第11話
カイはタクヤとの一戦を終え、勝利の余韻に浸っていた。
しばらくその熱と喜びに浮かされた後、コンソールの外に出るとそこには男性が待ち構えていた。
「初めましてカイ選手。私は実況解説の吉澤です。勝利者インタビューをよろしいでしょうか」
いわゆる一言お願いしますという奴だ。
その点で言えば、プロゲーマーとしての優勝経験のあるカイにとって、それは慣れたものだった。
「まずは勝利おめでとうございます。戦ってみて第一印象はどうでしたか?」
「ちょっと戦いにくかったな。最初のアピールからタクヤに試合運びを持っていかれて、こちらのペースに引き込むのに苦労したよ」
「苦戦、確かに我々から見ればかなりの接戦でした。タクヤ選手の印象はどうでしょうか?」
「第一印象と同じだが、やりにくい相手だった。それ以上に、所々で出るスキルの巧みさは称賛に値する技だったよ。もし次戦うなら勝負は分からないかもな」
「タクヤ選手はラフプレーと好プレーを使いこなす上級者、しかしそれでも軍配はカイ選手に上がりました。勝因は何だと思われます?」
「反撃の起点となった最初のパイルボールのやり取りだな。あれのおかげでいつもの調子が取り戻せた。あそこでボールダメージをくらっていたら負けてたかもしれない。それくらいの試合だったよ」
「なるほど。お答えいただきありがとうございます。これにて勝利者インタビューを終わらせていただきます。お疲れの所お時間いただき感謝します」
「いえ、こちらこそねぎらってくれてありがとう」
実況解説の吉澤はテレビクルーのカメラとそそくさと下がると、今度はコンソールから出てきたタクヤが近づいてきた。
「おい、カイ」
「何だ? 文句があっても聞かないぞ」
カイが鼻を鳴らして勝ち誇ると、意外にもタクヤは頭を下げた。
「悪かった。最初にヒールプレイをしたのは間違いだった。お前とはもっと正々堂々、試合の中だけで戦うべきだった!」
「ヒールプレイ? ああ、そうか」
カイが利き腕の右腕に巻かれたテーピングとカッターナイフによる傷を思い出す。
それは試合の開始前、タクヤの握手の際に傷つけられたものだった。
今は傷は塞がり血も止まり、黒くかすれて汚れたテーピングがその名残を残していた。
「なんせ相手は二試合目のひよっ子。そんな奴の相手をさせられるなんて舐められていると思ったんだ。すまねえ」
そういう意味ではタクヤもセミプロとしてのプライドがあるのかもしれない。
思えばVRゲームでの経験があるとはいえ、1戦目でプロ相手に引き分け、2戦目でセミプロ相手に勝利とは。中々の試合結果ではなかろうか。
「試合前の精神攻撃は俺も経験があるからな。しかし今時カッターナイフで攻撃なんて古いな。それにあのペナルティーがなかったら試合も分からなかったぞ」
「その点はただただ俺が悪いから仕方ねえ。許してくれ」
タクヤはそう言って、もう一度ヤンキーみたいに膝に手を置き、頭を下げた。
「だからもういいって言ってるだろ。試合は終わったんだ。ちょっとは尊重して勝利者の言葉を聞いてくれよ」
「ははっ。そうかめしれねえな」
そしてタクヤはカイとの握手を求めてきた。
カイは一瞬ためらったものの、その手を取って今度こそは固く手を結んだ。
「次は負けねえ。そのつもりで精進しろよ。カイ」
「そのつもりだ。お前こそプロライセンス頑張れよ」
そうして戦いの後の、やり切った顔で2人は笑いあったのであった。
「こんな試合向こうだあ!」
その時である。カイとタクヤの耳にそんな声が届いてきたのである。
視線を送れば、その先にはスズのお父ちゃんと、やたら恰幅のいいメガネで禿げ頭の中年男性がいた。
「大の男が今更言葉を撤回するんかい! ちっとは恥ずかしくないんか!」
「うるさい! 俺は相手がずぶの素人だからと聞いて試合を受けたんだ! プロゲーマー相手とは聞いていないぞ!」
「プロゲーマーであっても、カイはエクススポーツの初心者なんや。嘘は言ってへんやろ!」
「ダメだダメだ! この勝負無しだ!」
中年男性が喚いていると、タクヤは急いでその中年男性の元に急いだ。
「おやっさん! 勝負に負けたのはすまねえ。でも撤回だけは勘弁してくれよ」
「タクヤか! お前は悪くない。悪いのは不意打ちをしてきたこいつらの方だ!」
「でも勝負は受けたんだ。俺も全力を出して、それで負けた。今更恥の上塗りはやめようぜ」
