第9話
「おっと、タクヤ選手ボールを拾いに行かない! どうやら作戦を変更して空中戦に持ち込むようだ!」
カイはタクヤの機体であるコメディアンを追い、ビルを蹴ってブーストを利かせ、壁を駆け上がっている。
駆け上がるその壁は一面ガラス張りなので、蹴る際には基礎部分を蹴るのに細心の注意が必要だ。そうしなければビルに脚を突っ込んで落下は必至だからだ。
「まさか、キュータイプも空中戦ができるとはな」
コメディアンの丸い機体から、動きは鈍足であると勘違いされがちだ。
機体こそ二腕二足歩行タイプと違いスリムではないけれども、丸い機体をカバーするための長い手足と乗せているブーストパックによっては事情が変わってくる。
実際、コメディアンはカイのアグロコメットと同じくらい機敏にビルの壁面を蹴りあがっていた。
「春の成績によればタクヤ選手は空中戦もできるようね。ただそのマッチは主に負け試合、いわゆる自分よりも格上の相手との緊急時にしか使わないらしいわ。だからステータス上の回避評価は低いようね」
ナオは実況解説の吉澤に、そう説明した。
「なるほど。しかし逆に言えば、格上にも使える有用な戦術であるわけですね。そしてタクヤ選手はカイ選手を自分よりも格上と判断した。そう言えるのかもしれません」
「ふっふっふ。流石カイね。私が見込んだだけのことはあるわ」
「ナオ選手、ナオ選手。私語になっていますよ」
カイは通信でナオと吉澤のやり取りを聞いてクスッと笑いつつも、コメディアンの後を追った。
コメディアンは中々に素早い。
ビルの角まで来ると手際よくブーストをめいっぱい使い、垂直な壁面へ飛び移る。
カイも同じようにアグロコメットを操って角を曲がるが、これがなかなか難しい。
空中での直線のスピードはアグロコメットの方が速いものの、空中戦における技量はどうやらタクヤの方が一枚上手のようだ。
「このまま逃げられるのは、まずいな」
もしもこのまま距離を詰められない場合、カイにはボール保持時間の超過で損傷ペナルティーが課されてしまう。そうなれば、試合の結果も分からない。
「残り時間は……」
カイが表示されている残り時間に目をやると、後半戦は既に20分を過ぎているのが分かった。
このままボールの保持による損傷ペナルティーを受ければ、おそらく3回以上の損傷ペナルティーが与えられる。
その場合どうなるかと言えば、損傷ペナルティーは2回までなら中度ペナルティー10%まで、3回以上は重度ペナルティーが加えられる。
そうなると、3回ならば合計で40%近い損傷ダメージになる。
「時間切れを狙うのは無しだな」
選択肢はここでもまた2つあった。
1つは当たるかどうかを願いながら投球するか、もしくは攻守を交代するためにボールを遠くへ投じるか、それだけだ。
更にここでもまた、カイは前者の果敢な手段をとりにいった。
「空中戦は慣れないが!」
ちょうどビルとの間にある角へ、右回りに曲がった際、カイは行動に移した。
アグロコメットは角を曲がる時にブーストを必要以上に増幅せず、対面のビルを蹴った反動でボールを投擲したのだ。
「来たかっ!」
意表を突いたと思ったが、タクヤの勘は思ったよりも鋭い。
タクヤはすぐにボールの飛来に気付くと、ボールが自分に向かってくるのを避けるため、ブーストを強くして角を曲がったのだ。
普通なら、それでボールはビルの壁に当たり、回避できるはずだった。
「無駄だ!」
コメディアンは角を曲がり身体を隠したつもりでいたのだろう。
けれども、ボールはビルの壁面を沿う形で追いかけるように右回りしてきたのだ。
「シュート回転!?」
コメディアンはビルを曲がるために大きく迂回する必要があり、シュートによるボールの変化が追い付いてしまう。
そのボールはコメディアンを追跡するように近づき、背面のブーストパックを撃ち抜いたのだった。
