第4話

「久しぶりにいい買い物をしたっすね! あの店にしてはお父ちゃんの部品以外にも良い物が揃っていたっす」


 エクスボットの販売所を後にしたカイとスズは、シューターボットに使うエクスボットのパーツを買い、上々な気分になっていた。


「いい買い物って言っても、俺の金だがな。それにしてもあんなに割引してもらって大丈夫かよ。元値の三割引き以上だったぞ」


「へーきっす。見たところ中古品はかなりの数だったから、在庫処分の手伝いをしたようなものっす。これは一種の慈善活動みたいなものっす」


「慈善活動、ね。いつもこんなことを?」


「今回は特別っす。取引先の偵察に来たら注目の選手がいたから、お近づきになりたかっただけっす」


 スズのそんな不思議な言い草に、カイは首を傾(かし)げた。


「注目って、俺はシューターボットの初心者だぞ」


「何を言ってるっすか。シューターボールのVRゲーム優勝者にして、初戦を日本ランキング3位保持者の北見ナオと引き分けたのはネット界隈を騒がす実力じゃないっすか!」


「……前半は理解できるが、なんで後半の話をスズが知っているんだ?」


「ネット中継で動画が上がってたっすよ。色んなネット実況者の解説も付いているくらいっす」


 これは初耳である。そもそも動画が撮られているなど全然気が付かなかった。


「序盤は押され気味だけど、中盤からの逆境魂は皆を震わせたっす。繊細な指使いから放たれる多彩な変化球。格上の投球をものともしないキャッチングセンス。そして損傷状態から放つテクニカルなフォーム! 今思い出しても震える展開だったっす!」


「そ、そうか?」


 カイはスズに褒められてにやける。こうして面と向かって直接賞賛される経験が少ないカイにとって、それは悪い気がしなかった。


「というワケでカイさんはもうすでに将来を有望視されている選手っす。そこは間違いないっす」


「そいつはいいな。ところで、その注目選手に会って恩を売るのがスズの目的ではないんだろ?」


「お、そうっす。よく気付いたっすね」


 スズはピタッと立ち止まると、とある工場の前で大手を振った。


「ようこそ。ここが相羽製作所っす!」


 カイは駅に向かっていたつもりが、いつの間にかスズの仕事場に案内されていたらしい。


 その相羽製作所は町工場の雰囲気を多分に含む場所だった。開放された大きな入り口に、奥では多種多様な工作機械が並んでいる。


 そこでは熟練の技師が真剣な表情で細かな部品を削ったり穴を開けたりして加工している。まさに職人芸の男や女たちといった感じだ。


「帰ったか、スズ」


 その中から一段と色の濃い肌をした男性がカイとスズに近づいてきた。


「お父ちゃん! 今帰ったっす」


「ほんでどうだ? 新しい取引先の様子は」


「ちょっと危ない感じっすね。お客さんを騙したりするような店員がいたり、品物もちょっと流通元が怪しいのもあったっす。でも品ぞろえは悪くなかったっすよ」


「ほんまか。まあ、予想通りやな。そいじゃあ、発注を絞って尻すぼみに撤退するのがよさそうやな。ほんで? そちらの人は?」


 カイは自分に話を振られたので反応しようとすると、スズに話を遮(さえぎ)られた。


「フフフッ。何を隠そう、この人は自分のお得意先になる人っす。つまり自分はこの人の女房役になるっすよ!」


「にょ、女房役って! 何を言ってるんだ!?」


「今更断る気っすか! 無責任っす! せっかく助けてあげたのに!」


「それとこれとは別の話だ! 女子はもっと自分の事を大事にしろ!」


「ひどいっすね! 自分が女だから差別するっすか!? カイさんは男の方がいいんっすか!」


「そんな勘違いされるような言い方はヤメロおおお!」


 カイはスズの突拍子のない発言に驚き、慌てふためいた。


 そんな様子を、スズのお父ちゃんは笑って話を修正した。


「ハハハッ。お客さん。エンジニアの女房役って言うのは、専属になるっていう意味だよ。プロのエクゾボットプレイヤーには専属のエンジニア、つまり女房役が必要になるってわけさ」


「そ、そうなのか。脅かしやがって。それなら別に構わないぞ」


 カイは勘違いを直されると、あっさりと承諾した。


「えっ。いいんすか! ありがとうっす!」


 スズはカイの返答を聞き、歳相応の満面の笑みで喜んだ。


「おいおいお客さん。こんな小娘を女房役にしても大丈夫かい? こいつはまだ14なんだぞ」


「結構若いな。だが構わないよ。実力の方は見させてもらった」


 カイは買い付けの際、スズと店とのやり取りを見ていた。


 その様子によれば、スズは相当のやり手で知識も技術もあるのが垣間見えた。それはスズの値引きを煙に巻こうとしていた店側の対応を、脅しだけではなく理のある言葉の刃で貫いたところからもはっきりとしていた。


 スズは年上の専門分野の大人よりも頭も腕もある。それだけでほとんど初心者のカイにとっては十分すぎる女房役と判断したのだ。


「だが逆にいいのか? おれはまだプロライセンスも賞金付きの大会にも出ていない若輩ものだぞ」


「それがいいんっすよ。自分のような小娘ではプロ相手に交渉する余地はないっす。それならばプロになる前のプレイヤーに唾を付けておくのが一番のやり方っすよ」


「ほー、なるほどな。よく考えているじゃないか」


 カイがスズの計画に感心していると、スズはお父ちゃんに話しかけた。


「そこでお父ちゃんにお願いがあるっす。カイさんのエクスボットの手部を作る手助けをして欲しいっす」


「なんだあ。もう作るのかい。それで? どんなのをご所望(しょもう)何だい?」


「カイさんのプレイスタイルを見るに、手部は耐久力よりも器用さが必要っす。そうなると重要な幾つかの部品はお父ちゃんに頼みたいっす」


「何だい。自分の父親頼みかい。そんなので女房役が務まるのか?」


「そ、そこは数か月以内に間に合わせるっす。ただ今回の初仕事は万全を期するっす。手伝って欲しいっす!」


 スズは「この通り」とお父ちゃんに拝み倒すと、お父ちゃんは呆れたように頷(うなづ)いた。


「よしっ。自分の可愛い小娘のためだ。一肌脱いでやるよ」


「ありがとうっす!」


 スズは顔をパッと明るくすると、カイの方を向いた。


「この通り、残りのパーツの製造計画も完璧っす! カイさんには完成までに何度か意見を聞きたいので、ここに通ってもらってもいいっすか?」


「通い妻ならぬ通い夫か。いいぞ。それくらいなら喜んでやる手間暇だ」


「ありがとうっす! では早速図面を引くので見て行って欲しいっす!」


 スズは元気よく製作所の奥の図面室に、カイの手を引いてずんずんと進んで行った。


「慌てるなよ。俺は逃げやしないって」


 カイはスズを宥めるように話すが、その顔は期待にほころんでいる様子であった。

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