第8話
「さて休憩時間15分が経ちました。ナオ選手、後半はどのように試合が進行すると思われますか?」
廃墟のフィールドでの、カイとタクヤの試合はまもなく後半戦を迎えようとしていた。
その間にも、解説実況の吉澤は忙しく舌を回していた。
一方、隣のナオもそれに負けずと熱弁を振るっていた。
「後半はスタミナと集中力が鍵ね。エクスボットの試合は全身運動による操作が基本だから、たった15分の休憩では完全に回復しきれないわ。これはサッカーと同じね。スタミナ切れによるパフォーマンスの低下、そして何より集中力が切れやすい。この点ではプロゲーマー出身のカイ選手は不利かもしれないわね」
「なるほど、確かに通常のゲームでは全身運動がありませんからね。今は体感型VRゲームが出ているとはいえ、まだ据え置き機が主流。カイ選手の体力がどれだけあるかが注目ですね」
その点で言えば、元々シューターボールをしているタクヤの方が1枚も2枚も上手だ。
何故ならば、試合運びや身体の使い方、前半にも見せた精神的・物理的攻撃。それらはセミプロ経験があるからこそできるプレイなのだ。
「まもなく後半戦が開始、ボールの所有権はカイ選手から始まります。さて、カイ選手はどう攻撃を仕掛けるのでしょうか」
カイは再び廃墟の区切られた試合会場の中で、対角線上に向かい合ったタクヤを睨み、既に投球の構えに入っていた。
「では、後半戦開始!」
審判が高らかにそう宣言すると、後半戦が始まった。
「さて、どう出るタクヤ」
カイは投球の構えに入っているものの、タクヤが何の対応も取らないとは思わない。
逃げる、隠れる、距離を取る。そういった回避行動をとるのだろうと予測していた。
だが、それは違った。
「逃げないだと!?」
タクヤが操るコメディアンは、どっしりとしたボールを待ち構えるキャッチングスタイルで仁王立ちしていた。
「来いよルーキー! お前のへなちょこなボールくらい受けてやるよ!」
それはタクヤのフェアプレイ精神からの行動ではない。明らかにカイを挑発した態度だった。
「おっと、タクヤ選手は逃げない。これは意外ですね」
「春シーズンのデータによればタクヤ選手の拾捕(しゅうほ)率、いわゆるこぼれ球を拾う成功率が顕著に高いわ。これはタクヤ選手がボールのガードを行った後、ボールを拾う動作が巧みである証拠ね」
「つまり逃げながら転がったボールを拾うのではなく、自分に当たったボールを拾うケースが多いというワケですね」
「ええ、これはガードの成功率からもそう言えるわね」
キュータイプのエクスボットは他の機体よりも丈夫だ。だからボールをガードで弾いた後に拾うという戦略は有用なのである。
だからこそ、タクヤは奇襲や偶然によるボールの接触よりも、正面からガードに徹する戦術を選んだのだ。
「……挑発に乗れってか」
かと言って、カイはその作戦に乗る必要はない。
こちらから身を隠して奇襲を狙ったり、スピードによる3次元的な起動で隙を狙う作戦もできるのだ。
だが前半終了の状況からも分かる通り、カイは他の選択肢を選ぶ可能性は低い。何故なら、正面から行かない選択は逃げと同じだと、タクヤが行動によって示しているからだ。
「分かった。正面からその防御をこじ開けてやるよ!」
カイはタクヤの誘いに乗った。
アグロコメットを操り、近くに歩み寄る形で投球モーションに入る。
「くらえっ!」
アグロコメットの腕は特殊な作りによる遠心力を乗せて、指先の力を加えつつ、タクヤに向けてボールを放たれたのだ。
「――っ!」
コメディアンはカイのオーバースローによって飛んできたボールを、ボクシングのガードのように構えた両腕で弾こうとする。
しかしそう簡単にはいかない。両腕の間に捕らえられたボールには特殊な回転が加えられていたからだ。
「なんだ! この回転は!」
錐(きり)もみに回転するそのボールは、ジャイロ回転によってガードの隙間にねじ込まれた。
コメディアンはそれでもボールから機体を守ろうとするも、ジャイロボールはタクヤの防御をことごとく打ち破った。
ただし、それは完全な会心の一撃ではない。
「浅いか」
タクヤのガード自体は、無意味ではなかった。ボールの回転と威力はガードによって殺され、胴体と同化した頭部カメラの部分ではなく、胴体に命中したのだ。
コメディアンはその丸い機体をへこませながらも、未だに健在であった。
「ボールは!」
ボールはコメディアンの胴体に衝突した後、僅かに逸れてコメディアンの右後方に転がっていた。
それは意図したものか偶発的なのか知らないが、コメディアンのダメージの入った右足のせいもあり、右斜め後ろに受け流す格好となっていたのだ。
「わざとならいいテクニックだ。だがボールは!」
カイはボールが零れたのを確認して、アグロコメットで猛然とボールを追いかける。
