第3話
「中古の価格で50万、か」
その日、西郡(にしごおり)カイは練習に手が付かず、シューターボールの機体であるエクスボットについて調べていた。
カイはプロプレイヤーである北見ナオとの1戦以降、シューターボール以外に関心が持てず。本格的にシューターボールを始める場合のデータをネットで収集していたのだ。
「保管費用は月に5000円程度。修繕費用は5万からそれ以上。……金がかかる競技だな」
これはあくまでシューターボールの機体であるエクスボットだけの話であり、コンソールの利用やゲーム会場の場所代は含まれていない。
つまり最初の購入費用である50万円を優に超える、超燃費の悪い競技なのだ。
「そして大会の賞金額は――」
プロゲーマーであるカイは何気なく大会の賞金を見る。
そこには小さな大会でも優勝賞金額200万円と表示されていた。
「e-sportsよりも少し高いか、同じくらいだな」
ちなみに国内優勝での金額は1億円、海外では10億円以上と、こちらもプロゲーマーの賞金と同じか、それよりも高い。
これならシューターボールのプロとして生計を立てるのも、無理な話ではないのだろう。
「プロ、か」
繰り返すようだが、カイはプロライセンスを持ったプロゲーマーだ。エクススポーツもプレイするなら当然、プロの気概を持ってするつもりだ。
更に調べていくと、エクススポーツのプロは大体企業などのスポンサーと契約して維持費やメンテナンス費用を出してもらっているらしい。
「そこらへんはプロゲーマーと似たようなもんか」
一通りシューターボールを調べ終わったカイは、自分の電子マネー用のカードと調べたデータを見比べて唸った。
その悩みは買うべきか、否かの判断だった。
「先にパーツを見るだけでも悪くないか」
カイはネットの情報だけでは無理と判断し。2日ぶりに外へ出て実物を見るため、行動を開始した。
「いらっしゃい、何をお買い求めで?」
カイは電車を乗り継ぎ、10キロ先のエクスボット販売所に来ていた。
エクスボットの販売所はどことなく車のメンテナンスも行う販売店に似ており、近づくと油とゴムの臭いが鼻についた。
「実は初めての購入なんだが――」
カイは、自分は無知だとひけらかすようなリスクを承知で、正直に話した。
「初めての購入ですね! 中古ですか、新品ですか」
カイの一言で、明らかに店員の顔色が喜々としたものに変わった。
こういう場合、カイは警戒している。なにせ昔、高額で無用な機能のついたパソコンを買わされた苦い経験があるからだ。
「こちらへどうぞー」
カイが新品の置かれた表のショーケースから、裏手にひっそりとあるメンテナンス用の格納庫のような場所に案内された。
「お客様のプレイ経験はどれほどでしょうか?」
「えっ?」
店員の唐突な質問にカイは面食らいながらも、直ぐに答えた。
「えっと。シューターボールの実戦は1度だけで、ほとんどはVRゲームの経験だけなんだ」
「なるほど、左様ですか。では普段のプレイスタイルはどのようですか?」
「2脚人型のファイタータイプだな。できれば手は器用な方がいい」
「なるほど、なるほど」
店員は納得したように頷きながら、無人のクレーンアームを操作してパーツの一部をカイに見せ始めた。
「まずこちらはクロノスカンパニー製のアダマスシリーズです。強固なOSシステムであるタラリアシステムにより統括されたバランサーは円滑な二足歩行と投擲制御を可能としており、当店一番のおススメとなっています」
「へ、へー」
カイは専門用語の羅列に混乱しながらも、店員の言葉を理解しようと頭を回転させた。
「ですがアメリカの主力製品であるEF社もいいですよ。軍用エクスボットのみならず多様なジャンルの商品が揃っています。しかも噂ではダーパの技術支援を受けているらしく、最先端の技術が多分に含まれています。こちらも一考の価値ありです」
「そ、そうか。ふーん」
「他にもウラノスインダストリー社や平良目(たいらめ)重工製も揃っていますが、拝見しますか?」
「いや、もういい。とりあえずおススメを紹介してくれ」
カイはあまりにも多種多様なセールス文句に気圧(けお)され、ついには思考を放棄してしまった。
「おススメですか? ではこちらのアダマスシリーズの中古商品はどうですか? 型落ち品ながらも高い運動性能と制御システム、もちろん繊細な動きも可能です。よければ脚部、胴体、ブーストパック、頭部、腕部、手部全てのセットでのご購入をされてはどうでしょうか?」
「そいつはいいな。セット価格はやっぱり安いのか?」
「はい、もれなく300万円ぽっきりでございます」
「3、300万!?」
カイは少しめまいがした。まさか中古1台がそこまで高値だとは思わなかったからだ。
これならまだ新品の車の方が安い。あまりにも大きな買い物だ。
「300万はちょっと高いな。他はないのか?」
「もしや持ち合わせがあまりないのでしょうか? いいでしょう。ではお値打ち品を紹介します」
そうしてカイの目の前にクレーンで運ばれてきたエクスボットはとてもシンプルな白い機体だった。
「こちらはウラノスインダストリー社製のゼピュロス24です。型は古いですがまだまだ現役。しかも値段は50万円。おススメですよ」
カイは店員の紹介に胸を撫で下ろす。そのくらいの値段ならまだ手持ちがある商品だったからだ。
「それなら買えそうだな」
「いいでしょう。ではこちらの方をお買い上げしますか?」
「ああ、そうだ――」
カイが店員の誘導に準じて購入しようとした、その時だった。
