第7話

 空は晴天、今日は絶好の試合日和だった。


「両者位置につきましたね。カウントを始めます。5…4…」


 シューターボールに使われうるボールはカイのアグロコメットとタクヤのコメディアンのちょうど真ん中、約50メートル先に置かれている。


 ドッジボールの場合は自陣に放り込む形でボールを競り合うが、この戦いは1対1。だからこのようなスタートダッシュによるボールの奪取になっているようだ。


 そしてこのようなやり方だと、当然ずる賢いプレーをする選手もいるワケである。


「こっちの先行だぜ!」


 なんとタクヤはスタートの合図を待たずに、コメディアンを進行させてボールを奪いに行ったのだ。


「3…!? タクヤ選手、10%の中度ぺナルディー! 位置に戻りなさい!」


 審判は注意とぺナルティーを取りながら、タクヤを止めようとする。


 しかし動き出した3メートルの金属の塊を止める術は誰も持たない。


「ボールゲット! それじゃあ、試合開始だ!!」


 タクヤはコメディアンにボールを掴ませ、勝手に試合開始を宣言する。


「くっ。仕方ありません。試合開始です!」


 審判はそう情けなく、遅れながらも試合開始を宣言した。


「おいおい、そんなのありかよ……」


 カイはアグロコメットを始動させながら、タクヤのあまりに乱暴なプレーに舌打ちする。


「早速タクヤ選手にペナルティーが出ました。この展開、どう見ますか。ナオ選手」


 カイの耳にも届く実況は、試合の状況に合わせて会話をやり取りしていた。


「これはダメね。審判はもっと厳しくペナルティーを取るべきだと思うわ。こんな強引な試合の違反プレーを許していると、対するカイ選手のプレイ感覚を狂わせる恐れがあるわね。それはフェアと言えないわ」


「つまりタクヤ選手はボールの権利だけではなく、試合運びの心理的な効果を狙った、というワケですね」


「そうなるわね。カイ選手は相手のプレイに惑わされず、マイペースにプレイして欲しいわね」


「そうですね。では試合の方に戻って行きましょう」


 カイはアグロコメットを動かし、ボールのキャッチングスタイルを取った。


 キャッチングスタイルとはドッジボールと同じで、腰をかがめて身を低くし、投げられたボールを捕らえるのも避けるのもしやすくする方法だった。


 ただ、それは並みのプレイヤー相手の話だ。


「おらおらおら! そんな悠長(ゆうちょう)に構えていると危ないぜ!」


「――なっ!?」


 ボールを持っている有利を活かし、なんとタクヤのコメディアンは猛ダッシュでカイのアグロコメットに接近してきたのだ。


 確かにこの作戦は、相手側にボールがないため有用だ。それでもその行動はあまりにも安直すぎて、対するカイも動揺してしまった。


「くそっ!」


 カイはアグロコメットを操り、バックステップの形で距離を取る。そしてキャッチングの格好はそのまま、いつコメディアンが投球モーションに入っても対応できるように動いたのだ。


 だがコメディアンはいつまで経っても投球モーションに入らない。それどころか、更にアグロコメットへ向けて突進してきていた。


「おっと!」


 ついには、アグロコメットとコメディアンは接触した。いや、この場合はコメディアンがアグロコメットに衝突したと言った方が正しいだろう。


 そうしてコメディアンの丸く重い機体がぶつかり、アグロコメットの腹部と脚部を歪また。


「タクヤ選手! 故意の接触と判断し、20%の重度ペナルティーです!」


「またかよ。ったく、俺は真摯にプレイしてるだけだって言うのによ」


 通信越しに悪態を突くタクヤの愚痴が響く。一方、カイの方は冷静に状況判断をしようとしていた。


「今ので脚部と胴体に30%の損傷!? 損傷率にプラスされなくても、これじゃあ不利になる一方じゃないか!」


 カイのアグロコメットはこれでも損傷率は0%の計算になっている。ただし、実際のダメージはもう無視できないレベルに達していた。


 それに対して、ペナルティーによる仮想損傷率が合計で35%に達しているタクヤのコメディアンはまだ無傷でぴんぴんしているのだった。


 数字上ではカイの方が圧倒的に有利にも拘らず、物理と心理的にはタクヤの方が試合を有利に進めていた。


「これはいけませんよ! カイ選手、動きが止まっている!」


「――しまっ」


 タクヤはそんなカイの動揺に付け込み、コメディアンに投球モーションをさせた。


 距離はほぼ至近距離、これは理想的な投球距離と状況だ。


「そいやっ!」


 コメディアンはボールを投げおろすオーバースローの形で、アグロコメットに向けてボールを投じた。


 対するアグロコメットはキャッチングスタイルを解いてしまい、すぐには対応できていない。


「くっ!」


 カイはアグロコメットに左腕部突き出させ、ボールの威力を殺そうと努める。けれどもボールの威力は凄まじく、左腕の手部を完全に破壊しただけではなく、右肩にまで到達したのだった。


