第21話

 ここは山奥にある、バブル期に建てられた遊園地ありのリゾートホテルだ。


 真ん中に白と赤の基調をされた凸型のホテルと、南には遊園地、北にはジャングルアトラクションが広がっていた。


 そのリゾートの外周で、カイとナオとタクヤ、それに今日合流したサムライマスターこと清水ヨウコがエクスボットを操るためのコンソールの前に待機していた。


「今日は久しぶりに実戦形式のシューターボールをやるわよ。チームはカイ君と私、そっちはタクヤ君とヨウコちゃんのチームよ」


「ってことはほとんど大会の組み合わせでの勝負か。これは負けられないな」


 カイはナオの発表を受け、腕を鳴らした。


「ところで、タクヤの師匠であるヨウコってどんな選手なんだ? 有名なのか?」


 カイが向こうに聞こえないように質問すると、ナオは静かに答えた。


「知らないの? ヨウコちゃんは去年の国内賞金ランキング1位の猛者(もさ)中の猛者(もさ)よ」


「おいおい、それって実質今大会の最大のライバルじゃないか!」


「そうね。私もタクヤ君の師匠があのヨウコちゃんとは知らなかったわ。でも、これってチャンスじゃない?」


「チャンス?」


「そうよ。ヨウコちゃんは今年海外のペナントシーズンに出ていたから実力の向上は未知数だったの。つまりデータ不足。そんな相手と実際戦えるのは偵察以上に情報を掴むいい機会じゃない」


「そうかもしれないけどよ……。それでヨウコの今年の成績とステータスはあるのか?」


「あるわよ。はいどうぞ」


 ナオは訊かれるのを分かっていたように、カイへタブレットを手渡した。


「ヨウコの今年の春シーズンは海外だから低めだけど、KO率が恐ろしく高いわね。それと接近戦でのパイルボールの回数が多いわ。これはヨウコお得意の『居合投げ』のせいね」


「居合投げ?」


「いわゆるパイルボールの、居合切りみたいなものね。普通のパイルボールと違うのは、その初動の速さよ。ほとんどの相手は自分がパイルボールを受けたことに気付かないほどの、超接近攻撃。避けられたプレイヤーは皆無だわ」


「となると対策は距離を詰められない戦いか。ヨウコの機体は?」


「ヨウコのエクスボットは『ロウニン』よ。二腕二足のファイタータイプ。居合投げを最大限活かすための素早い機体ね。それと彼女のステータスはやっぱり高いわ。

 攻撃力9。守備力5。回避力7。速度7。技量8。

 まごうことなき強敵ね」


「ははっ。ステータスだけなら俺たちのぼろ負けだな」


 カイは乾いた笑いでその途方もなさにため息をついた。


「せめてもの慰めはバディーがあのタクヤ君ってことね」


「おいおい、ちょっとタクヤを舐めすぎじゃないか。タクヤもこの練習でメキメキと実力を付けたぞ。元々のフィジカルの強さは強化されたし、集中力も高まってる。油断すると痛い目を見るぞ」


