第2話

「これが、実物のエクスボットか」


「凄いでしょ。ロマンを感じるでしょ。早く操作したいと思わない?」


 カイが運ばれたのは郊外にある廃墟だった。そこは急速な開発競争のバブルが弾けてできあがった無用の長物たちだった。


 そんな場所に2体のロボット、エクスボットが置かれている。


 エクスボットは主に3メートルほどのロボットである。人型から多腕多脚のロボットまで種類は多く。そのほとんどは軍事用や産業用、それにスポーツで利用されていた。


 カイの目の前にあるエクスボットは、ゲーム内で愛用している機体と同じ『メテオロ』と呼ばれるものだった。


 頭部には青い爪のような装飾がされ、人間に近いスマートな機体だ。


 特徴として腕部が精巧に造られおり、人間と同じかそれ以上にボールを巧みに扱えるよう設計されている。


 脚部は人間のように飛び跳ねが可能となっているため、機敏だ。他の多脚エクスボットと比べても、それは顕著(けんちょ)になっていた。


「私の機体はこっちよ! 名前はオクター! そっちがファイタータイプに対して、ディフェンスタイプね」


 ナオが指さした方向には、ずんぐりむっくな紅い機体があった。


 頭部はシンプルな多面体であり、腕は3本ある。その3本の内、2本はボールが掴めないけれども、ガード用に強化された腕部だ。


 残りの腕1本はボールを投げるため、2つの関節を有する繊細(せんさい)な作りをしていた。


 また脚部は4本あり、蜘蛛のように足をまげて身体を支えている。


 これでは素早く動けないものの。その反面、ボールを投げる際のふんばりは強く、投擲の強さを増加させている。


 簡単に言えば、腕が多いほど手数が増え、重量が重くなり。脚が多ければスピードが落ちるけれども、ボールの威力は増すのだ。


 このように多腕多脚をディフェンスタイプ、人に近い体型をファイタータイプとその界隈では呼んでいる。


「ちなみにお互いの推定ステータスはこちらとなっています」


 カイが感心しながら2体の機体を見ていると、ナオに仕えている老紳士がタブレットを見せてきた。


 そこには、こう書かれていた。


『メテオロ、搭乗者・西郡(にしごおり)カイ


 攻撃力5。守備力2。回避力5。速度5。技量5』


「これは?」


「カイ様と搭乗機体を推定によって総合評価した数値でございます。


 攻撃力はボール投球による破壊力と命中率の総合力。守備力は捕球とガードの総合力。回避力はどれだけボールを避けられるかの総合力。速度はそのままの意味です。技量はボールを扱うテクニックでございます。ちなみにこれは10段評価でございます」


「へー、それじゃあナオのステータス評価もあるのか?」


「はい、春シーズンの評価によるステータスはこちらです」


 カイがタブレットに再び視線を戻すと、こう映されていた。


『オクター、搭乗者・北見ナオ


 攻撃力8。守備力8。回避力2。速度3。技量5』


 ナオの評価は回避力と速度と技量はカイと似たようなものだが、攻撃力と守備力がやたら高い。


 この数値だと、カイは圧倒的不利なのは間違いなかった。


 ただ慰めなのか、あくまでもこれは想定の数値。実数はカイの腕前次第なのだ。


「機体と数字を眺めるのもいいけど、早速始めるわよ。試合は20分のエキシビジョンマッチ、時間切れの場合は損傷率で勝敗を決するわよ」


「早速って、ここで始めるのか!?」


「そうよ。コンソールはこっちよ」


 ナオに言われるまま案内されると、そこにはシェルターのような黒い台形の塊があった。


 これがいわゆる操縦席(コンソール)だ。その点はゲームの方とも同じだ。


「乗る前に訊かせてくれ、なんで俺にシューターボールをするように勧めてくるんだ?」


「……本当はもっと後に言うつもりだったけど、いいわ。教えてあげる」


 ナオはそう言うと、カイに応えた。


「私はプロのエクススポーツプレイヤーだって言うのは聞いたわね。そんな私が今年、賞金ランキング1位になるか総合シーズン優勝しなければプロを辞めるしかないの。夏の大会はその条件の1つ、賞金ランキング1位になるために必要なの。分かった?」


