第33話 討論会の記憶がある
これで準備は整った。
第3学習室で周りを見渡し全ての光景を記憶する。
作戦会議で白鳥さんから得た情報を元に僕は室内を調査していたのだ。
『大沢と浩一は第3学習室で授業を受けている』
まさかそんなところに奴らがいたなんて。
有名進学校であるこの学校では、受験生用の3年生が使う第1学習室と、全生徒が使用できる昼休み及び放課後に解放される第2学習室がある。
そして第3学習室とは赤点補習授業などを行う際に使われる普段は開放されていないエリアなのだ。
浩一は補習を受けた時に、ここで大沢と出会ったのだろう。
常に第3学習室で授業を受けていた大沢は登校時間も授業開始時間もみんなよりも1時間早く、帰りもみんなが授業中なので顔を合わせずに登下校をしているようだ。
朝が弱かったはずの浩一がチアガールとともに早朝から演説をしていたのも、きっと普段から早く登校し勉強していたからあんな時間にパフォーマンスを行えたに違いない。
そもそもなぜ生徒会選挙に立候補出来たのか?たった二人で前回の全国学力模試を第3学習室で受けてそれなりの実績を残したのかもしれないけどきっとそれは……
いろいろな考えをめぐらし僕は大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。
今日の午後には全校生徒の前で最後の演説と討論会が行われ、それが終わるとそのままスマホで投票といった形になっていた。
* * * *
いよいよ運命の時がやって来た。
僕と浩一が体育館の舞台袖で久しぶりに顔を合わせていた。
「随分と自信たっぷりみたいだね」
「ああ。俺には大沢がついているからな。この間の屈辱も含めて借りは返させてもらう」
この期に及んでまだそんな台詞を吐くのか。
僕はクラス会で勝負に勝って『クズ』といつでも言えるけど、常識的に考えてやめている。
お前の屈辱なんて僕やナツ姉や千花やあかりが受けた苦痛に比べたら……
「僕は事故当時の記憶だけは戻ってるんだよ。そして彼女たちに事情も聞いた。みんなに謝罪する気は今でもないのかな?」
驚愕の表情を浮かべた浩一だったけど、その表情はすぐに歪んだものへと変化していく。
「それがどうした?俺にはもう関係ない、謝るなんてするわけがないだろ」
……地獄へ落ちて出直してこい。
生徒会長へ立候補した僕達が演説を終えて、討論会の準備が進んでいく。
浩一の演説は素晴らしく完成されたものだった。
元々スポーツ万能で顔もイケメンの浩一に足りなかったもの、それは知性だった。
今回の演説では論理的にかつ効率的にまとめられ、とてもあのクズとは思えない変身ぶりだ。
……大沢の人間が書いた原稿を、演技指導までされて熱弁したのだろう。
どんなに優秀な人間が周りにいても、原稿を暗記できないあたりがアイツらしくて笑える。
「それでは討論会を開始します。これが終わった後に投票となりますので、生徒の皆様はご準備のうえよろしくお願いします」
司会者からスタートの声がかかると同時に浩一がいきなり仕掛けてきた。
「氷河くんにはスキャンダルや複数の女性と仲良くされ、高校生にあるまじき行為の噂が囁かれており生徒会長にふさわしくないとの声が上がっていますがその辺りはどうお考えですか?」
……もともとお前が流したスキャンダルだろ。
また原稿を読んでいるのか?よくもまあ平然と言えるものだ。
「最初にお話させていただきます。皆様もご存じかと思いますが現在も僕は記憶喪失でその当時の記憶や行動が分からない為、事前に学校側に了承を得て説明の補足を出来る友人を招いています。小松さん、白石さんよろしくお願いします」
浩一の額に一筋の汗が流れるのを僕は記憶した。
なにを焦ってるんだ?被害者のふたりにも参加してもらうのは当然だろ。
「まずは当人の僕からお答えします。プライベートの事であって生徒会とあまり関係のない話なので手短にお答えしますが、いま壇上に上がってもらったふたりは僕の大事な友人であり、やましいことは一切していません。世間を騒がせたスキャンダルにしても、僕は小説家らしくその日は締め切り直前で徹夜で原稿を書いていたと関係者の方から報告を受けています。むしろ誰がこんなでたらめな事を言い出したのか、現在出版関係者も調べているそうです」
今まで生で語ることのなかった話に生徒や教師までもが静かに耳を傾けていた。
「小松千花です。わたしはメモリー……氷河目守くんとは幼馴染で仲良くするのは当然です。メモリーは誰にでも優しいので誤解され易いだけです」
「白石あかりです。先輩は学力テストで掲示板に載るのが目標だったわたしに、メリットは一切ないのに親身になって教えてくれました」
ふたりが話すたびにビクビクしてないか?
