第16話
夏合宿、それは人々に様々な心象を与える言葉だった。
単に場所を移した強化練習であったり、遊びも練習もするのんびりとしたものであったり、地獄と天国が共存したような響きがある。
では発案者であるナオの夏合宿とはどのようなものなのだろうか。
「夏の大会があるって言うのは前に話したわよね」
「詳しくは聞かされていないが、どんな大会なんだ? 春シーズンとかのペナント形式とは違うのか?」
カイはナオの誘いでマンション近くの喫茶店に来ていた。また、そこには何故かタクヤの姿もあり、同席して話を聞いていた。
「まず春シーズンと秋シーズンから説明するわ。シューターボールのプロはプロ野球みたいにシーズン中に複数のプレイヤーと戦うの。そしてその勝敗によって、冬のファイナルシーズンの決勝を行う。これが1年の流れよ」
「じゃあ、夏は何をしているんだ?」
「基本はオフシーズンね。ほとんどのプロは休養を取るか、イベントの大会に参加しているわ。そのイベントの大会で最大なのが、私の言う夏の大会、有島(ありしま)フロートで行われる有島記念大会よ」
有島フロート、それにはカイも聞き覚えがあった。
フロートとは別名メガフロートともいう、人工の浮島だ。
フロートは海上で浮くためのブロックを有し、海流に流されないため海底に杭を指した係留型の巨大施設だ。
詳しい仕組みは知らないが、そのフロートは海流や波による揺れを完全に中和されており、居住環境に優れているそうだ。
だからこそ、エクスボットのような機体がプレイするフィールドを作り出すのにも成功していた。
「聞いた限りだと、プロは強制参加じゃないみたいだな。ならどうして参加するんだ……。ああ、プロを続けるために必要だって話か」
「……そうよ。実は私、まだ大会やシーズンで優勝した経験がないのよ」
「ん? でもエクススポーツの賞金ランキング3位って言ってただろ。優勝の1つや2つしていないと無理じゃないか?」
「それは去年の賞金ランキングだし、シューターボールの賞金ランキングだからよ。去年は調子が良くて前年よりもいい成績が乗せたわ。それでもシーズン2位だったけどね」
「全国2位か。それで十分凄いじゃないか。何でそこまで優勝に拘(こだわ)るんだ?」
「……私には時間がないからよ」
「時間――そうか、ナオの父親からの条件は今年中だったな」
かいつまんで話すとナオは今、父親にプロを辞めるように言われているのだ。
そんな父親から出されたプロを続けるための条件。それが今年中に賞金ランキング1位になるかシーズン総合優勝を果たすかのどちらかだった。
「でもカイ君は私の事情を知ってなお、尽力してくれると言ったわ。期待しているわよ」
「ああ、当然だ」
カイとナオが夏の大会についての話題で盛り上がっていると、暇そうにコップの底の液体をストローで啜(すす)っていたタクヤが話に入ってきた。
「それで? この俺がついでに呼ばれたのはどういうわけだ?」
「タクヤ君。私が見るに、君もこれから将来のある選手であると思っているわ。それは過去のプロ成績やセミプロ成績が証明している。だから夏の合宿での練習相手になってほしいの」
「待てよ。そもそも俺もカイも、夏合宿については聞いていねえぞ。どこでいつ練習するつもりなんだ?」
タクヤに質問されて、ナオは思い出したように「そうだったわね」と納得した。
「私たちが行くのは有島フロートを眺められる場所、伊勢! そして合宿は今日この時からよ!」
ナオはまだ見ぬ地を指さすように、拳を突き出したのだった。
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