「車に乗る前に言ってた夏の大会がそれに必要なのか? そもそも何でそんな条件が必要なんだよ。別に好きならプロを続けてもいいだろ?」


「それは――。もし君が私の試験に合格した時に話すわ。それまではお預けよ!」


 カイはナオにコンソールへ押し込まれるとそれ以上話はできず、仕方なく準備を始めた。


 準備と言っても、カイがハーネストと言われる立体機動型の操縦席に乗り、脳波操作のヘッドギアを装着すれば、準備は完成だ。


「こちらも準備できたわよ!」


 全方向型の画面がエクスボットのメテオロとリンクしたかと思うと、大音量の通信が入った。


 それはやはり、ナオだった。


「ボールはそっちの先行にしてあげる。街の中に入って3分後にスタートよ」


「わ、分かったよ」


 カイは言われるまま、メテオロを操る。そして街を黄色いネットで大きく囲む中へと、ナオのエクスボットであるオクターと共に入った。


 中に入った後は自由に行動だ。ナオのオクターは地の利を活かすためか、だいぶ離れたビルの屋上に陣取った。


「仕方ない。覚悟を決めるか」


 カイはいつものゲームと向かう時のように集中し、手を握っては離して、3分後のスタートを待つのであった。




 大きさは直径50センチメートルある球状のボールをラグビーのように小脇で抱え、カイの操るメテオロは大通りを駆けた。


「まずは」


 カイは頭の中で、自分がプレイしたシューターボールをエミュレートする。


 シューターボールの基本は攻撃全てをボールで行い、防御はキャッチングとガードと回避(ドッジ)で行う。


 今はカイがボールを持っているので、攻撃側だ。このボールを如何に効果的にナオのオクターにぶつけるかが勝利の鍵となる。


 カイの常とう手段は、超至近距離からの剛速球だ。これが最も避けにくく効果的でダメージが大きい。上手くいけば相手はキャッチングやガードどころか、回避もできない。


 しかし実際はそうも簡単にいかない。事実、ナオのオクターはカイのメテオロと違って前後左右がなく、どちらからでも対応ができる構造となっていた。


 それにビルの屋上に陣取っているため、カイのメテオロがどこから上がってくるのか一目瞭然なのだ。


「奇襲は無理だが……」


 カイはメテオロの驚異的な身体能力とブーストを駆使して、ビルを駆け上がる。


 そして、カイのメテオロはナオのオクターと相まみえた。


「来たわね。奇襲は無理よ。どう攻める?」


「ファイタータイプの基本は機動力と攻撃力だろ。なら――」


 カイのメテオロはビルの屋上を、走る。


 メテオロはオクターの周りを区切るように直角に、四方を囲む形で走り回ったのだ。


「これなら正面を向け続けられないわね。だけどベターすぎる作戦よ」


 オクターはメテオロの攻撃を待たず、ブーストで包囲の脱出を図った。


 しかし、それは逆にチャンスだ。


「そこ!」


 カイはメテオロを操り、オクターの隙である下半身部分にボールを投げつけようとした。


 だが、カイの最初の攻撃は上手くいかなかった。


「何っ!?」


 タイミングはバッチシ、けれどもフォームはバラバラだった。


 それはリアルと仮想空間との違いだ。空気の抵抗、僅かなラグ、機体の軋み、その他多くの現実的な要素がメテオロの投球を妨害したのだ。


 まるっきり力の入っていないボールは、オクターの脚部装甲に少し傷をつけただけで落ちていった。


 更に不味いのはこぼれ球のキャッチングである。すぐに動かなければ相手よりも早く取れないのに対して、自分の投球の下手さに驚いたカイは動かずにいたのだ。


「もらい!」


 通信越しに、陽気な声でナオが喜ぶ。


 今度は空中でボールを奪ったナオのターンだ。


 ナオのオクターはビルの屋上に降り立つと、4本の脚でがっしりと構えた。


 そして投球用のアームを人間の投球フォームと同じように持ち上げると、カイのメテオロへ向けて振り下ろしたのだ。


「まずっ――」


 カイは実際にドッジボールをやっている感覚に陥(おちい)り、本能的に後ろを向いて逃げてしまった。


 それが増々悪い。後ろを向いてはボールをしっかりと視れず、どちらに動けば回避できるか、キャッチングできるかが分からないのだ。


 これではされるがままだ。


 そんな間にも、オクターの剛速球は暴風を伴ってメテオロに接近してくる。


 カイはメテオロを何とか操り、身体を捻って回避に努めた。


 ただし、その願いはかなわない。ボールはメテオロの右足に直撃してしまった。


「――っ!」


 痛みはないが、右足への打撃はカイにも伝わる。


 現実にボールを受けたメテオロの右足は、完全破壊を免れたが大きく破損してしまっていた。


 更にダメージ的に詳しく言えば、脚部は80パーセント近くの損傷を受けていたのだ。


「くそっ、これじゃあ……」


 ボールはメテオロ側に拾われるも、事態は深刻だ。


 ダメージだけではなく、右足は投球において重要な軸足である。8割近い破壊を受けてしまっては、メテオロ特有の剛速球は望むべくもない。


 それは投球の体重移動によって自壊してしまうからだ。


「案外早い幕引きね。もっと楽しませてくれると思ったのに。でも仕方ないわね。アマチュアの初戦がプロなのはやりすぎたわ」


 ナオはもう勝った気でいる。ただナオの言うように、カイはシューターボールの初心者だ。


 だから負けても仕方ない。


 そんなクソみたいな理由、カイは納得できるワケがなかった。


「舐めるなよ」


「ん?」


「俺だってプロだ。プロゲーマーだ。どんな初戦でも、どんな相手でも最高のパフォーマンスを出せる。それがアマチュアだって? 舐め腐ったこと口走ってるんじゃないぞ! 火だるま女!」


