第15話
「プロ資格を放棄しろってことかよ。そんなの冗談じゃないぜ!」
黒衣の男の言葉に皆度肝を抜かれる中、タクヤが真っ先に激高した。
それにも関わらず、黒衣の男は涼しい顔をしていた。
「それとも君たちは自分たちがプレイしているシューターボールが崇高なスポーツだと思ってるのかね。馬鹿馬鹿しい。それなら既にエクススポーツはオリンピックの競技になっているし、国際社会や国家からも認められているはずだ。それがないのは、所詮エクススポーツはお遊びだという話だよ」
黒衣の男は、タクヤを挑発するように更に言葉を続けた。
「3日紛争を見よ。かつてプレイヤーを魅了したシューターゲーム種目も、あっさりと国際社会や政府に規制されてしまったではないか。それは銃規制国である日本に限らず、欧米や中東でもだ。
これが意味することはただ1つ。エクススポーツは永遠に、永劫に、未来などない競技という事実だ。そしてたとえいくら耐え忍ぼうとも、その気持ちはいつか他人によって踏みにじられる。公の安全のためにとな」
「……お前、それ以上口を開くとぶん殴るぞ」
タクヤは明らかに殺気立った目で壇上に上がろうと立ち上がるも、カイはそれを制した。
「邪魔するな。カイ」
「いいや、邪魔をするなはこっちのセリフだ。こういうのは暴力に訴えた時点で相手の言い分を認めたのと同じになる。任しておけってよ」
カイはタクヤを宥(なだ)めるように笑いかけた。
次に、カイは正面にいる黒衣の男を睨んだ。
「アンタが誰かは知らないが、その言い分は確かに正しいかもしれないな」
その一声にタクヤが目を丸くするも、カイは続けた。
「だがエクススポーツを、シューターボールをプレイするのにそんな難しい事情はいらないだろ。アンタも、シューターボールの関係者ならわかるはずだ」
カイは黒衣の男を指さした。
「エクススポーツをプレイする理由。観戦する理由。それは他の競技をプレイする理由と大した違いはない。俺たちに必要なのはたった1つ。それがワクワクするかだろ」
黒衣の男はカイの意見を否定せず、ただ黙って聞いていた。
「心が躍る、ワンダーとでも言い直そうか。シューターボールで言うならば、プレイヤーの技の1つ1つ。相手との駆け引き、ボールをぶつけられる緊張感。熱狂する観客や白熱する実況解説。それらが呼び起こす心の高鳴り。それだけで人生を費やすに値するリアルだって、分かって始めたんじゃないのか?
シューターボールと関わったのは俺と同じで金のためじゃない、楽しいからやってみた。違うのかよ?」
カイの必死の説得のような発言に、黒衣の男は反応を示さない。
ただ長い前髪の間から、ジッとカイの顔を睨んでいた。
「西郡(にしごおり)カイだったな。君の言い分は正しい。私もかつてはそうだった。過去には輝きがあった。
しかし、今はそうではない。それだけだよ」
「いいや夢はいつだって叶えに行けるはずだ。そうだろ、松葉セイヨウさん」
「っ!?」
黒衣の男、松葉セイヨウは自分の名前を言い当てられて驚いた。
「……今になって俺の名を覚えている奴がいるとはな」
セイヨウはそう呟くと、小さく二ッと口角をゆがめた。
その時、また急に扉が開いたのである。
「ん? アナタは誰です? 合格者ではないですよね」
それはおそらく、講習をしにきた本物の試験官だった。
セイヨウは静かに試験管の元に歩くと、こう述べた。
「失礼、私はこういう者だ。新人たちの激昂にとサプライズをしたつもりだったが、上手くいかなくてね」
セイヨウはそう言って自分の名刺を見せた。
「松葉セイヨウ? 知らない名前の人ですね。どちらにしても関係者以外は立ち入らないでください。いいですね!」
「……ああ、部外者はさっさと出ていくよ」
セイヨウは試験官に名刺を返され、受け取ると、それ以上何も言わずに講義室の外へ出て行ってしまった。
「ごほんっ。ではプロライセンス試験合格者の皆さん、これからプロとしての自覚を持ってもらうために、すこしばかり時間を頂きますね」
試験官はもうセイヨウのことなど忘れたように、特に言及するでもなく講習を始めるのであった。
講習は約1時間の座学で終わり、5人の合格者は同じバスに揺られてで駅へと向かっている最中だった。
「結局あの男は誰だったんだ?」
今回の件ですっかり意気投合してしまったカイとタクヤの話題は、自然と先ほどの出来事になった。
「……アイツは松葉セイヨウ。元プロゲーマーであり、元エクスシューティングのプロプレイヤー。そして現シューターボールの先輩だよ」
「先輩だって? まさか新人潰しか」
「そうかもな。セイヨウはシューターボールの国内賞金ランキング30位程度の中堅プレイヤーだ。かつてエクスシューティングで国内賞金ランキング1位だったことを考えると、今の立場は雲泥(うんでい)の差だろうな」
「何っ!? あのおっさん、元賞金ランキング1位なのかよ!」
エクスシューティング、それはエクスボットによる対戦形式のシューティングスポーツ名であり、今は無きスポーツだ。
それは三日紛争で競技用の銃が使われ、多くの人命が危機にさらされ、国際社会と政府によって条約や法律により廃止されたスポーツだった。
「俺はプロゲーマー時代のセイヨウを知っている。彼は相手をリスペクトする日本有数の強豪選手だった。プレイは観客を沸かせるし、ファンサービスも欠かさない。俺が憧れるプロゲーマーの1人だったんだ」
「だが今は落ちぶれちまったってワケだな。カワイソーに」
「……少なくとも本人はそう思っているようだな」
カイはセイヨウの胸中を想い、沈んだ顔をしていた。
そのカイに対してまるで場の空気を換えるような清涼感のある声が届いたのは、そんな時だった。
「さっきはすごかったね、カイ。僕は感心しちゃったよ」
それは中性的な顔立ちと声の、無邪気な子供みたいな雰囲気の人物だった。
「僕は尼崎(あまがさき)ユウ。君たちと同じ新人プロだよ。それにしても講義室で君が放った言葉には僕、感動したよ!」
「お、おう。そうか」
カイはユウの元気良さに、やや引き気味で対応した。
代わってタクヤが会話に入る。
「確かお前はサッカースタイルで合格した受験生だろ? すげえプレイングだったな」
「アハハッ。僕はエクスサッカーやそれ以外のエクススポーツをプレイしていてね。つい癖でボールを蹴っちゃったんだ。練習ボールを割らないように蹴るのは大変だったよ」
ユウもまたカイやタクヤのように、楽し気にプロライセンス試験の試合について語った。
「そうそう、実はね。話しかけた理由はそれだけじゃなくて、北見ナオさんにお詫びの伝言をして欲しいんだ」
「お詫びだって?」
カイはユウの言葉に反応する。まさかここでもまたナオのつながりがあるとは思わなかったからだ。
「ナオさんの夏合宿の件、楽しそうだけど師匠との先約があるのでいけません。また今度誘ってください。って言ってくださいね」
ユウはそこまで言うと、自分の席に戻ってしまった。
「夏合宿?」
カイとタクヤは意外なワードに呆気に取られ、顔を見合わせるのであった。
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