第19話

 照りつける夏の日差しの下、カイたち4人はビーチ―バレーボールによる晩御飯の賭けを再開しようとしているところだった。


 現在は0対1でカイとタクヤのチームが負けている最中である。


「行くぜ!」


 本来のバレーの場合、点を取った側が連続サーブするのだが、5点先取という短い試合のためルールは変更してある。


 なので今度サーブをするのはタクヤだ。


 タクヤは後ろに大きく腕を振りかぶり、空中に放ったボールを強かに叩いたのであった。


「任せて!」


 ナオがボールの着地地点に回り込むと、見事なレシーブでボールを浮かせる。


 そしてその浮かんだボールを、スズがハンドトスして打ちやすいように上げたのだ。


「ブロックだ!」


 カイはナオがアタックをするために助走するのに合わせ、手を上げたまま跳ぶ。


 そのタイミングはちょうどよく、これならボールを跳ね返すのも難しくないはずだった。


 だが、ナオは同じアタックをしてこなかった。


「っ! フェイント!?」


 ナオはボールを弾く直前でゆっくりと押し出すようにボールを放つ。


 するとボールは、カイのブロックを避けるように弧を描き、飛び越えてしまったのだ。


「くっ!」


 タクヤがカバーに入るも、ボールは伸ばした腕よりも早く砂浜に転がってしまったのである。


「やった! 2点目よ!」


 喜ぶナオとスズの横で、カイとタクヤはどんよりとした顔をしていた。


 なにせしょっぱなから2点を先取されてしまったからだ。


「カイ、俺に作戦がある」


「なんだ?」


「ナオがアタックを打つ寸前に、砂をぶっかけるとかどうだ?」


「……だから反則プレーは止めろって言ってるだろ」


 続いて、ボールはナオたちの側になった。


 ナオはまたしてもジャンピングサーブで鋭く強烈なボールを放つ。


 それをカイが、無理やりにでもオーバートスで前に弾いたのだ。


「タクヤ! 任すぞ!」


「いいぜ!」


 タクヤはアタックのためのトスを上げる。と思われたが、自らジャンプしてボールに触ったのだ。


 そしてそのまま、タクヤの手はボールを押しだし。相手陣地へ緩(ゆる)やかにボールを放り込んだのだった。


「あっ!」


 そのタクヤの巧みな技に、ナオもスズも反応できず、ボールは砂浜の砂を蹴ったのであった。


「よしっ! 1点返したぜ!」


 タクヤは自分の手腕を讃(たた)え、空を仰(あお)ぐようにガッツポーズした。


「まだこっちのリードよ。どんどん行くわよ!」


 ナオは点を取られたのも気にせず、カイにボールを投げて寄こした。


 カイはボールを受け取ると早速サーブに入った。


 ただしそのサーブの構えはナオのような派手なものでもなく、タクヤのようなオーバースローのサーブでもなかった。


「よりによってアンダースローのサーブかよ」


「別にいいだろ。俺はこの方が得意なんだよ」


 カイはタクヤにたしなめられつつも、サーブを放った。


 そのサーブは特に勢いもなく、ひたすらに高い高いボールが角度の高い弾道を描いてナオとスズたちに降ってきたのであった。


 一見すればそれはイージーボール。けれども環境がそれを簡単なボールにはしなかった。


「えっ!? まぶしっ!」


 ナオとスズが上空を見上げると、そこには太陽があった。


 ボールは太陽の逆光を背景に、ナオとスズのフィールドへと落ちてきたのだった。


 そのため、ナオもスズもボールを直視できず。誰もボールへ触れられずに、ボールは地面の砂の上を転がったのであった。


「おおおおおお! やるじゃねえか!」


「こ、これくらい計算ずくだよ」


 カイは全くの偶然に驚きつつも、平然とした風を装(よそお)った。


「カイ君にしてはやるじゃない。してやられたわ」


「うううっ。目に太陽の光が入ってチカチカするっす」


 カイは勝手に自分の株が上がるのを、黙って知らないふりをしていた。


 そうして試合は2対2となり、次のボールはナオたちの番となった。


 次に打つのはナオではなく、スズ。そもそもナオが2回連続で打つのは順番違いだったと思ったが、済んでしまった話なのでその言葉は呑み込んでおいた。


「行くっすよ!」


 スズはそう掛け声をすると、オーバースローでボールを弾く。


 すると、その弾道はカイと同じように大きな山なりとなって2人に迫ってきたのだ。


「ま、まぶしっ!」


 ほぼ頂点にある太陽は、ナオたちだけではなくカイたちにも牙をむく。


 そのため、まばゆい光によってボールを目で追うのはほとんど難しかった。


 そんな強い日射で目を傷めるタクヤと代わって、カイは上にあるボールを見るのではなく、下を向いていた。


「上がダメなら――」


 その行動は試合を捨てたのではなく、砂浜に移るボールの影を追っていたのだ。


 カイは影の行方で大体の場所を掴み、ボールが低い場所まで下りた時にやっと頭上を確認したのであった。


「ここっ!」


 カイはギリギリでレシーブし、そのボールはネット間際に飛んだ。


 ボールはネットに引っかかるも、僅かにナオたちのフィールドに傾き、スローモーションのように地面の砂浜へと向かっていった。


「やらせないわよ!」


 ボールが自分のフィールドに入ったのを見たナオは、急いでボールを上げに行く。


 ナオのその動きは物凄い勢いで、砂浜を掻き分けるようなヘッドスライディングをして突っ込んだのだった。


「うわっぷ」


 ナオによって舞い上がった砂ぼこりは周囲一帯に広がり、反対のフィールドにいたカイとタクヤの目くらましとなる。


 しばらくして砂ぼこりが収まると、そこには座ったままのナオがいた。


「えへへ。シューターボールの癖でボールを掴んじゃったわ」


 ナオは恥ずかしそうにボールを抱えていたが、事態はもっと深刻だった。


「っ! おい、ナオ。水着が……」


「えっ? 水着がどうしたの?」


 ナオが自分の水着を確認すると、その顔は焼けた金属のように赤くなった。


 なんとナオの胸を隠していた水着がはだけ、大福のように豊満な胸があらわとなっていたからだ。


「だあああああ! 見るんじゃないっす!」


 そんな時、スズの行動は早かった。


 スズは砂浜の砂をひと掴み握ると、カイとタクヤに向けて砂を浴びせたのであった。


「ぐああああああっ!」


「目があああああっ!」


 カイとタクヤは目を抑えて砂浜を転がり、ウナギのように痛みでのたうち回る。


 そんなこんなで、その場は砂浜の上で寝たまま暴れる男子2人と、泣き出しそうな女子と、それを庇う女子という混とんとした状況になっていた。


 それはもう、試合どころの話ではなくなり、4人の勝負はそのままうやむやになってしまった。

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