「なっ……ひどいこと言うわね」


「これはハンデだ。いいな。試合再開だ!」


 カイはそう宣言すると、ボールを振りかぶった。


「ちょっと、無理したら脚が折れるわよ。そんなのじゃあ――」


 カイは先ほど右手で投げたのとは違い、左手(・・)でボールを構えていた。


「まさかの両利き!?」


 ナオは驚きながらも、しっかりとガード用の2本の腕で重要な頭部をカバーする。


 対するカイはボールをナオのオクターに向けて、投げなかった。


「あら?」


 ナオはいつまで待ってもボールが来ないのにやっと気づいた。


 その間、カイがやっていたのはボールとの戯(たわむ)れであった。


「手首のスナップ、指のタッチ、肘の回転、肩の力点」


「あ、遊んでるんじゃないわよ!」


「俺だって遊んでるワケじゃない。感覚を思い出してるんだよ」


 カイはボールを持たない防御側に攻撃手段がないのをいいことに、練習をしていたのだ。


 スポーツとしてのシューターボール初心者であるカイは、そうでもないとゲームの感覚をリアルにインプットできない。これはままごとではないのだ。


「手首のスナップ、指のタッチ、肘の回転、肩の力点」


「分かってる? 3分以上保持し続けた場合はペナルティ有りなのよ」


 ナオの言うこのペナルティとは、計測されている損傷率に追加を加えるルールだ。


 例えば試合の遅延行為、そして故意の接触行為によって増えるペナルティは、時間切れにおける不利や損傷率を超過するテクニカルなKOの可能性も秘めていた。


「分かっている。だから時間ギリギリまでやらしてもらう」


 カイはナオの注意など意に介せず、ひたすらボールのキャッチ&リリースを反復していた。


 ただこの遅延行為はナオを激怒させた。


「一応言っとくわよ! シューターボールでは強くぶつからない限りボールの奪取も可能なのよ!」


 ナオはそう言うと、オクターをカイのメテオロに向かわせた。


「もうすこし、もうすこしだ」


 それでもカイはメテオロでボールと接するのを止めなかった。


「もらった!」


 カイがボールを遊ばせている中。ナオのオクターのアームが、メテオロの持っているボールを弾いた。


 その時である。


「インプット完了!」


 空中でボールが浮遊する中、いち早く拾ったのはオクターではなくカイのメテオロだった。


 片足だけで器用に強く跳躍すると、オクターから距離を取りつつボールを両手で囲い、着地したのだ。


「しまった!」


 オクターはボールを拾うために跳んだせいで、着地時の硬直により上手く動けない。それに対してメテオロの着地の衝撃は軽かった。


 これも二足歩行と多脚歩行の、恩恵の違いだ。


「一球入魂!」


 メテオロは大きく振りかぶり、左手でボールを投じた。


 しかし、そのボールの方向はオクターの方ではなく、明後日の方向ではないか。


「……はは。脅かすんじゃないわよ。やっぱり君はアマチュア」


 ナオがそこまで言おうとした時、ボールは強い回転を伴って戻ってきたのだ。


「カ、カーブ!?」


 ナオは咄嗟(とっさ)にオクターを操り、ガード用のアームを割り込ませようとする。


 その甲斐あってか、ボールは僅かにアームで逸らされ、真正面にぶつかったのは脚部の方だった。


「っちい! 脚部を1本やられるなんて油断しすぎよ、私!」


 ナオのオクターはバランスを崩すも、残りの3本の脚がちぎれた1本の脚の代わりを務めた。


「やり返したぜ! 此畜生(こんちくしょう)!」


「やるじゃない! 楽しくなってきたわ!」


 ナオはほとんど尻込みもせず、ボールを拾う。そこから素早く投球モーションに入った。


「この距離なら!」


 オクターはどっしり構えるのではなく、メテオロに大接近しながらボールを振り下ろした。


 これなら距離を縮められるし、ボールの威力も増す。片足の機動力を失ったメテオロに必中させるには、十分すぎる対策だった。


「受け止める!」


 メテオロは避けはせず、両手で前に構えてボールを待ち受けた。