「絶っっっっっ対にダメえええええええええええっす!!!」
格納庫中に響き渡るその怒声は、カイと店員の鼓膜を大いに震わせた。
「な、なんだあ!?」
「ゼピュロス24のセットを50万円なんてぼったくりもいいところっす! そんな化石みたいな商品は15万円が普通の価格っす。騙されてはダメっすよ!」
その声の正体は、10代中頃の少女だった。
一見すると男の子のような黒い短髪と黒縁のメガネ、そして青いジーンズのようなオーバーオールをしていた少女だった。
少女と分かったのはその声が鈴のように高い音質だったからだ。
日の光か、もしくは工場の光で焼けたような褐色の少女は店員に詰め寄った。
「ぼったくりとは人聞きが悪いですね。業務妨害で警察に来てもらいますよ」
「だったらこっちは景品表示法違反で消費者庁に来てもらうっす。市場価格の3倍以上の値段で買わせるのは詐欺もいいところっすよ!」
「しょ、商品の値段を決めるのはこっちの勝手ですよ。デタラメばかり言うようなら店外につまみ出しますよ!」
店員はそう言うと、乱暴に少女の肩を掴んだ。
「おい、待てよ」
店の外に連れ出されそうになった少女を庇い。その店員の手を払ったのは、カイだった。
「お、お客様。どうされましたか?」
「今の話は本当なのか?」
「いいえ、誓ってそんなことはありません。これはこの子のまったくの作り話。ちょっとエクスボットを齧(かじ)った程度の戯言(ざれごと)です。気になされませんように」
「気にするかしないかはそれこそ俺の勝手だろ。俺はもっとコイツの話を聞きたいんだ。店の外に追い出されると困るんだが」
「うっ」
カイは困ったような顔をしている店員をよそに、少女に近づいて話を聞いた。
「お前、エクスボットに詳しいのか?」
「当たり前っす。自分はエクスボットのエンジニアっす」
「どうして口を出したんだ? お前に得はないだろ?」
「それは損得勘定以前の問題っす! 自分が心血注いでいるエクスボットを馬鹿にするような売り方は、絶対に許せないっす!」
「ふーん。なるほどな」
カイは少女の言葉に唸ると、店員と少女を見比べた。
「まさかお客様はそちらの少女を信じるのですか? 最近はそうやって懐柔(かいじゅう)して粗悪品を売る詐欺が横行しているのですよ。騙されてはいけません」
「詐欺はそっちっす! 嘘だと思うなら他のエンジニアに訊けば一目瞭然っす。ただし他の店のエンジニアがいいっすよ。この店の従業員は信用ならないっす!」
カイは2人の言い分を聞いて、「ふむ」と顎の先に親指を置く。何故ならばどちらの言葉が真実なのか、カイには図りかねたからだ。
そこでカイは一計を案じた。
「じゃあ、1つ訊かせてくれ。エクスボットを組み立てる際に1番重要なのは誰の意見だと思う?」
カイのトンチのような質問にいち早く反応したのは、店員の方だった。
「それはもちろんプレイヤーであるお客様の意見でございます! やはり何といってもプレイヤーである本人がどのようにプレイするか。それが1番の重要課題です」
店員は誇らしげにそう語った。
「そっちのお前も同じ意見か?」
カイが少女に意見を求めた。
すると、少女は首を横に振って答えた。
「エクスボットの設計に最も大切なのは、何よりもエンジニアの意見っす。エクスボットのパーツの癖、特殊な挙動、それぞれの相性。それらを熟知しているのはエンジニアっす。プレイヤーはそこからプレイングのパターンを構築してエンジニアと相談していくのが、セオリーっす」
少女は自信満々に、そう話した。
もちろん、カイにはどちらの意見が正しいか皆目見当はつかない。ただ重要なのはエクスボットと、答えた本人の立ち位置を確認したのだ。
店員は自分など他人事のように回答し、一方少女は自分の問題のように熱心に話した。
ならばどちらが信用に足りるか、一目瞭然である。
「俺はこいつの言葉を信じる」
カイはそう言って、少女を指さした。
「そんな!? お客様、御考え直しください!」
店員は予想外の結果に狼狽(ろうばい)した。
「当然のことっす!」
それに代わって少女は選ばれた事実に胸を張り、水戸黄門のように名乗りを上げた。
「この相羽スズ。エクスボットについてならば若輩ながらもその道のプロっす。少なくとも仕事を偽って狼藉を働くような人間では、断じてないっすよ」
「相羽? まさかアンタ、相羽製作所の子供なのか!?」
店員はスズの苗字を聞き、敬語も忘れるくらい驚いた。
「自分は告げ口するような輩ではないっす。でも今回のような、職人(しょくにん)気質(かたぎ)に反するような話は別っす。このことはしっかりお父ちゃんに報告させてもらうっす」
「お、お待ちください。そればかりはお許しください! 相羽製作所の納入が滞(とどこお)ると店はやっていけないんです! 店長からなんと言われるか……」
店員は文字通り真っ青な顔で冷や汗をかき、平身低頭に謝罪してきた。
「すいません! 相羽様、お客様。今回は私の気の迷いでした。改めて商品を紹介させてください!」
「ダメっすね。商品選びは自分が責任もってするっす。こちらのお兄さんもその方がいいっすよね?」
カイはスズに話を振られ、「そうだな」と肯定した。
「店員さんにはその商品選びに付き合ってもらうっすよ。まさか断るなんて言わないっすよね?」
「は、はい……」
スズのあまり凄味のない視線におどおどとした店員は、観念したように同意した。
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