「左手部応答なし。右肩損傷率50%!?」


 カイは損害に驚きつつも、今度は次の対応を怠(おこた)らない。跳ね返ったボールを素早く視界にとらえると、右の片手だけで素早く回収したのだ。


「ボールはカイ選手の手に渡りました。しかしいけませんね。左手部の破壊により左腕でのスローは不可能。更に右肩へのダメージが心配されますね」


「も、問題ないわ。これくらいならカイ選手もまだまだ対応できる。試合はこれからよ」


 解説実況の吉澤とナオは、カイの焦りと裏腹にそう楽観的な態度を示していた。


「勝手に俺の心を推測しないでくれよ」


 カイはアグロコメットを操り、ボールを右わきに抱えたまま、逃げたであろうタクヤのコメディアンを探そうとした。


 ただし、その悠長さは間違いだった。


「どりゃああああああああ!」


「何っ!?」


 アグロコメットが振り返った途端、なんとコメディアンはボールにしゃぶりつく様に飛び込んできたのだ。


「普通逃げるだろう。普通!」


 コメディアンは相手への接触を一切躊躇せずに、ボールへ齧り付く。対するアグロコメットは右手と壊れた左腕部でボールを守ろうと必死だった。


 それはボールへの執念なのか、単なる暴走なのか、それでもタクヤはカイを慌てさせるのに成功していた。


「乱暴なラフプレー、粗暴な態度。だがしかし、ボールへの執念と迷いのない行動力は見張るものがあるな。これは――」


 ボールは右わきから離され、互いにボールを引っ張る状態となる。そうなると、左手のないアグロコメットの方が自然と劣勢になった。


 ついには、コメディアンはボールを奪い取り、再び接近状態での攻撃チャンスとなった。


「相手を舐めすぎたな」


 コメディアンは、今度は両手でボールを掴んだまま、目の前にいるアグロコメットに叩きつけたのであった。




「おおっと! これはタクヤ選手が得意とする両手のパイルボール! 勝負あったか!」


 実況の吉澤がそう高らかに言う中、アグロコメットは後ろに吹き飛ばされていた。


「説明しておくとパイルボールとは、片手ないし両手によるボールを保持したままの直接攻撃よ。近距離攻撃が主体となっているプレイヤーにはよく見られるプレイね」


「おや? ナオ選手、先ほどまでと打って変わって冷静な解説。如何しましたか?」


「だってあれ、成功してないもの」


「えっ!?」


 いつのまにかアグロコメットは右手にボールを掴んでいた。それは短い攻防で軍配がカイに上がった証拠であった。


「くそったれ! ボールを手放すのが早かったか!」


 パイルボールは直接ボールで殴りに行くので相手のダメージは大きい。ただそれは投げた側にも言える。


 ボールが投じた時に自信へぶつかった場合、細かいパーツからなる手部は反動に耐えきれずに破壊されてしまう。そのため、パイルボールを行う際は、原則衝突の寸前でボールを手放すのが常とう手段であった。


 カイは咄嗟のやり取りで、そのボールが手を離れる瞬間を利用し、素早く後ろに跳んだのだ。


「回避(ドッジ)からのボールのバウンドの奪取、これはシューターボール特有の性質でバウンド時の威力の半減が普通のボールよりも大きいからできる技よ。でもあの短い時間で反応しきるなんて、流石としかいいようがないわね」


 カイはアグロコメットを操り、ボールを人差し指の上で回転させ、タクヤを挑発した。


「最初は慌てて反応できなかったが、しっかり見ればわかるもんだな。コメディアンの投球モーションはナオのオクターに比べて、ずっとずっと大きくて遅い。投げ方に鋭さが足りないから、それじゃあハエにもあたらないぞ」


「へっ! ぬかしやがる。さっきは詰めの甘さで外したが、次はそうはいかないぜ!」


「そうか? そのダメージでも同じことが言えるのか?」


「何っ?」


 その途端、コメディアンはがくりと膝を崩した。


「――!? 右足に損傷だと!」


 タクヤは画面に送られたダメージ計算に驚愕しながらも、体勢を立て直した。


「す、すごい!? カイ選手、今の攻防のやり取りでパイルボールのカウンターを入れていた! しかもその反射した球を今持っている! これはスペシャルプレイだ!!!」


 実況の吉澤はスロー再生された映像に映されたアグロコメットの挙動を見て、驚いた。


 それは観客たちも同じだ。彼らはカイの驚くべきプレイに頭を抱えたり、ひたすら拍手をしたり、各々思い思いの反応でそのスペシャルプレイを讃(たた)えていたのだった。


「パイルボールは初めてだったが、見様見真似でもできるもんだな」


「は、初プレイだと!? 舐めた真似をしやがって!」


「それはお互い様だろ。タクヤ」


 カイとタクヤは通信越しに言葉を交わしながら、じりじりとその距離を保ち、数十秒間にらみ合ったまま次の行動を伺(うかが)っていた。


 ――ビーーーーーッ!


 しかしここでタイム切れ、審判のボットから大きな大音量でのブーザーが鳴り響いたのであった。


「第1ラウンド終了! 第2ラウンドは15分後、カイ選手のボール保持からスタートします。両者離れて!」


 カイは審判に言われた通りに自陣側のドッグに戻った。


 ボールを持たないタクヤは奇襲攻撃をする術もなく、仕方なしに自分側のドッグへと戻って行った。


「次はぶっ壊す! 覚悟していろ」


「そこは同意見だな。今から修理費用を見積もっておくといいぞ」


 カイとタクヤはそれぞれ捨て台詞を言い終えると、互いの通信をシャットダウンした。


 前半終了、アグロコメットの実体損傷率23%、仮想損傷率16%。コメディアンの実体損傷率11%、仮想損傷率46%。


 そして試合は後半へと続くのであった。

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