「知るか知るか! 俺のしのぎをこんな騙し手で諦められるか!」
中年男性、いや話の内容から推察するにタクヤのスポンサーである道端社長はこう言い張った。
「結局この勝負、誓約書なんて付けてないんだ。口約束なんかで俺が諦めると思うなよ! 次からまた俺の社員が訪問させてもらうからな」
こうして勝負までして、結局話は最初に戻ってしまった。そう思った時だった。
「ならば仲介役の私が出張る必要があるわね!」
そう主張したのは実況解説の吉澤とカメラのテレビクルーを連れた、北見ナオだった。
「何だ、テレビまで寄こして。俺を脅すつもりか!」
「脅すなんてとんでもない! 私はビジネスをしにきただけよ。道端社長」
「ビジネスう? こんな小娘が何をするってんだ?」
「小娘じゃないわ。実況を聞いていたならわかるでしょ。私は北見ナオ、北見インダストリー社長の一人娘よ」
「き、北見インダストリー!?」
道端社長はナオの言葉に腰が崩れそうになるほど驚いた。
どうやらナオは最初の印象と同じでいい所のお嬢様らしい。
「おい、タクヤ。北見インダストリーってなんだ?」
「知らねえのか? 北見インダストリーといえばエクススポーツの上場企業だろ。エクススポーツのマーケティングや開催、エクスボットの販売を一手に担う日本有数の大企業。エクススポーツをやってるなら……。そうかお前は初心者だったな」
「ならそんなお嬢様がなんで俺みたいに未経験のプレイヤーをエクススポーツに誘ったんだ?」
「そこまでは知らねえよ! だがもしかしたらこいつは逆玉の輿かもな」
タクヤはそう言うとゲヘヘと下品に笑った。
それにしてもナオが北見の姓を名乗ると、道端社長は明らかに動揺していた。
「相羽製作所の地価が上がった居るのは、北見インダストリーが新しく事務所を構えたビルがある。そのおかげで近くに住む雇用者が移り住み、人が集まれば店も繁盛する。その予見が原因なのよね」
「そ、それはそうですね」
道端社長は急に敬語を使って話し始めていた。
「とはいえ、事務所も雇用者が住み着くのもまだまだ予定の段階。こんな不当な土地の買い占めが行われているようでは他の場所に事務所を映した方がいいと父に進言した方が……」
「も、申し訳ありませんでした!!!」
よほど道端不動産の命運にかかわる話なのだろう。道端社長は低く下げていた頭を地面にこすりつけ、土下座までしだしたのだ。
「待ってよ。私は別に脅そうってわけじゃないの。ただ相羽製作所はあのまま居を構えていた方が北見インダストリーとの仕事もやりやすい。だから、ね」
「承知しました。今回の件見送らせていただきます!」
かくして、カイとタクヤの熱戦にも関わらず。ナオの一言二言で事態は解決してしまった。
「だから言ったっす。いざとなったら対策はあるって」
いつのまにかカイの隣にはスズが来ていた。
ただその顔はあまり陽気とは言えない。何故だろうか。
「不満げじゃないか。何かあったのか?」
「何が、じゃないっす。女房役が精魂尽くして作ったものをあっさりと壊してくれたっすね」
「あっ」
新品のアグロコメットは、手部以外は中古だ。しかしながら手部い至っては相羽スズが2週間もかけて完成させた究極の一品なのだ。
カイは、サッと顔を青ざめながらスズの方を見た。
「スズさん。今回の修理費はいくらくらいでしょうか」
「それはメンテナンスしてみないと分からないっす。でも半壊しているから、30万くらいはするかもしれないっすね」
「そ、そんなに……」
カイはその場でがくりと膝をつく。まさかエクススポーツがそこまで修理費がかかるとは思わなかったのだ。
だがタクヤは不思議そうな顔をして、こう付け加えた。
「何言ってんだ? 非公式とはいえJEcSU認定の試合だろ。ちゃんと保険が適用されるぜ」
「ほ、本当か!」
「ああ、ちゃんと試合会場使用料を払っただろう? その中に保険料が含まれているんだぜ。そうすれば修理費は8割減額だ。ただしちゃんと書類の提出が必要だがな」
カイがキッとスズを睨むと、スズは悪びれもなくそっぽを向いていた。
「おい、スズ」
「そのくらい常識っすから言うまでもないと思ったっす。それに手部の設計図は出来上がってるから作り直しは半分以下の手間でできるっすよ」
「なら、どうしてそこまで怒ってるんだ?」
