タクヤ選手、軽度損傷ペナルティー5%!」


 タクヤはペナルティーを食らっても構わず、ボールを投げようとするナオのオクターに食って掛かった。


「やるわね!」


 オクターは慎重な投げ方から素早いクイックモーションに変え、目の前のコメディアンに投球対象を切り替える。


 だがタクヤとて安々とコメディアンにボールをぶつけられるように動くつもりはなかった。


「しっ!」


 コメディアンは長い左腕を伸ばし、投げる寸前のボールを堰き止める。すると、ボールは最大速度に入る前に撃ち落とされ、オクターの腕から零れ落ちた。


「っ! 私相手にカットなんて、本当にやるじゃない」


 オクターの腕から離れたボールは、その右側、ジャングルアトラクションのある北側へと落ちていった。


 視点を変えてアグロコメットとロウニンはと言うと、非常にまずい状況になっていた。


 なにせアグロコメットは最初にコメディアンのブロックを行っていたため、ロウニンの投球を妨害するボールカットに届かない位置取りなのだ。


 そのためアグロコメットは、みすみすロウニンの完璧な投球状態の前で棒立ちになってしまったのだ。


「もらったですよ!」


 ただしカイはそこで慌てない。アグロコメットを低い体勢にすると、その身体を右へと揺らしたのだ。


 そしてロウニンの投球、その際にアグロコメットは右に傾けていた機体を左へと大きく戻したのだ。


「見え見えのフェイントですね!」


 しかしヨウコはアグロコメットの動きを読んでいた。アグロコメットの右側に向かっていたボールが急に方向を変え、アグロコメットを追うように変化したのだ。


「シュート回転!」


 ロウニンのボールはアグロコメットの動きに惑(まど)わされず、アグロコメットの胴体に炸裂する。そう思われた時だった。


 カイは砂浜で鍛え上げられた粘りのある足腰で無理やりに身体を戻し、再び右方向へと移動したのだ。


 そうなると1度変化したボールは2度変化するわけもなく。ボールはアグロコメットの左側、南の遊園地へと落ちていったのであった。


「カイ! 拾捕(しゅうほ)は任せるわよ!」


「おう!」


 カイはナオに指示されるまま、南側へと直行した。


「南は間に合わないですよ! 北側をお願いします!」


「分かりました! 師匠!」


 反面タクヤとヨウコは、北側のうっそうとしたジャングルへと急降下していったのであった。


 カイは南側の地面に下りると、素早く転がっていたボールを確保した。


「パスお願い!」


「分かった!」


 カイはボールを拾い上げると、下手投げで優しくナオのオクターにボールを渡した。


 さて、問題はこれからの動きだ。


「どうする、こちらから向かうか?」


「いいえ、向こうはジャングル。相手は待ち伏せに適した場所から動かないはずよ。ここは慎重に動くわよ」


 ナオがそう分析し、オクターを北側に向けた、その時だった。


「サムライ参上です!」


「なっ!?」


 なんとヨウコの使うロウニンが南に面していた大きな窓ガラスを打ち破り、タクヤのコメディアンと共にこちらへと向かってきたのである。


 奇襲を想定していなかったナオは当然慌てて。応戦する形でボールを振りかぶろうとするも、ロウニンの方が早い。


 しかもロウニンは勢いそのままにナオのオクターに近づき、超接近攻撃であるパイルボール、それもヨウコの得意とする『居合投げ』をするつもりだった。


「ぐっ!」


 ナオのオクターはガード用の2本の腕をボクシングスタイルにして防御を固める。けれどもヨウコのロウニンはそんなものなど意に介さず、ガードの上からボールを叩きこんだのだ。


 その動作はまるで剣を抜くようなアンダースロー、下から突き上げるようにボールを押し付け、接触の寸前でボールを手放す。


 それはまさに見本のような、完璧なパイルボールだった。


「そんなっ!」


 ロウニンの居合投げの一閃により、ガードしていたオクターの2本の腕が枯れ木を打ち壊すように分解される。更にその勢いのまま、ロウニンのボールはオクターの胴体を傷つけたのだ。


