告白から始まる壊しあいロボットドッジボール
砂鳥 二彦
第1話
「付き合いなさい! 西郡カイ君!」
西郡(にしごおり)カイはスポーツ、その中でもeスポーツにはまっている人間だった。
カイは現在19歳で既にプロライセンスを習得しており、様々なゲームに挑戦していた。それはMOBA系、FPSやTPSなどのシューティング系、RTS系、音ゲーなどなど、考えられるタイプのゲームのほとんどを経験するまでとなっていた。
特にシューターゲームがカイの得意分野だ。最近は実寸大のロボットのシューター系スポーツを扱ったVRゲームもコンソール付きでプレイしていた。
ただ、それがあの間違い。そして出会いのキッカケになるとは、まず思わなかった。
「もう一度言うわよ。付き合いなさい! 西郡カイ君!」
手入れも散髪もしていないボサボサの髪を掻きながら、中肉中背のカイは玄関の呼び出しに応答して扉を開けた。
何の変哲もないマンション、その通路に立っていたのは火柱のような印象を与える女性だった。
女性の髪は美しくも激しいという感情を喚起(かんき)させる、炎のような赤毛をしていた。
顔は強気なツリ目で、鼻はスンッと高いので欧米の血が入っているのかもしれない。
唇は薄くも真っ赤な口紅に彩(いろど)られ、二ッと笑った歯は眩しい。赤いシャツは髪の色にも負けない濃さで、その豊満な肢体をくっきりと映し出していた。
ただ服装はそのシャツとラフなミリタリーズボンとブーツで、男らしいとさえ思えるくらいだった。
「突然に、どこの誰だよ」
カイは第一印象に驚きつつも、落ち着いて対応する。
いくら相手が美しいと言えども、見も知らぬ他人を受け入れるほど、カイは情熱的でもなければ懐が広いワケでもなかったのだ。
「私は北見ナオ! 日本賞金ランキング3位の、プロエクススポーツプレイヤーよ」
「エクススポーツ……。ああ、あれか」
カイはエクススポーツと聞いて思い出す。エクススポーツとはエクスボットと呼ばれるロボットを使ったスポーツだ。
過去の黎明期(れいめいき)はエクスボットの値段の高さから敬遠されがちだったそれも、時代は推移して今の状況は変わっている。
技術の発展により元々の機体の値段が下がっただけではなく。軍の払い下げや富豪のお古を安く利用して、様々なスポーツが楽しまれるようになったのだ。
「で? そのエクススポーツプレイヤーが何の用だ? 朝早くなんだから俺は寝なおすぞ」
「ダメよ。ダメダメ。君はこれから私に付き合ってもらうわよ!」
「私に、か」
カイは内心勘違いしていないかドキドキしていたが、やはり交際のほうではなかったらしい。
「そもそもエクススポーツは色々あるだろう。エクスベースボールとかエクスサッカーとか。アンタは何のプレイヤーなんだ?」
「よくぞ聞いてくれたわ! 私はシューターボールのプレイヤーよ」
「シューターボールって、VRゲームにもなってるあのロボットのドッジボールかよ。エクススポーツの中でもだいぶ最近の奴じゃないか」
「そうよ! プレイ総人口およそ10万人! 近年できたばかりの人気スポーツよ」
「そのプロプレイヤーね。同じプロとして尊敬するよ。それじゃ、詳しい話はまた後にしてくれ」
カイは眠気さのあまり、ナオを無視して扉を閉めようとする。
しかしその退避はナオの両手によって扉を掴まれ、塞がれてしまった。
「君だってシューターボールのプレイヤーでしょ! もっと話に乗り気になってよ!」
「うるさいなあ! おれはそのスポーツのVRゲーム化されたものをプレイしたに過ぎないんだよ!」
カイの言うように、プレイした経験があるといってもシューターボールのVRゲームの話だ。
何故実物ではなくVRゲームの方かと言えば、それはそもそも高いロボットの機体を現実に用意するよりも仮想空間でシュミレーションするほうが格段に安いからだ。
「大体エクススポーツは無駄が多いんだよ! でかい機体のせいで価格だけじゃなく場所代だってかかる。動けば観客にとって危険だし、機体だって壊れる可能性もある。全部バーチャルの世界でやればいいだろ」
「き、君はエクススポーツを根底から全否定するわね。でも考えてみなさい。シューティングゲームとサバイバルゲームもリアルとバーチャルじゃ全然違うでしょ! 同じ理由よ」
「そうかもしれないけどよ。シューターボールはエクススポーツの中でも最も機体が壊れやすいスポーツだろ?」
そうである。シューターボールの勝利は、相手の機体を破壊してノックアウトするのが条件のため、自然と損傷リスクが高い。
だからカイの話すように、シューターボールは費用がかさむスポーツなのだ。
「だからいいのよ! ぶつかり合う視線、狙いあう緊張感、ボールで射抜かれる頭部カメラ! これだからシューターボールは面白いのよ」
「それならエクスボットで銃撃しあう方が面白そうだけどな」
「できたらしてるわよ! 三日紛争について知らないとは言わせないわよ!」
三日紛争、それはエクスボットによるテロ行為だ。
それまでエクスボットを銃器で戦わせるスポーツはあった。しかしこの事件で5000人近い死傷者が出たため、多くの国がエクスボットの銃を規制してしまったのだ。
その結果、エクスボットという巨大ロボットはシューティングゲームができなくなった。それでも人間と言うのは何とか抜け道を探し、発想を駆使して願望をかなえる生き物である。
長い試行錯誤の末、生まれたのがシューターボールというドッジボールを起源とした、弾ならぬ球のぶつけ合いなのだ。
「ドッジボールから外野と内野の概念を消し、フィールドを街などに変えた1対1から多対多のスポーツ! これには多くのシューティングプレイヤーが食いついたわ。それ以外の層にもね」
ナオはセールスをするように魅力を語った。
「ルールは簡単! 限られたエリア内でボールをぶつけ合い、相手を破壊する。接触はボールの投擲以外原則禁止! 縦横無尽(じゅうおうむじん)に機体とボールが駆け回る夢のスポーツよ!」
「そうかい。ゲームでプレイしたことしかない俺には、そのロマンはわかりかねるね」
「そう、それよ。私がここに来た理由は、ゲーム化したシューターボールの国内公式大会1位のプレイヤーである君に会うためよ!」
ナオに言われて、カイは思い出す。確かにプロとして先日、国内大会を優勝していたのだ。
ただそれは他のeスポーツ大会よりもずっとずっと小規模で、カイ自身もすっかり忘れていたのだ。
「あー、なるほどな。で、会ってどうするつもりなんだ?」
「そんなの決まっているわよ。レッツプレイよ!」
ナオはにこやかに笑って指を鳴らす。すると、横から執事らしき白髪の老人と屈強な男が現れた。
「さ、運びなさい」
「ハッ」
屈強な男の方がカイの首根っこを掴むと、どこかに運び出す。もちろんカイは抵抗するも、足がつかない以上何もできなかった。
「な、何をするんだ! 俺はまだ眠るんだああああああ!」
「拒否権なんてないわよ! 君にはこのシューターボールをリアルに体験してもらうわ。そして試合の中でその強さが示された時、私と一緒にシューターボールの夏の大会に出てもらうんだから!」
ナオが目的を告げ、カイが叫ぶ中。2人はマンションの前に停められていた黒塗りの車に乗り、衆目に晒されつつも運ばれて行ってしまった。
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