第10話

「時間は残り5分! ボールはカイ選手の保持、試合の行方は次の攻守のやり取りで決まると言えるでしょう!」


 廃墟の街を散々暴れまわり、カイとタクヤの勝負は間もなく決着しようとしていた。


「カイ選手はここで慌てる必要はないわね。時間いっぱいまで使って、ボールを投げればいい。怖いのはタクヤ選手のカウンターね」


「返し技と言えば前半のカイ選手のパイルボールのカウンターは素晴らしかったですね。これはタクヤ選手にもできるのでしょうか?」


「タクヤ選手は追い詰められた状況での逆転パターンが多いと、春シーズンのデータに出ているわ。ここ一番での集中力が必要ね」


 実況の言う通り、この場面はまさに試合の最高潮の場面。集中力がなければ攻略は難しい。


 しかしカイはやや集中に欠ける。それは前半30分とここまでの後半戦による疲れが原因だった。


「ったく。もっと鍛えておくべきだったな」


 カイは全身汗だくで、暑さのせいか視線がぼやける。ボールを持ったままアグロコメットを動かさないのは、時間稼ぎというよりも体力の回復のためだった。


 そしてどうやらその状況はタクヤも同じらしく、操るコメディアンは構えを取ったまま動かない。


 それもそうだ。先ほど見せた横回転によるアグレッシブな技だけではなく、全身運動はカイよりも負担が大きいはずだ。


「思ったよりやるみてえだな。カイ」


 カイが呼吸を整えていると、悠長にも息の荒いタクヤが通信をつなげてきた。


 カイはタクヤのその意図を図りかねたが、通信に応じた。


「どうした? もう試合終了の気分か?」


「おいおいおい、それはないだろう。時間はまだ5分も残ってるんだ。落ち着いて行こうぜ」


「慌てるのはそっちだろ。そもそも何で通信なんだ?」


 カイは話しながらもコメディアンの動きに注目し続ける。


 おそらくタクヤが通信を開いた理由は、カイの隙を突くためだからだ。


「カイ、お前プロになるつもりはねえのか?」


「プロ、か」


 タクヤに問われてカイは思う。


 今はプロゲーマーとして生計を立てているが、エクススポーツも悪くない。できるならばプロを目指してみたいものだった。


「逆に訊くが、タクヤはプロにならないのか? まだセミプロなんだろ」


「質問に質問かよ。だが訊いた手前だ。教えてやるよ」


 タクヤはそう言うと、自分の身の上を話し始めた。


「俺はな。元々プロライセンスを持っていたんだ」


「ん? ならなんでセミプロに?」


「そりゃ決まってるだろ。プロライセンスを剥奪されたからだよ」


 カイはタクヤの話に驚く。


 確かにタクヤはラフプレーが多いとはいえ、プロの資格を失うまでのプレイをしているとは思わなかったからだ。


「勘違いするなよ。ライセンスはく奪は試合のせいじゃねえ。友人の頼みを聞いたからだ」


「……それはどんな頼みだ?」


「復讐だよ」


 復讐、となるとタクヤは犯罪の片棒を担いだというワケだ。


 ならば、ライセンスの剥奪は永久になるのではないだろうか。


「もちろんその時は友人の頼みが復讐の目的だと気づかなかった。俺は友人の心を見抜けず、まんまと騙されて手を貸した。つまり、過失さ」


「だからライセンスの剥奪で済んだのか」


「ああ、期間付きのな。その期間も次のプロライセンス試験で終わる。俺は必ずプロに戻るつもりさ」


 タクヤはそう豪語する。


 実際の所、プロライセンス試験がどれほど難しいかカイには見当もつかない。


 ただプロライセンス。その響きはカイを魅了した。


「ところでその復讐の手助けってのはな」


「何をしたんだ?」


「それはな――」


 その時、コメディアンが急に視線を外して右斜め上を仰(あお)いだのだ。


「あっ!」


「あっ?」


 カイはつい、コメディアンの視線を追って空を見上げる。


 けれどもそこには何もない。ただ、黒ずんだビルの隙間から、塗りたくったような青い空が広がっているだけだった。


「――なっ!」


 その瞬間、カイはタクヤの思惑に気付いて視線を戻す。


 すると、コメディアンがもう目前に迫っていたのだ。


「こんな古典的な手に!」


 タクヤが身の上を話したのも、コメディアンが視線を外したのも、全てはこのためだったのだ。


 視線誘導。それによりコメディアンはタクヤの寸前まで近づいていた。


「やっぱ馬鹿だぜ! 西郡(にしごおり)カイ!」


「言ってくれるな! 安生(あんじょう)タクヤ!」


 カイはアグロコメットに投球モーションを取らせる。


 この位置ならまだ、攻撃が間に合うと判断したからだ。


「覚えたてだが!」


 カイはボールをギリギリまで持ったまま、ボールを振り下ろす。


 それは近接での攻撃、パイルボールによるアタックだ。


「そのくらい読んでたぜ!」


 だがそれはタクヤの誘いだった。


 タクヤはコメディアンの身を晒し、自分からボールを持った右腕に機体をぶつけてきたのだ。


「あっ――」


 パイルボールはタイミングが肝心だ。ボールを話す瞬間を間違えてはいけない。


 早すぎればボールの命中率と攻撃力が下がり、遅すぎればボールの跳ね返りによって投げた手がいかれてしまう。


 そして、タクヤの狙いはその後者だった。


 投げようとしたボールがコメディアンの機体によって弾かれると共に、保持していた右手が反動で完全に破棄された。


 これではもう、ボールを握っての試合は不可能となってしまった。


「これで終いだぜ!」


 タクヤはコメディアンへのダメージを気にせず、跳ね返ったボールを空中で拾う。


 そのままタクヤはコメディアンにボールを振りかぶらせ、最後の一撃を放とうとしたのだ。


「くっ――」


 カイは両手の破壊によって、試合の進行が不可能となり、負けを予感した。


 そんな時だった。


 ――ピッピッピー!


 アグロコメットとコメディアンの間に、一眼カメラの小さなボットが割り込んできた。


 それは審判のボットだった。


「タクヤ選手。総合損傷率100%超過、よってタクティカルKOによるカイ選手の勝利です!」


「んなっ!?」


 カイは振りかぶったボールを両手でブンブンと振り、遺憾の意を表明した。


「いい所だってのに、なんだよそれは!」


「これはルールです。タクヤ選手、試合は終了です」


「クソッ、クソッ、クソッ! ダメージ計算を間違えちまったあああああああ!」


 タクヤは吠えるものの、それは負け犬の遠吠えだ。


 この試合、カイのテクニカルな勝利。それは初めてのシューターボール試合勝利の瞬間だった。

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