「くっ! バランスと出力が!」
コメディアンは空中で平衡を失い、更にブーストパックの出力が小さくなったため、落下していく。
それでもタクヤはコメディアンを器用に動かし、無防備に地面へと叩きつけられるのを阻止し、転がるように着地したのだ。
「ハエは撃ち落とすのが1番、ってな」
カイもブーストで落下速度を落としつつ、着地する。
その間に、タクヤは自分にぶつかったボールを拾い上げていた。
ここで攻守は交代だ。
「このままやられっぱなしで終われるかよ!」
タクヤはコメディアンを、アグロコメットに向けて突進させる。
確かにこのままでは、タクヤの総合損傷率の方がはるかに多く。判定負けになってしまう。
ならば今が反抗する時だと、判断したようだ。
「来い! 返り討ちにしてやる!」
カイは逃げずに、キャッチングスタイルをとる。
先の時はコメディアンのパイルボールを受け止め、カウンターっを入れている。なので今度も技を返す自信があったのだ。
アグロコメットとコメディアンの距離は、コメディアンによってどんどん詰められ、ついに肉薄するまでとなった。
「ふんっ!」
タクヤは再びラフプレーを、しない。
何故なら、もう十分にペナルティーを付けられた為、次反則判定を受ければそのままタクティカルKOになりかねないからだ。
代わりにコメディアンは左へ、アグロコメットから見て右に回り込もうとした。
「させるか!」
カイはアグロコメットの後方にコメディアンが向かうのを阻止するべく、身体を右へと傾ける。
だが、それは些(いささ)か軽率だった。
「っ! フェイント!」
コメディアンはバスケの要領で左に傾けた身体を右へと戻す。
そしてコメディアンはなんと、丸い身体を横に回転させたのだ。
「なっ!」
コメディアンは文字通り、横回転していた。それはキュータイプの丸い機体だからこそできる荒業。ある意味ではカイには出来ない技だった。
そうしてコメディアンは回転したまま、脚でブレーキをしつつ、ボールを投擲してきたのだ。
しかもそれは横回転による慣性がのったサイドスロー、食らえば大ダメージの大技だ。
「砕けろ!」
三半規管が壊れそうな投げ技により、アグロコメットの背面をボールが襲う。
この威力は、食らえばブーストパックが破壊されるだけでは済まない。
「このっ!」
カイは咄嗟に、アグロコメットの左腕をボールに突き出す。
すると辛うじて間に合い、ボールと左腕が接触したのだ。
「ぐあっ!」
ボールが左腕に衝突したアグロコメットは左肩から左腕がもぎ取られ、その反動で錐もみするようにアグロコメットの機体が宙を舞った。
それでも地面に軟着陸したアグロコメットは左腕の破壊と着地時の衝撃だけの損傷で済んだ。
「クソッ! 右腕を狙うべきだったぜ」
本来ならば、右腕を狙う形で反対に回る方法もあった。
しかし、タクヤはつい利き腕を意識し、自分の投げやすい回転を選んでしまったのだ。
「両利きだったらまずかった。右腕を狙われていたらゲームセットだったな」
カイは冷や汗をかきつつ、アグロコメットを起こしてボールを追う。
ボールは幸運にもカイの傍を転がっており、タクヤが反応する前に身体を覆いかぶすのに成功した。
「さて、残り時間もあとわずか! 次の攻防で決着。もしくはこのままカイ選手はボールを保持して判定勝ちを狙うのか」
「判定勝ち狙いはあり得ないわね。試合の様子からも分かる通り、カイ選手はあくまでもKOを狙うはずよ」
実況解説の吉澤とナオに言われるまでもなく、カイの心は決まっていた。
これまで受けた屈辱を晴らすためにも、完全破壊による勝利を狙うつもりだ。
「次の投球でラストだ!」
カイはアグロコメットの残った右手にボールを携(たずさ)え、試合の終わりを予感した。
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