それはコメディアンも同じであった。
「このボールは!」
地面をとろとろと進むボールに、コメディアンの両手とアグロコメットの右手が伸びる。
「俺のものだ!」
そしてボールがどちらの手に入ったかと言えば、それは同時だった。
ボールは再びコメディアンとアグロが互いに引っ張り合う状況になっていたのだ。
「逃げれば良いものを! 自分から不利な状況を呼び込みやがって、今度こそパイルボールをくらわせてやるよお!」
前半戦はタクヤがカイの持っていたボールにしゃぶりつき、両腕が残っているという有利を武器にボールが奪われた。
このままでは、前半戦の二の舞になってしまう。
だからカイとて方法を選んではいられなかった。
「おっと!」
カイはかなり演技力が下手なやり方で、手首の先がないアグロコメットの左腕を振るう。その腕は偶然(・・)にもコメディアンの頭部カメラ近くを殴ってしまったのだ。
「むっ! カイ選手、重度の過失として中度のペナルティー10%」
審判は今度は厳しく判定し、アグロコメットに仮想損傷によるダメージをプラスする。これでタクヤには全部で仮想損傷率35%、カイには10%が入った。
「くそったれ! 下手な手を打ちやがって!」
タクヤは舌打ちするが、カイの行動は結果的に成功した。
コメディアンに生まれた一時的な怯みにより、アグロコメットはボールの拾捕(しゅうほ)に成功したのだ。
カイはそのままアグロコメットを操り、至近での投球を試みようとした。
「させねえよ!」
タクヤはコメディアンをアグロコメットの傍に寄せる。それは接触ギリギリ、投球の幅が取れない懐に入られてしまったのだ。
「ちっ、離れろ!」
カイはブーストを吹かしながら、距離を取ろうとアグロコメットを後ろに下げる。
しかし、タクヤはこのプレーに慣れているのか、アグロコメットとコメディアンの距離が離れないようにぴったりとくっついたのだ。
「タクヤ選手、これはうまいプレーだ。カイ選手は投球モーションに入れない! だがタクヤ選手もこのまま動き続けてもじり貧だ! どうするのか!」
実況解説の吉澤が言う通り、カイはここで無理をする必要はない。
今、試合での損傷率は実際に受けた実体ダメージとペナルティーによる仮想ダメージを足した、総ダメージはタクヤの方が大きい。
つまり時間切れでも、カイの勝利になりうるのだ。
ただ問題はボールの保持時間によるペナルティーだ。時間切れまでボールの保持を続けた場合、損傷率ペナルティーがどれほどになるか、カイにも分からないのだ。
「さて、どうするか」
ここでのカイの選択肢は2つ。無理にコメディアンに向かってボールを投げるか、拾い直すためにボールを遠くに飛ばすかだ。
前者はボールのダメージが期待できず、後者はボールを拾い直せる確率が曖昧だ。だが、どちらかを選ばなければならない。
カイは一瞬悩むが、選択肢は決まっていた。
ここまでさんざんタクヤのプレーに悩まされていたのに、大した損傷も与えずに勝ったり負けたりするのは嫌なのだ。
ならば、一か八かに賭ける方がいい。
「通れ!」
カイはパイルボール、近距離でのボールダメージを狙い、オーバースローでボールを振り下ろした。
「甘いぜ!」
カイのバクチのような試みは、タクヤの術中の範囲だった。
タクヤもまたパイルボールの技を知っているため、その反撃方法も知っているからである。
コメディアンはパイルボールに適した距離よりも、更に内側で振り下ろされたボールを止めに行く。
そうするとボールは十分な勢いが付く前に、カイの手から叩き落とされたのだ。
「ペナルティー無しの妨害技か。やるな!」
カイはタクヤに直接言わないまでも、そのプレーのしぶい技を褒めた。
弾かれたボールの方はというと、ちょうどアグロコメットの後ろを転がっている最中だった。
「取らせるか!」
カイはタクヤとまたボールを競り合うのを予測して、身体を後ろに捻りながら、ヘッドスライディングの要領でボールに身体を被せに行った。。
ただし、そのアグロコメットの行動を阻止しようとするコメディアンの動きは何もなかった。
「あれ?」
カイは拍子抜けして、ボールを拾いながら立ち上がると、コメディアンの姿がない。
「どこに行った!?」
カイがアグロコメットに周囲を見渡せると、やっとコメディアンを発見した。
「上!?」
コメディアンは現在、ビルの壁を蹴り、ブーストを吹かして、空中へと舞い上がっている最中だった。
どうやらタクヤはボールを拾うのを諦め、ボールの回避に努める作戦に変更したようだ。
「逃がすか!」
カイもまた、タクヤを追い。アグロコメットの背部にあるブーストを使い、爆発的な推進力を得て、空中へと旅立ったのであった。
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