 オクターの胴体に与えられた傷はガードのおかげかさほど致命傷ではない。それでもナオに与えた精神的ダメージとオクターのガードの紛失は、かなりの痛手だ。


 呆然とするナオに代わって、カイはアグロコメットを使ってロウニンの投げたボールを確保した。


 これでボールは2つともカイとナオ側になったが、ダメージ的な不利を被(こうむ)ってしまった。


「退くわよ!」


「了解です。師匠!」


 カイは逃げ始めるタクヤとヨウコのエクスボットへボールを浴びせようとするも、それはタクヤのコメディアンによって阻(はば)まれる。


 コメディアンはキャッチングスタイルのまま、殿(しんがり)のように最後尾を守って後退していたのだ。


「これは投げられないな」


 カイは投球が無意味と悟ると、逃げるタクヤとヨウコの機体を見送るしかなかった。


「大丈夫か? ナオ」


 カイはアグロコメットに投球の構えを取らせた状態で、ナオのオクターに近づいた。


「大丈夫……と言えるほどのダメージではないけどね。ガードしたのに両方壊れちゃった」


「だが投げる腕はもう1本残っているんだ。逆襲はいくらでもできるだろ」


「そうね。弱気になっちゃダメね。それに早く追いかけなくちゃ」


 急ぐ理由、それはボールの保持時間によって反則、つまり損傷ペナルティーが発生するからだ。


 先ほど拾ったボールは残り時間が3分残っているものの、最初のボールはもう2分ほどしか残っていない。そうなると今すぐ追いかけてボールを投げなければペナルティーは免れないからだ。


「待て、相手は無策で追いかけてどうにかなる奴らじゃない。作戦が必要だ」


「作戦? そんなの通じるの? 向こうは私の裏をかいて追撃してきたのよ。また作戦を立てても返り討ちに……」


「そんな弱気でどうする! 俺の知ってるナオはもっと自信にあふれたプレイヤーだったぞ。このくらい、俺との死闘を考えたらまだまだ序の口だろ!」


 カイはナオに、あの時の試合を思い出させる。カイの初試合、そしてナオとの腕比べ。勝敗こそつかなかったけれども、それは熱を帯びた勇ましい試合だった。


 ナオは自分の闘志を思い出したようにハッとした。


「……フフフッ。こんな簡単なことを初めて1か月も経たないプレイヤーに教えられるなんてね」


 ナオは自嘲気味に笑い、それから元気に空へとボールを掲げた。


「私の大好きなシューターボール! 燃えるようなシューターボール! それを忘れちゃダメね。もっともっと楽しまなきゃ!」


「その意気だ。それじゃあ、俺の作戦を聞いてくれ」


 カイはすぐに立ち直ったナオへ提案した。


 これからタクヤとヨウコのエクスボットを探すにあたってできる選択肢は2つ。2手に別れるか1組で追いかけるかだ。


 ただどちらの手段にしても相手をすぐに発見しなければならず。だとしたら前者の2手に別れる方法が得策だと考えられる。


 とは言っても、これはタクヤたちに看破されているだろう。ならば向こうは2手のどちらかを狙うために固まって動くはずだ。


「だからと言って、1組になって時間をかけるのは愚策だ。だったらこちらも裏をかいて待ち伏せればいい」


「待ち伏せるって? どうやって?」


「まずは見つけた方が相手に速攻をかける。そうすればボールは向こうの手に渡る。その後に、相手を誘導するんだ」


「なるほどね。その後にもう1人が合流してカウンターを仕掛ける。それなら最速で2つのボールを手放してペナルティーを少なくできるわね」


 ナオはカイの意図を1発で見抜くと、互いに動き始めた。


「見つけた方はジャングルアトラクションの中央に見えた岩場まで相手を誘う。それまでは円状に捜索するぞ」


「分かったわ。私が反時計回りに、カイが時計回りに探すわよ」


 カイとナオは阿吽(あうん)の呼吸で作戦を即決すると、自分のエクスボットを走らせた。


 ボールの損傷ペナルティーはそれぞれ残り1分と2分。ここからが正念場である。

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