「それはどうかしら。どちらにしても試合をすればわかる話よ」


 ナオはそう受け流すと、カイと共にヨウコとタクヤの前に出向いた。


「試合形式はどうしますか?」


「試合は30分2ラウンド。こっちも実戦形式でいくわよ。それでいいわね」


「私は文句ないですよ。それじゃあ、よろしくですね」


 カイはヨウコと、ナオはタクヤと握手を交わす。


 そして4人はそれぞれのコンソールの中へと入っていった。


「今回は大会と同じくボールを2つ使うわ。互いのチームにボールを1つずつ。競り合いは無しよ」


「エンゲージしたらそのまま対決か。OK、しっかりがっちり勝ちに行くぞ」


 カイとナオは凸型のホテルの端に、タクヤとヨウコはその反対側の端に陣取り、試合の開始を待った。


 しばらくして、審判ボットがホテルの上空に到着した。


「ではこれより試合を開始します。どちらも全力を尽くしてください」


 審判ボットは前置きをしてから、告げる。


「それでは、試合開始!」


 試合開始と共に、カイとナオは凸型のホテルの上を目指した。


 こちらのボールを保持しているのは、カイではなくナオだ。


 何故なら、ナオには作戦があったからだ。


「ヨウコのロウニンは他のファイタータイプに比べてスピードよりも装甲を重視しているわ。ここは一旦ホテルの屋上から様子見して、スピードを活かした遠距離勝負で戦うわよ」


「装甲が厚いのに遠距離でダメージを与えられるのか?」


「その点は大丈夫よ。このオクターは遠距離でもパワーを保てるようにカスタムしてあるの。つまりロウニンに対してアンチポジション。この勝負貰ったも同然よ」


 ナオはそう胸を張り、ブーストパックを全開にして凸型のホテルの屋上へと駆け上がった。


 ただ、ナオの作戦はそう簡単に計画通りとはいかないらしい。


「!? ナオ! 前方だ!」


「えっ?」


 ホテルの屋上には既に、ヨウコのロウニンとタクヤのコメディアンが姿を現していた。


 どうやらこちらの作戦は相手に読まれていたらしく。まずは最も高い場所から様子見をして機会を狙うなどという悠長さを、相手は許さない覚悟のようだ。


 つまり速攻。それがヨウコの戦略だった。


「さあ! 楽しい勝負にしましょう!」


 ヨウコはロウニンを操り、空中で大きく振りかぶってボールを投擲する。


 それはお得意のパイルボールではなく、1番槍を気取った牽制球だった。


 それでも捕球体制に入っていないナオのオクターにとって、ロウニンの第1球は危険なものであった。


「俺を忘れてもらうのは困るな」


カイのアグロコメットが素早くオクターをカバーして、ロウニンの投げたボールの正面に回る。


 アグロコメットはそのままロウニンのボールを受け取るが、それは強烈だ。しかし相手の動きを読んでいたカイはアグロコメットを器用に扱い、両腕で挟み込むように捕球した。


「くっ!」


 受け止めたものの、アグロコメットの両腕はメキメキと嫌な音を立てる。これは数%だけとはいえダメージを受けたようだ。


 ただし、この状況はチャンスだ。タクヤとヨウコのチームはボールが0なのに対して、カイたちはボールが2つ。今は攻撃のし放題だ。


 突然の奇襲に空中で体勢を立て直しているナオのオクターの代わりに、アグロコメットは投球モーションに入った。


「ちょうど試したかったところだ!」


 カイは指先を立てるような投げ方でボールを放った。


 そのボールはあまり勢いがなく、ボールの縫い目がはっきりとした回転の少ないボールだった。


 ヨウコはカイの投球をイージーボールと判断し、キャッチングスタイルでボールを捕ろうと構えていた。


「サムライ師匠! 下がっていてくれ!」


 けれどもヨウコの前に立ちふさがったのは、タクヤの操るコメディアンだった。


 タクヤはコメディアンの丸い機体を活かし、空中で乱気流のように暴れるアグロコメットのボールを捨て身でガードした。


 そうしてコメディアンのキュー状の身体を滑って落ちたボールを、後ろに控えていたヨウコが難なく拾い上げた。


「ナックルボールとは、やるらしいですね。とてもプロなり立てとは思えません」


「油断しないでください。カイの変化球は何でもありますよ」


4人のエクスボットは屋上に降り立ち、互いのボールを見せ合ってじりじりとにじり寄った。


「さあ、これで五分五分だぜ。かかってきやがれ、カイ」


「何がかかってこいだ。こっちの胸を借りるつもりで来い、タクヤ」


 カイとタクヤは前衛に、ナオとヨウコは後衛に配し、最初の牽制を終えて本格的に試合が始まった。

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