第13話

 試合のフィールドは、コピー&ペーストされたような白く濁った住宅群だった。


 おそらくかつては団地であっただろうその場所で、カイと対戦相手の銀はエクスボット越しに向かい合っていた。


 まずは両者のエクスボット、アグロコメットとマイペースが走り出す。


 ただアグロコメットがボールに向かったのに対して、マイペースは何とマンションの陰に隠れたのだ。


「先手を放棄だと!?」


 カイは驚きながらも、アグロコメットにより難なくボールを入手。そしてマンションの角に立つマイペースに狙いを定めたのだ。


「この角度なら!」


 カイはマイペースがマンションに隠れて逃げるのを察して、追いかける変化球、カーブを投げるつもりだった。


 だがアグロコメットが全力で投球した途端、なんとボールは手元で弾けてしまったのだ。


「なっ!?」


 カイは驚きつつも確かめるように投げた右手を確認する。


 そこには空気が抜けてしまった練習ボールの残骸が残っているだけだった。


「何だ? もしかして変化球を投げられないほど脆いのか!?」


 カイは練習ボールがアグロコメットの変化球の回転に耐えかねて破裂したのに気づき、呆然とする。


 これではカイの持ち味である変化球は全て封じられたも同然なのだ。


「カイ選手! すいませんが、古いボールと交換します。こちらを使用してください」


 審判ボットはどうやらボールが摩耗していたのだと判断したらしく、代わりのボールをアグロコメットに投げてよこした。


「どうする? ボールの不具合を報告するか? いや、残りの試合時間を考えると……」


 カイは迷ったまま、受け取ったボールの投球モーションに入る。


 けれどもこのシューターボールは、悩みながらプレイして上手くいくほど簡単な競技ではなかった。


 カイは再び投球するも、その回転は先ほどと比べてずいぶん遅い。


 そのため、マンションの陰に隠れたマイペースはあっさりと緩やかに曲がったボールを避けきってしまったのだ。


「この角度じゃ当たらない。くっ、どうする?」


 この状態では転がったボールとの距離の問題で、マイペースがあっさりと拾い上げる。


 次は銀の操るエクスボット、マイペースの攻撃ターンだ。


「来い!」


 カイはアグロコメットにキャッチングスタイルを取らせる。


 それに応じたのか、マイペースは直線にアグロコメットへ近づいてきたのだ。


 ただし、マイペースは近づいてすぐ投球には入らなかった。


「機動戦か!」


 マイペースはカイがナオとの戦いでしたように、高速で周囲を回る。


 この場合アグロコメットのような二足歩行タイプは胴体の旋回機能がないため、常に正面へ相手を捕らえようとするのは不可能だった。


「右!? いや左か!」


 アグロコメットは銀の操るマイペースのいいように翻弄され、まるっきり隙ができていた。


 マイペースは走りながら小ぶりに構えると、サイドスローでアグロコメットにボールを投じたのである。


「くっ!」


 カイは辛うじてアグロコメットの左腕の肘でボールを防ぐと、ボールは転々と地面の上に飛ばされた。


 カイは拾捕(しゅうほ)のチャンス、と思ったがマイペースの方が反応速度が早い。


 アグロコメットが前に1歩出ようとした時にはすでに、ボールを拾い上げていたのだ。


「!? わざと軽く投げて拾い直ししやすくしているのか」


 つまり銀の作戦はヒットアンドピックの連続技だ。


 じわじわと小さなダメージを蓄積し、KOよりも判定勝ちを狙うつもりなのだ。


「地道な技を使いやがって」


 ただそんなこすい技を使うプレイヤーは、これまでカイが遭遇した経験はない。


 初対決の相手の多さ、それが初心者のカイにとって決定的な弱点だった。


「今度は右か!」


 再び周囲を回転し始めたマイペースの投球により、今度は右肩に衝撃が走る。


 ダメージこそ弱いものの、確実にアグロコメットの損害率は増えていた。


 「ならば……」


 カイはお行けるのは無理と判断し、アグロコメットの動きを止める。ガードを解き、呆然と立ったまま、何もしない状態をとったのだ。


 マイペースはアグロコメットの諦めたような体勢に驚きつつも、予断なくボールを投じたのである。


「そこっ!」


 だがそれはカイの誘いだ。


 もしも相手が動かなければ、人間と言うのは死角を狙いたがるものだ。


 それは背中側。カイは静かにして相手の歩行音だけで投球モーションを察知し、左片手だけでボールを捕らえたのだ。


 しかしマイペースを操作する銀の対応は早い。ボールの攻守が代わると判断すれば、さっさとマンションの陰へと逃げてしまったのだ。


「ハイドアンドシークか……、だったら」


 カイはアグロコメットにボールを保持させたまま、ひたすらマイペースを追いかけ始めた。


 2機は角を何度も曲がり、直線で距離を詰め、制限時間である3分ギリギリまで距離を縮めたのである。


 それも相手が、角に隠れられない縦長のマンション側に入った時だ。


「変化球の回転ができないならば!」


 カイは走り込み、オーバースローでボールを投じる。


 しかし、そのボールはとても遅い。それはマイペースが振り返りざまにキャッチングスタイルを構えられる程だった。


 そう、そのボールはまるでハエが止まるような、ボールの縫い目がくっきりと見えるボールだった。


「!?」


 銀は驚いただろう。自分の真正面に来たボールが回転も無しに軌道を変え、自分のカメラいっぱいに広がったのだ。


 そのボールの名前は「無回転ボール」野球ではナックルボールと呼ばれる球種だった。


 マイペースは目測を誤り、ボールが頭部カメラにぶつかった。


 その途端、ボールの破裂と共にマイペースの頭部カメラは木っ端みじんに吹き飛んだのである。


「おっと」


 カイはアグロコメットのカメラ越しに、完全破壊されたマイペースの機体を見た。


 そして、少し青ざめた顔でこう言った。


「あれ? もしかしてこれ、損害賠償ものか?」

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