第6話
「それでは本日の非公式試合、相羽製作所所属『西郡(にしごおり)カイ』選手VS道端不動産『安生(あんじょう)タクヤ』選手とのメイクマッチ開始いたします!」
そこは先日、カイとナオが試合をした郊外の廃墟だった。
今は一般社団法人日本エクススポーツ連合、略してJExSU専属審判のアナウンスの元、カイはエクスボットを操るコクーン型のコンソールの外で準備を始めていた。
その周りでは垂れ幕のような大型モニターの前で試合を今か今かと待ち望み、ざわめいている大勢の観客たちがいた。
「調整の最終チェックはしていないが、いいのか?」
カイは操作性の向上を期待して関節部分や肩回りをテーピングで固めつつ、スズに確認を求めた。
「大丈夫っす。カイさんなら軽い挙動確認だけで心配いらないっす。後は実際に戦って見て試運転して欲しいっす」
「試運転って。これは相羽製作所の命運を賭けた大事な試合じゃないのかよ」
「その点も心配いらないっす。いざとなったらナオさんが何とかしてくれるっす」
「本当かよ。だったら俺の出る幕はないんじゃないのか?」
「それはそれ、これはこれっす。できることなら円滑に物事を進めるためにも、この試合勝って欲しいっす」
「……はあ、仕方ないな。女房役のためにも一肌脱いでやるよ」
カイはテーピングを巻き終えると、準備万端とばかりに審判へ目線を送った。
「それでは両選手、試合前の挨拶と握手をお願いします」
カイは言われた通りに進み出ると、1人の青年がこちらを向いた。
「お? お前が今日の相手か」
青年の第一印象はチンピラ、そういう言い方がぴったりな風貌と雰囲気をしていた。
髪は茶髪で、耳と唇には金色のピアスをしている。そしてその視線は喧嘩上等とばかりに尖っており、姿勢もかかんだ状態から視線を上に向け、挑発的だ。
どちらかといえば陽気ではないタイプのカイにとって、そいつは苦手な気質の青年だった。
「それではカイ選手、タクヤ選手。握手を」
審判がそう言うと、意外と素直にタクヤはポケットから右手を出し、カイとの握手を求めた。
「よろしく頼むよ。タクヤ」
カイがその握手に応じて手を握ろうとした。その時だった。
「おっと!」
タクヤが握手を受ける寸前、カイの手の平を滑らせるように手を引いた。
「――いっ!」
するとカイは掌から鋭い痛みを感じた。それは殴られたりしたような鈍痛とは違う、刃物特有の痛みだった。
「すまねえ。ポケットに入れてるのをすっかり忘れていたよ」
タクヤはわざとらしく右手を上げると、その指の間にはカッターの刃が覗いていた。
「タクヤ選手!」
「わざとじゃねえんだ。ギャーギャー騒ぐなよ。テーピングが切りにくくて入れといたのを忘れてたんだよ」
「……分かりました。今回だけはかなりおおめに見て、過失としての損傷ペナルティーは軽度で済まします。次に下手なことをすれば見過ごしませんからね!」
「おーい。勘弁してくれよ」
タクヤは大げさに悲しそうな顔をした。
「カイさん! 大丈夫っすか!?」
「大丈夫だ。ほんのひっかき傷だよ。テーピングは余ってるか。そいつで絆創膏(ばんそうこう)の代わりにする」
「わ、分かったっす」
スズはテーピングを指で切り取ると、カイに渡す。それを受け取ったカイは、手の平を引き締めるように、傷の上からテーピングを巻いた。
テーピングを巻いた結果、痛みは多少マシになった。それでも、ズキズキと小さな痛みがカイの脳に届いていた。
「すまねえな。悪気はなかったんだ」
タクヤはすまなさそうな様子もなく、気軽にカイへと話しかけた。
「悪気がないなら仕方ないな。まさかコテコテな小物特有のヒールじゃあるまいし。こんなこと恥ずかしくてとてもできやしないからな」
「――他人(ひと)が心配してやってるんだから、素直に受け取れよ。ルーキー」
カイとタクヤは殴りかからないにしても、互いの視線をバチバチとぶつけ合った。
「りょ、両者戻りなさい! すぐに試合を始めますよ!」
審判はこれ以上直接面と向かうのはトラブルの原因と考え、2人の間に割って入った。
「ああ、さっさと終わらせて俺は帰るぜ」
「そうだな。試合はすぐに終わるからな」
2人は互いに捨て台詞を吐いて、自分に割り当てられたコンソールへと潜り込んだ。
カイはコンソールに入ると、早速ヘッドギアとハーネストを着け、試合の準備を始めた。
「あの野郎。手にカッターナイフを仕込むなんて、今時のレスラーでもしないぞ……」
カイは悪態を突きつつも、傷む利き手を庇いながら準備を完了させた。
その間にも、場は間を持たせるようにアナウンスが響いていた。
「こんにちは、解説の吉澤です。今日はゲストに北見ナオ選手をお呼びしています。ナオ選手、今日はどのような試合展開になると思いますか?」
「はい、こんにちは。今日は私がスカウトした注目の選手、カイ選手の試合なのでちょっとひいき目に見てしまうわね。でも、できるだけ客観的に言うわ」
「はい、お願いします」
「カイ選手は一言で言えば、二足歩行のファイタータイプを使用するテクニカルな選手よ。多彩な変化球に加えて、冴えわたるキャッチングセンス。どちらもVRゲームのシューターボールで培(つちか)ったゲームプレイが光るわ。前回の私との試合もその2つを駆使して、もう少しで私に勝てそうだったわね」
「私も動画は拝見させていただきました。非公式戦とはいえ、凄まじい試合でしたね。そしてナオ選手とカイ選手との試合の動画は何と現在20万再生の注目試合。未見方はせひ動画をどうぞ。
さて、ナオ選手。面識はありませんが、タクヤ選手はどう思われますか?」