「そりゃそうっす。人が丁寧に作ったものを乱暴に扱うような選手には、お灸をすえる必要があったっすから」
カイは一応なるほど、とは思った。
それでもこれは真剣勝負、いくらエクスボットが究極の機体とはいえ大事に扱う余裕などなかったのだ。
「何々? 喧嘩? 私が仲裁してあげようかしら」
カイとスズがいちゃついていると、その中にナオが乱入してきた。
「話はすんだよ。修理に関する話をちょっとしてただけだ」
「うーん。それはシューターボールの永遠のジレンマよね。エンジニア業界の潤いのためにはどんどん壊れて欲しいけど、使い捨てみたいに扱われるのは勘弁してほしいわよね。分かるわ」
ナオはスズに共感して、うんうんと頷いた。
「ところでカイ君。この後、暇?」
「暇かと言えば、そうだな。だがちょっと休ませてくれ。試合で疲れているんだ」
「大丈夫。するのは話だけよ」
ナオはそのまま、立ち話で言葉を続けた。
「カイ君はプロライセンスに興味ない?」
「プロライセンス……か」
カイはナオに訊かれて、思う。
エクススポーツは自分に合っているし、興奮と熱狂に満ちた試合ができる。
それはカイがプロゲーマーを志した時と同じ感覚だ。
「金はかかるが、俺はプロゲーマーだ。目指す以上は俺もプロになりたい。そのためになら努力はする。いや、絶対になってやる」
「OK! その言葉が聞きたかったわ」
ナオは手を鳴らすと、とある書類をカイに差し出した。
「はい、これプロライセンス申請書。今日までなら間に合うから署名して」
「……手が早いな」
「だって今度のプロライセンスを習得できないと、夏の大会で行われる2on2バトルに間に合わないもの」
カイは書類に目を通す。そこには確かにプロライセンスを受けるための紙であると記述されていた。
「ん? 待てよ。2on2だって?」
「そうよ。そもそも私がカイ君をエクススポーツに誘ったのは、一緒に試合を受けるためのパートナーを探すためだもの。大会に優勝するためにね」
「……そういうことかよ」
カイはやっと合点がいった。
急なスカウト、腕試しのような試合の数々、そして間もなく行われるであろうプロライセンスの試験。
全てはナオが急ピッチで共に大会へ参加する相棒を見つけるためだったのだ。
「今回の試合もまんまと策にはめられた、ってワケか」
「候補は他に2人あったのだけど、見事私の試験に落ちてしまったわ。カイ君はその中での最終候補、間に合ってよかったわ」
「俺がプロライセンスに受かるのが前提だろ」
カイはナオの強行軍のスケジュールに呆れつつ、その書類にサインした。
「さあ、ナオの試験には受かったんだ。そちらの事情をちゃんと聞かせてもらおうか」
「あら? 覚えてたの。……しょうがないわね。話すわ」
ナオは顔を真面目にしてカイの質問に答え始めた。
「最初に言っていたプロとして続ける条件。あれは父から、今年中に賞金ランキング1位になるか。もしくはシーズン優勝しなければプロを止めろと言われているの」
「……プロを続けるための条件は父親から出されたものだったのか」
「そう。父は私に会社を継がせるつもりなの。そのために会社の部署を任せて下積みをさせたい。だから父は私がエクススポーツのプロを続けるのに反対しているワケ」
「……前時代的だな。親が子供の職を決めるなんてな」
「そう! カイ君ならそう言ってくれると思っていたわ!」
ナオは細い指をカイの手の平に重ねた。
「有島記念大会は2on2な上、この大会は他の大会よりも賞金額が桁違い。だから賞金ランキング1位を目指すにはこの大会の優勝は重要なの。改めて聞くけど、協力してくれるわよね!」
カイはナオのがっつき具合に気圧(けお)されながらも、それに応えた。
「お、おう。俺に二言はないよ。そんな大事な理由なら一緒に優勝を目指すぞ、ナオ」
「やった! これで私は百人力よ。頑張りましょうね」
ナオはそんな風にキャッキャウフフと喜んでいた。
「じゃあ、プロライセンス試験は3日後よ。それまでに私がみっちりエクススポーツの知識を叩きこんでやるわ」
「勉強会、ってやつか」
「そうよ。残りの日まで私の屋敷で缶詰よ!」
「っておい。それも急な話だな」
カイはナオの強引さにため息を吐きながらも、新しくできた目標に胸を高鳴らせるのであった。
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