 ボールは勢いよく回りながらメテオロの両手をすり抜けて、胴体に炸裂した。それに堪(たま)らず、メテオロはビルの端から端まで吹っ飛ばされたのだ。


 ナオはメテオロの惨状をカメラ越しに見て、勝ち誇った。


「ハハハハッ! 今度こそ私の勝ち。この勝負は私の白星で」


 しかしそれは、些(いささ)か早いおごりだった。


「おいっ。俺は、まだ動けるぞ!」


「!?」


 メテオロはビルの端まで滑り込んだにも関わらず、無事だった。


 ただ右腕は完全に破壊され、右足も潰れている。まさに辛(かろ)うじて動ける状態だった。


「腕1本、脚1本でもまだ動ける。こいつはロボットで、これはゲームだ。ゲームなら、俺は易々(やすやす)と負けられない!」


 カイは半身しか残っていないメテオロに無理をさせ、ボールを左手で握りなおした。


「後ろに跳んで、しかも右手を犠牲にして受け止めるなんて! ビギナーができる技じゃないわ!」


「ビギナー上等! アマチュア上等! だが俺はプロの心まで忘れちゃいない!」


 カイはメテオロの残った左足が軋むほど限界まで引き絞り、残った左腕に最後のエネルギーを託した。


「これが最後の1投だ!」


 メテオロは全身をバネにしてボールを振り回し、ボールを投じたのだった。


 そのボールの勢いはとても身体が半分になった機体が出せるとは思えないスピードであった。


「よけ――間に合わ」


 ナオは瞬く間に飛来したボールをアームのガードで受け止める。これならボールのダメージを半減させられると判断したからだ。


 だが予見できなかったのは、ボールの回転だ。


「ガードが、外れる!?」


 ボールは螺旋(らせん)を描いて回転している。ちょうどガードしているアームとアームの隙間に球体をねじ込むような動きだ。


 ジャイロ回転、それが最後の投擲(とうてき)に懸けたカイの秘策だった。


 ジャイロ回転のボールはそのままガードを貫き、隠されていたオクターの頭部カメラに到達した。


「――っ!」


 ナオは咄嗟にオクターの首を捻り、そのおかげで頭部は、半分を残して破壊を免れたのだった。


「……やるじゃないか」


「……そっちこそ」


 2人はほぼ破壊されながらも、闘志は収まっていない。ボールは遥か彼方に行ってしまったけれども、拾いに向かおうと互いに動き出した時だった。


「そこまででございます」


 そう2人の耳にアナウンスが届いたのであった。


「エキシビジョンマッチ、20分の制限時間になりました。2人ともコンソールから出てきてください」


「ちょっと! アダムスミス! 普通の試合は30分のはずよ!」


「先ほど言った通り。これはエキシビジョンマッチだと、お嬢様自身が言った事です。異存はないはずですよ」


「ぐっ……。でもいいわ。試合の目的は達したわけだし、今日の所は大人しくしてあげる」


 制限時間などというのに全く懸念していなかったカイは、ぼかんとやり取りを聞いていた。


「カイ様。ご苦労様です。お嬢様の相手をしていただき感謝の極みでございます」


「あっ、いえ」


「しばらくの休憩の後、お車で家まで送りましょう。どうぞコンソールからお出になってください」


「わ、分かりました」


 その後、後始末はナオの家来らしき人たちが行っているのを、カイは横目で見ていた。


 時間制限のダメージ判定も、五分五分ということで引き分け。カイはともかく、ナオはその結果に大変(たいへん)憤慨(ふんがい)していた。


 カイはナオと別れを告げ、紳士服の初老の男性に引き連れられ、来た時と同じ車で自宅のマンションに送り届けられた。


 そうして、今に至る。


 カイは仕事の練習であるゲームにも、それ以外にも手が付かず、部屋でボーっと天井を見て過ごしていた。


 そこにあるのは僅かなシミがある天井と、あの時のシューターボールの熱と鼓動だ。


 カイは身体の熱さに呆然としたまま、呟いた。


「またやってみたい、な」

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