「はっきり言ってクソ野郎ね」
「……ナオ選手?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっとしたジョークよ。タクヤ選手のデータでは先ほどの様子と同じヒールプレイが目立つようね。ライセンス無しのセミプロ試合での成績も、ペナルティー数が断トツの1位。恥知らずとはことのことね」
カイは細かい動作チェックをしながら、ナオの所見を聞いて苦笑する。
さて、ここでのペナルティーとは先ほどのような場外乱闘ではなく、試合の内容になる。
ペナルティーとは、具体的に言えばラフプレイやボールの保持時間である。
前者は故意や過失での直接接触、後者は3分以上ボールを持っている状態を指している。
このようなペナルティー行動には、損害ペナルティーという特殊なルールが適用されていた。
それは実際受けた損害に対して、架空の損傷状況をプラスするというハンデのようなものである。
例えば、軽度のペナルティーは仮の損傷率を5%プラスする。すると、実際には無傷の0%に対して、今のタクヤの機体は5%の損傷を受けているという判定だ。
そうして損傷ペナルティーがあると、例え完全に破壊されていないとしても、損傷率が100%になる場合がある。そうなった場合、動けてもテクニカルKOという判定になるわけだ。
「そ、そうですね。タクヤ選手はちょっとラフプレイが目立つプレイヤーです。しかし公式のセミプロ試合では連戦連勝。特にKO率が高く、ガード数の多さによる堅守が目立ちますね。これは機体がキュータイプという特殊な形状をしているおかげもありますね」
このキュータイプとは、その名の通り丸い胴体を持つ機体を指している。
胴体が丸い、というとボールによる衝突の影響を最も逃がしやすい外見をしているというワケだ。これは被弾傾斜という、戦車の装甲などでも使われる計算からもそう言えた。
だからボールをぶつけられても、他の機体と比べて損傷が少ないのだ。
「では実際に両選手の機体を見て行きましょう」
アナウンスがそう言うと、大型スクリーンに送られる映像が1機のエクスボットを映し出した。
それはカイの機体だ。
「まずカイ選手の機体は『アグロコメット』という標準的な二腕二足歩行のファイタータイプです。中古のパーツを組み合わせ、相羽製作所オーダーメイドの手部を取り付けた、ややありあわせ感を思わせるセット。今回が初参戦と言うことで機体のデータはありませんね」
そこまで言うと映像は再び切り替わり、今度は別のエクスボットを映し出した。
「こちらはタクヤ選手の『コメディアン』。名前通りのひょうきんな二腕二足歩行の丸い機体と侮(あなど)ってはいけません。その頑丈な機体から繰り出されるラフプレーで餌食となったエクスボットは数知れず。今回もその挙動が注目されます」
カイのアグロコメットとタクヤのコメディアン。赤と黄色の機体は、それぞれの名前にそぐわない格好をしていた。
アグロコメットは前述のとおり二腕二足歩行のファイタータイプだ。
胴体はラグビーボールを縦にしたような楕円状の形で、赤い流線が描かれている。
そして脚部の方は、低解像度の3Dグラフィックのような角ばった、がっしりとした構造をしている。これなら、投球も安定する頑丈な作りだろう。
また腕部は、腕の根元よりも手部に向かうほど太い、特異な形状をしている。これは投球により腕にかかる遠心力を最大にするための形だ。
他にも大出量のブーストパック。そして最後にゴツゴツとした隕石のような真っ赤な頭部が、最も印象的な機体だった。
対してコメディアンは先に言った通り、二腕二足歩行のキュータイプだ。
手足は太く、長く、大きすぎる胴体をカバーできるように発達させている。
球状の胴体は、数ある戦歴を示すように僅かなへこみがあり。挑発的な文字やアートが描き込まれている点を見ると、それも威嚇の一種なのかもしれない。
その腕部脚部胴体は派手な黄色に塗られ、タトゥーのような赤や青のカラーも目立っていた。
「まずアグロコメットとカイ選手の推定ステータスを開示します。先のナオ選手との試合により修正されたバージョンは以下の通りです。
攻撃力7。守備力3。回避力7。速度6。技量8です。
これはナオ選手を苦しめた変化球の数々、そして目覚ましいまでの後半のプレイングが評価されたと言えるでしょう」
解説の吉澤は更に続けた。
「続いてはコメディアンとタクヤ選手の推定ステータスはセミプロの春シーズンに行われた試合の成績より算出されました。
攻撃力5。守備力8。回避力2。速度3。技量5です。
まず目を見張るのはその堅守。数値上ではナオ選手にも引けを取らないその防御力が見どころでしょう。技量についてはラフプレーも入れた数値になっているのでは? と解説者は推察しております。さて、両者の戦いはどうなるでしょうか!」
その両者の機体が今、試合会場の対角線に迎え撃つ形で並び立った。
「試合時間は30分2ラウンド! カウント終了後にスタートする! 両者位置について!」
審判は小さな一眼カメラの浮遊ボットで試合の様子をくまなく見て、開始の宣言を始めようとしていた。
「さあ、これが本当の初試合だ」
カイは審判の声を聞きながら全身を緊張させ、脳内分泌物によって頭が痺れるのを感じた。
もう手の痛みなど、どこかへ忘れ去ってしまい。考えているのは、いかにして相手を打倒するか。それだけであった。
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