第18話

「海だー!」


 晴天の青空と綿あめのような入道雲の下(もと)、コバルトブルーの海面が静かに凪いでいる。


 砂浜に打ち寄せる波も優しく、泳ぐには絶好の日和だった。


「海なんて砂浜ダッシュで何度も見ているだろ」


「くっくっく。違うな、カイ。砂浜に居るのと海に泳ぎに来るのとでは幸福度がまるっきり違う。海は泳いでこその海、そうは思わねえか!」


「……その気概はよくわからないな」


 カイもタクヤも既にトランクスの水着に着替え、泳ぐ準備は万端だ。


 ただ、そこにはまだナオはおらず。カイとタクヤはナオが来るのを待っている状況だった。


「お待たせ! 待った?」


 そう言って更衣室から飛び出してきたナオは、後ろにいるスズと手を繋ぎ、引っ張り出すようにこちらへ来た。


 ナオの水着は赤い髪の色と対称的な青いビキニで、色のコントラストと身体の強調ぶりが強い。


 それは他の砂浜にいる観光客の目を引くほどの、贅沢な肉体だった。


「ちょっと、引っ張らないで欲しいっす!」


 その後ろにいるスズは眼鏡を掛けていないので一瞬誰か分からなかった。


 だが、その焼けた褐色肌は活発さを印象付け、水玉模様のワンピースタイプの水着は可愛らしさを演出していた。


 ナオとスズはそうして、どたばたと砂浜を走ってカイとタクヤに近づいた。


「どうかしら? 似合うのを見つけるのに苦労したのだけど」


 ナオが感想を求めてきたので、カイが「いいんじゃないか」と返答しようとした。


 しかしそれをタクヤが遮(さえぎ)った。


「おお! やっぱり海と言えば女性の水着! それもビキニタイプ! エロいし、美しすぎるぜ!」


「おいおい、それは言いすぎじゃないか」


「いいや、カイ。女性の水着ってのは夏の風物詩の1つなんだ。そいつを賛美し、讃えないのは夏の季節に失礼ってもんだぜ。それに女性にとってもな」


 タクヤがそう目配せするのを、ナオは「そうね」と軽く流した。


「どうかしら、カイ君。タクヤ君の言うように何とでも言うといいわよ」


 ナオが胸を張ってカイに見せびらかすその背中には、ちょこんとスズが恥ずかしそうにしていた。


「ナオと、それにスズも。2人共似合うと思うぞ」


「ちょっと、2人まとめた言い方は失礼じゃない!」


「いいだろ、別に。俺は水着評論家じゃないんだ。これで勘弁してくれ」


 カイが弁解しながらドギマギする様子を見て、ナオとスズは嬉しそうにくすくすと仲良く笑った。


「それじゃあ、2人も一緒に泳ぎに行こうぜ! 目の前に海があるんだからさ」


「いいえ、ちょっと待って」


 タクヤが遊泳を提案すると、何故だかナオがそれを制止した。


「その前に私、ちょっとやってみたいことがあるの」


 ナオはそう言って、近くの海の家らしき販売所を指さしたのだった。




「なんで俺たち、海に来てまで球技をやることになるんだ?」


「知らないよ。ナオの頼みなんだから我慢しろ」


 カイとタクヤが今設営しているのはビーチバレーボールのネットだ。


 ただし用意できたボールは透明なプラスチックのボールのため、公式ではないビーチバレーボールもどきである。


 それでも、ナオはこの競技を試したくて仕方がないようだ。


「スポーツマンとしてはありとあらゆるスポーツを体験しないとね。これは鉄則であり義務なのよ」


 だそうだ。


 やっとのことでネットの設置が終わると、パラソルの下でサンオイルの塗り合いをしていたナオとスズがこちらへやってきた。


「俺もあっちに混ざりたかったぜ……」


「止めとけ。セクハラ案件でまたプロライセンスを剥奪されるぞ」


 カイとタクヤが軽くやり取りしていると、ナオがボールを持ち、スズと共に配置についた。


「それじゃあ、始めるわよ。こっちの先行でいいわよね。試合は5点先取、負けたチームが晩御飯をおごるのよ!」


「ちょっ、待てよ。そんな話聞いてないぞ!」


 ナオは問答無用! とばかりに、ジャンピンクサーブでボールをネットのこちら側に叩き込んできた。


 カイは反論で反応が遅れたが、代わりにタクヤがボールの着地地点に腕を滑らせた。


「くっ、カイ! 始まったものは仕方がねえじゃねえか。俺たちの財布と晩御飯のために全力を尽くすぞ!」


「っ! 分かった。俺が右側、お前が左側のボールを取るぞ!」


 カイとタクヤは金のために一致団結し、キャッチングスタイルのように態勢を低く構えてボールを待ち構えた。


「こっちも本気で行くわよ! 上げて、スズ!」


「分かったっす!」


 スズの参入はナオのハンデとなると思ったが、それは間違いだった。


 スズの動きは案外機敏で、そのフットワークやボールの扱いに慣れた様子は、何かスポーツをこなしているとさえ思えた。


 スズが優しくボールを上げると、鋭いジャンプでナオがそれをスマッシュしてきた。


「はや――!」


 ボールは軽いのにも関わらず、ナオの弾いたボールは鋭角にカイたちのフィールドを貫いた。


 これで選手はナオとスズのチームとなった。


「やったわね、流石よスズ!」


「ナオさんこそ凄いっす。バレーもばっちりっすね!」


 ナオとスズがはしゃいでいる中、カイとタクヤは敗北感に打ちひしがれて膝をついた。


「そ、想像以上にやるじゃねえか」


「これは女子相手だからと言って油断してたら負けるな」


 カイは立ち上がると、膝をついていたタクヤに手を貸した。


「こいつは互いのチームプレイなしには勝てないな。手加減はなしで行くぞ」


 タクヤはカイの手を握り返して素早く立ち上がった。


「あたりめえだ。あのお嬢様に晩御飯を要求されたらいくらかかるか分からねえ。いざとなったら汚い手を使ってでも勝つぜ!」


「あー、いや。それはやりすぎだろ」


 カイとタクヤは一時、ライバルの関係を忘れて手を取り合ったのであった。

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