「このふたりは最近まで誰かに脅されていたようですが、証拠がないのでここで今回お話しできませんが危険を承知で証言してくれました。僕にはもったいないくらいの仲間です。ふたりの潔白のためにもこれ以上不謹慎な事は言って欲しくはありません」
僕の言葉に会場がざわついている。
証拠はないから安心しろ。でも顔が青くなってないか?
「それでもたくさんの痛烈なコメントが氷河陣営のSNSに書き込まれていますよね?皆さんにもご覧になっていただきましょう」
浩一が僕の開設したSNSをプロジェクターを使い会場に映し出す。
そこには捏造され、事実とはかけ離れたコメントがたくさん投稿されている。
今度は千花と小悪魔の顔が恐怖で引きつりだしていた。
大丈夫心配するな。
やっちまったな……浩一
「これが僕達のSNSですか?誤解があるようなので白鳥さんお願いします」
最初から予想していた事態になったので、この為にスタンバイしていた白鳥さんにお願いする。
「はい。私たち氷河&白鳥共同陣営のサイトをご覧ください。このようにたくさんの励ましや温かい応援コメントをいただいています。批判のコメントなど一切ございませんわ」
判りやすいくらいに動揺している浩一が震える声を絞り出す。
「こっちのサイトで批判殺到されてるだろ!偽サイトでごまかすなよ!」
「最初から僕らのサイトはこれだけです。ログインするには事前登録しないと見ることが出来ないようになっています。そちらのサイトは学校全体の生徒会選挙サイトですよね?悪口しか書いてないように見えますが、吉田くんが書いたりしていませんか?」
僕の挑発に分かりやすく反応する。
「学校全体生徒会選挙サイトだとー?俺はたしかにお前の……SNSなんて誰が書いたか分かるわけねーだろ」
頭の悪いお前に分かる訳がないだろ。
僕が開設したサイトは別に僕だけを応援するものではなかったんだよ。
それなのにお前はひたすら誹謗中傷だけを投稿し続けた。
そんなサイトを好むのは一部の生徒だけだ。
ほとんどの生徒はすでにサイトから離れていった。
そこで白鳥陣営が僕と共同運営する応援サイトの存在を水面下で案内していたのさ。
僕はそのサイトで全ての生徒の要望や改善してほしい事を根気よく聞いていたんだよ。
普通ならそんなにたくさんの人数相手に要望を聞いても、細かく覚えている事は出来ないだろう。
だけど僕には能力がある。
何度もログインしてきた生徒に聞かれても、瞬時に応えて対応した事で信頼を得てきたんだ。
自分の訴えを忘れずにしっかり覚えていてくれる。
それがどんなに大事か、自分が一番のお前にはきっと一生分からない。
「そうですね。通常は誰がなんて特定できませんが今回は分かるんですよ。それも僕のスキャンダル疑惑のSNSのおかげで。あのSNSでは僕と小松さんと吉田くんの3人の写真が投稿されていました。あの写真は僕ら3人しか持っておらず、僕も小松さんも誰にも送ったことも見せたこともありません。もしかして吉田くんが投稿したんじゃありませんか?」
「メモリーの顔を世の中に情報提供してあげただけだ」
はい、いただきました。
「写真を投稿したのを認めましたね」
「だからどうしたんだよ」
言葉遣いからも明らかに苛立ちが感じられる。
頭に来てるのはこっちなんだよ。
「IPアドレスって聞いたことありますか?今回全体の選挙サイトに投稿されたIPアドレスと写真が投稿されたIPアドレスが一致したんです」
「そんな個人情報に関わる事を調べたり教えてもらえるわけがねーだろ!」
「それが調べてもらえたんですよ。出版社が多大な損失を被った事件ですので、警察も含めずっと犯人を捜していたそうです。そして写真投稿者と選挙サイト投稿者が同一人物までは分かったそうです」
体育館の一番後ろでナツ姉が手を振っていた。
出版社側からの各所に出されている被害届をもとにナツ姉に密かにIPアドレスを調べてもらっていたのだ。
「写真を投稿しただけで犯人扱いかよ?最初の投稿者は削除されてるって話だろ」
「たしかに最初の誹謗中傷を書き込んだメッセージは削除されていたそうです。でもメッセージが削除されていてもIPアドレスの形跡データは残るそうです。つまりお前がスキャンダル騒動をでっち上げた犯人って事だ!ついでに生徒会選挙でも人を陥れるようなコメントを書いたのも全部お前のIPアドレスだったんだよ!」
つい声を荒げてしまったけど、みんなが受けた仕打ちを考えれば生易しい。
あっさりと諦めた浩一は膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんでいる。
お前が僕を嵌めたSNSで、今度は僕が借りを返しただけの事だ。
これから損害賠償とかの話が出版社からもくるだろう。
ちなみに学力テストで恐らくカンニングした事はまだ暴露していない。
そして僕の事故の真相も。優しいだろ。
ところで……大沢はどこにいる?
姿を探したものの、この会場にはもう1人のクズの姿はみあたらなかった。
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