第5話

 カイがせっせと相羽製作所に通うこと2週間、エクスボットの最後のパーツである手部は完成が近づいていた。


 エクスボットの手部は耐久性と人間同様の可動域を両立させるために関節が多く、そのためパーツの制作作業工程は多い。


 更に手先を器用に扱うための運動・感覚器官に相当する神経デバイスの構築を行う必要があり、カイは何度も洗脳装置のようなものに繋がれて同じ反復行動のテストを行った。


 だから時間と手間暇はかなりのもので、スズの熱心ぶりはカイが心配するくらいだった。


「もっと簡単に作れないのか?」


 カイはスズの負担を考えたうえで、少し失礼な質問をしてみた。


 それに対するスズの反応は、カイにもある程度予測できるものだった。


「これぞ職人芸って奴っす。手抜きは自分、許せない性質(たち)っすからね。それに一度設定のデフォルトができれば、次からのメンテナンスが楽になるっす。ここは辛抱所っすよ!」


「お、おう。だがほどほどにな」


 そうしてスズが一心不乱に機械と戦って3時間。ついにエクスボットの手部は最終試験が行えるまでになっていた。


 カイはそれまでの洗脳装置みたいな複雑なセンサ系統ではなく、ヘッドギアと操作用の腕部装置だけで動作確認を行った。


 カイは装置に繋がれたまま、肘や手首を回転させる。するとエクスボットの手部もカイの動きをトレースして同様の動きを行った。


「いい調子だ。もう完成じゃないのか?」


 カイが最後に拳を作ったり離したりしていると、スズは首を横に振った。


「手抜きは無用っす。数値上では完璧でも人間の感覚には必ず齟齬(そご)が生じるっす。素直な感想を言わないと何度もやり直しっすよ」


「……右腕の小指の第二関節と、左腕の親指の付け根に違和感を感じるな。頼めるか」


「合点承知っす!」


 カイはスズと細かいやり取りをして、次の試験でおそらく完成だという時に、相羽製作所の表が騒がしいのに気づいた。


「何だ? もめ事か?」


 カイが装置を脱ぎ、野次馬っぽく騒ぎに近づくと、怒声に近いやり取りが耳に届いた。


「断るって言ってるやろ! こう何度も何度も来られちゃ、うちも迷惑なんだよ!」


「そうは言っても社長さん。こちらも慈善事業じゃないんだ。良い返答を聞けないと帰れないんだよ」


「そっちの都合をなんでうちらが考慮しないといけないんや! そろそろサツに来てもらうで!」


「ちょいちょい待ってくれよ。これは民事の話でサツは関係ないでしょ。社長さんがうんと言えば、全て丸くいくんだよ」


「かって言うなや! ホンマに殴るで!」


 どうやら話をしているのはスズのお父ちゃんと、見慣れないスーツ姿の男だ。


 聞きかじった話の内容的には、スズのお父ちゃんがスーツの男の何らかの話を断っているようだ。


「なんだ? 仕事なら受ければいい話じゃないのか?」


 カイが疑問に思っていると、後から来たスズが答えてくれた。


「あれは不動産の人っす。話はこの製作所の土地を買い取りたいっていう話っす」


「ああ、それで大反対なのか」


 スズのお父ちゃんはお世辞にも頭が柔らかいタイプの人間には見えない。それにこの土地への愛着もあるのだろう。手放すにしても、簡単にはうんと言わないはずだ。


「それに向こうの不動産はちょっと怪しい人たちなんっす。ここら辺の地価が上がって買い時だからって、近所の人の土地を乱暴に買い取っているって噂っす。犯人は分かってないっすが、ここの製作所も変な嫌がらせを受けているっす」


