第17話
伊勢、そこは一所(ひとところ)に山も海も川もあるような自然豊かな場所だった。
右の車窓から見えるのは海沿いから見える幾つかの島と、栄養分をたっぷりと含んだ碧緑(へきりょく)の海だ。
また反対の車窓からは、頭上に迫る勢いの山腹がこちらへと迫り出し、針山のように突き出された山林があった。
どれも都会の端の田舎程度では見られない、雄大(ゆうだい)な光景だった。
カイたちはそうして黒塗りのVIPな車に乗せられ、そこそこの時間をかけて目的地へと辿りついていた。
「ここが合宿に使用する別荘地よ。遠慮なく利用してね」
ナオが案内した別荘なるものは、御屋敷かと見まごう白い木造の一軒家だった。
門構えはまるでホテルのように横に広く、階層は5階建ての広々とした建築だ。それに伴い窓は両手で数えきれないほどあり、どれもきれいに磨かれていた。
「俺のマンションと同じくらいなのに、綺麗な屋敷だなあ……」
「まさにお嬢様じゃねえか。こんなでかい建物、建築費だけで目が飛び出そうだぜ」
カイとタクヤはナオの底知れぬ財力におののいていた。
「さあ、景観ばかり見ていないで早く入りましょう」
ナオに勧められて、色々と圧倒されていた2人は別荘の中へと進んだ。
そして入ってみると、その屋敷の内部もまた荘厳な面持ちだった。
煌(きら)びやかな白光のステンドグラスはもちろん、正面には観客を出迎えるように両腕を開いた階段がカイたちを出迎える。
それは美女と野獣やシンデレラで出てくるような豪華な階段で、カイとタクヤはつい「おおっ」と感嘆の声を漏らした。
「執事たちに案内させるから適当な部屋に荷物を置いてきて、そしたら食堂室で集まりましょう」
ナオに言われてカイとタクヤはそれぞれ近くにいた執事に案内されて各々の部屋を取る。
あまり遠くに散らばるのも大変なので、とりあえずは3階の階段近くの向かい合った2つの部屋にカイとタクヤは入った。
部屋に入るとそこは質素、というよりヴィンテージな、屋敷の外観ともマッチした歴史を感じる部屋が存在していた。
木目を基調とした壁、木のタイル張りの床と天井があり、インテリアのように書籍が並べられた本棚と煙突付きのストーブが配置されていたのだ。
ただ居住性のため、目に見えにくいひっそりとした場所に空調設備も配備されていた。
「見栄っ張りなのか打算的なのかよくわからない部屋だな」
カイはそう感想を述べつつ、さっさと荷物を置いて食堂に向かった。
「では改めて、ようこそ私の別荘へ! 着いて早速だけど、これから合宿の内容を発表するわね」
食堂に入って、ナオと同じロングテーブルの周りの椅子に腰かけると、スケジュール表が渡された。
カイがサッとスケジュールに目を通すと、その内容は想像外のものだった。
「やたら基礎的な運動が多くないか? これはシューターボールの合宿だろ?」
カイがそう口を出すと、ナオが回答した。
「この基礎運動の目的は、体力よ。2人の試合は見せてもらったけど、後半まで体力が保てていなかったわ。体力の多さは即ち、後半戦のパフォーマンスと集中力に直結するわ。そのためにも基礎的な運動は必要なの」
「……そういうものか?」
カイが渋々納得すると、タクヤの方はナオに賛同していた。
「よく考えてみればその通りじゃねえか。野球でもサッカーでも基礎体力のスタミナがないと話にならねえぜ。そこんとこナオは良い分析しているじゃねえか」
「そこらへんは否定しないけどよ。でもこのスケジュールだと……」
「何だ? カイはもう練習メニューに怖気(おじけ)づいたのか? そんな腰抜けじゃあ、次の大会は俺が優勝しちまうかもよ」
「……それは違う。そもそもタクヤも夏の大会に出場するのか? 相方はいるのかよ」
「そいつは大丈夫だぜ。俺のお師匠様もこの大会に参加する相棒を探していたらしくてな。この合宿にも遅れて参加するらしいからよろしく頼むぜ」
タクヤの自信満々な様子に、カイは指摘するのも馬鹿らしくなって否定的な態度を改めた。
「分かった。俺からは何もない。このスケジュールで行こう」
「そう言ってくれると嬉しいわ。じゃあ、1時間後に大講堂室で会いましょう」
ナオはそう言いつつ、スケジュールの最初の項目を指した。
「まずは慣らしに腕立て伏せ300回、スクワット500回、腹筋200回よ!」
ナオは合宿の始まりを喜び、元気よく拳を突き上げたのだった。
ナオの組んだスケジュールは正直、ハードだった。
基本的な筋肉トレーニングに加え、10キロのマラソン、砂浜での50メートルダッシュ50本の基礎体力を付ける運動をみっちりと行った。
それに加え目的の良く分からない特訓も同時に行ったのだ。
例えば川での魚の手づかみの訓練、山の急斜面踏破、川の飛び石を渡り歩く訓練など、不思議な特訓もあった。
どうやら後者のトレーニングはそれぞれボールの捕球、難所での移動方法、ブーストを用いた移動方法を意識したものであるらしい。
そして夜はコンソールを用いたVR上での模擬戦など、夜も昼も休む暇なくシューターボールのために身体を鍛えていったのだ。
そうなると、やはり練習を投げ出したくなる者もいるわけである。
「だあーっ! きつすぎるぜ、この合宿!」
最初に根を上げたのは、豪語していたタクヤだった。
「あれだけ啖呵(たんか)を切っておいてもう終わりか?」
カイがその弱音をたしなめると、タクヤは否定した。
「違う! この合宿には楽しみが足りないんだ! 合宿ってのはもっとこう、輝いているものだろ!」
「そうかもしれないがよ。合宿のスケジュールを見た時からそんな余地はないってわかってただろう」
「いいや、だとしても楽しみがなければ人間は頑張れないじゃねえか。これは見直す必要がある!」
タクヤがそう主張していると、その会話にナオが入ってきた。
「筋トレはもう終わったの?」
「あ、ナオじゃねえか。俺はこのスケジュールの見直しを断固要求する!」
「そう? どこかダメな点があったかしら」
タクヤはやる気の重要性を熱弁し、いかに自分たちが追い詰められているかを打ち明けた。
「おい、俺を巻き込むな」
ナオはタクヤの要求を聞き、頷(うなず)いた。
「それは一理あるわね。同じ反復練習だけでは効率も下がるし、何より新鮮さがないわ」
ナオは納得したらしく、スケジュールの書き換えを行った。
「明日は午後の練習を削って自由時間を設(もう)けるわ。2人共、それまで頑張ってね」
「よっしゃあああああ!」
タクヤはナオの返答に喜び、カイとのハイタッチを求めてきた。
カイはタクヤの息抜きへの熱心さに呆れつつも、そのハイタッチに応じて両手を叩き合ったのであった。
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