「へー、土地なんて他にも余ってるのにな」


 単なる土地の話になると、安い物件は多い。


 例えばエクススポーツでエクスボットがプレイする広い土地だ。


 不動産バブルが弾けて無用となった土地、建物が散在するため。エクススポーツをプレイするために、平地へ変えてスタジアムやただの空き地にするパターンが増えている。


 その中でもシューターボールは既にある環境を利用するため、場所代に至ってはとても安くなっていた。


「二束三文の土地ならこちらも買いやしませんよ。だけど今ここを売れば、安い土地に最新設備の工場を建ててもおつりがくるんだよ。所謂(いわゆる)売り時、って奴さ」


「ダメだダメだ! ここは先祖代々の土地なんや! 売れんものは売れん。帰った帰った!」


 スズのお父ちゃんはきっぱり断ると、塩を振るような仕草で不動産屋を追い払おうとした。


 その時である。


「話は聞かせてもらったわ!」


 話が平行線になっているのを見計らったように、製作所の表から炎(ほむら)のような人影が現れたのだ


 それはカイもよく知る、と言っても最近知り合った人物だった。


「北見ナオ!?」


 カイが呟き。その場の人間が驚いていると、ナオはスズのお父ちゃんに親し気に話し始めた。


「相羽さん、久しぶり。面倒くさいことに巻き込まれているようね」


「ナオちゃんやないか!? そうよ。この迷惑な奴らに迷惑しているところなんや」


「ならいい方法があるわよ。ちょっと耳を貸して」


 ナオがごにょごにょとスズのお父ちゃんの耳に話を入れる。


 そうすると、スズのお父ちゃんはびっくりしたような顔になった。


「それでいいんか? もし負けたとしたら大変やで」


「その時はその時で私がちょっとお父さんにお願いするわよ。これは私からの提案よ。その方があとくされもなくていいじゃない」


「そりゃ勝てばそうやろな。ただお客さんを巻き込むのはうちのポリスイとしてはなあ……」


「それは問題ないわ!」


 ナオがそう言うと、遠くにいるカイの方を見て声を上げた。


「いいわよね! 西郡(にしごおり)カイ君!」


「はっ? いいけどよ。何だ?」


 カイは咄嗟の話の振りに、ついつい返事をしてしまった。


「いいらしいわ。決定ね。後は……」


 ナオは次に、ポカンとした顔の不動産屋に話しかけた。


「道端不動産の人、ここは勝負で決めるのはどう?」


「な、なんだ。その前にどうしてうちらの不動産を知っているんだ!?」


「私は情報通なの。それよりも勝負をしない。そちらがスポンサーをしているエクスボットプレイヤーと向こうのカイ君でシューターボールで勝負をするの」


 不動産屋は自分の素性を知られて驚いていたが、ナオの話に合点がいったようだ。


「シューターボールの勝ち負けで製作所の買い取り権を決めるってことだな」


「話が早くていいわね。そうよ。そちらが勝てば製作所の買い取り権はそちら、こちらが勝てばこれ以上の話は一切なし。そちらにとって悪い条件じゃないはずよ」


「そ、そうだな。ちょっと待て、社長と話をしてみる」


 不動産屋は携帯を取り出すと、何やら電話番号を選んで通話を始めた。


「ちょっと待った! 話が全く見えないが、勝手に巻き込まれてる気がするんだが!」


 カイがナオの傍に寄って話を聞く。


「ええそうよ。カイ君にはこの製作所の買い取り権を賭けて勝負をしてもらうの。シューターボールでね」


「俺は承諾してないけどな!」


「あら? さっき了解したじゃない。それに買ったエクスボットの試運転にはちょうどいいじゃなくて?」


「そもそもなんでそのことを知っているんだよ!?」


「私は情報通って言ったわよね。カイ君が中古を買いに行って、詐欺に会いそうになって、スズちゃんと知り合って、ここ2週間相羽製作所に通っていたのは調べ済みよ」


「ほぼ最初から把握してるじゃないか。お前はストーカーか!」


 カイはナオの地獄耳に呆れ果てていた。


「ナオさん、お久しぶりっす!」


「こちらこそお久しぶり。スズちゃんも元気そうね」


 カイがため息をついていると、近づいてきたスズが気さくにナオへ挨拶をした。


「……知り合いだったのか」


「互いのお父さんの伝手でね。この界隈は広いようで狭いのよ」


 ナオがそう注釈をつけると、話をスズに戻した。


「スズちゃん。エクスボットの出来は?」


「上々っす。今日中には最終調整が完了っす」


「じゃあ大丈夫ね。問題ナッシングよ!」


 ナオはカイに向けて、グッと親指を立てた。


「問題大ありだよ……。まったく」


「何なら勝負に勝てたら中古品と手部の改良費も込み込みで半値を払うわよ」


「……一考の余地ありだな。具体的にはどのくらいだ」


「このくらいよ」


 ナオはそう言うと、両手で指7つを立てた。


「7万か。大口叩いてその程度とはな」


「何言ってるの桁が一桁足りてないわよ」


「――なっ!」


 カイが思いっきりスズの顔を睨む。スズの方は「ありゃま」と、とぼけたような顔をした。


「手部の改造に手間暇かけていたら、ちょっと予算をオーバーしてしまったっす。そこは申し訳ないと思っているっす」


「あのなあ。最初に費用は80万までなら何とか用意できると言ったよな。俺は言ったよなあ!」


「まあ、いいじゃないっすか。この勝負に勝てば半値っすよ。半値」


「……ったくよお」


 カイはついに文句を言うのも疲れてしまった。


 そしてこの勝負、ナオの目論見通り、強制的にも受けなければならないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る