第32話 特別クラスの記憶がある
現在英語の授業の真っ只中、僕は冷静になって考えていた。
朝のあの演説やパフォーマンスは人目は引くものの逆効果ではないだろうかと。
反則ギリギリのチアガールを使ったところで、目立つのは浩一ではないしむしろ邪魔ではないだろうか?
これで男子生徒が相手陣営に票を入れるとはとても考えられない。
しかもここまできても、大沢本人がなぜ出てこない?
……きっとなにか理由があるのかもしれない。
お昼休みに探りを入れてみる事にしよう。
昼休みに入り僕はひとりで隣のクラスへと向かった。
千花も小悪魔も伴わないのは、浩一も含めて他の生徒に変に身構えられたくなかったから。
アイツとはクラス会以来まったく会話もしていない。
それどころか学校内ですれ違う事も、不思議となかった。
「失礼します。あの……僕も生徒会長に立候補したので吉田くんと大沢くんに挨拶にきました。ふたりはいらっしゃいますか?」
ちょうど目の前を通った女の子に尋ねてみた。すると、
「吉田くんは最近このクラスで授業は受けていないわよ。大沢?ああ、あの大沢くんなら私も見たことがないけど……」
浩一がクラスで授業を受けていない事にもびっくりしたけど、同じクラスで大沢を見たことがない?
「ふたりはどこにいるの?」
「私が言ったってことは言わないでね。大沢くんは入学早々クラスでいじめにあったらしく怒った父親が別室で授業を受けさせるって言い張ったらしいの。もちろんひとりの生徒の為に先生を就けるわけにはいかないから大沢財閥が優秀な教員免許を持った家庭教師を雇って学校のどこかで教えているそうよ。さらに今は成績に問題のあった吉田くんも一緒に勉強を教わっているみたい」
……はい?
いろいろと滅茶苦茶な話を聞いてしまったけど、学校側がよく承認したもんだ。
大沢財閥のドンがどうせまた多額の寄付でもしたのだろう。
金持ちならなんでも許されるのだろうか?人生金がすべてなのか?
そんな奴らには絶対に負けたくないし負けてはならない。
しかしこんなにあっさりと情報が手に入るとは思いもしなかった。
「よくそんな事知ってますね。僕の記憶がないだけで有名な話ですか?」
「うちのクラスしか知らないはずよ。学校側からは内密にするようにお達しが出ているの。これを言ったのも氷河くんに生徒会長になって問題提起をして欲しいから。みんな言いたくても言えない事があるって事。これ以上は……ごめんなさい。生徒会選挙応援してるからがんばってね」
「ありがとうございます。皆さんのためにも頑張りますので応援よろしくお願いします」
話の途中もさりげなく教室の中を見渡せばこちらの様子をチラチラと伺っている生徒が何人もいる事を、一瞬で僕は記憶していた。
再度記憶を確認するとほとんどの生徒が1度はこちらを見ていたのだ。
……生徒会選挙がなんだか面白いことになってきたな。
僕は不敵な笑みを浮かべて、教室を後にした。
* * * *
あれから浩一や大沢の勉強している環境をいくら調べてもわからず、先生に尋ねても誰一人として教えてくれる人はいなかった。
返ってくる言葉はいつも「特別クラスなので分からない」の言葉だけ。
特待生クラスは他校で聞いたことがあるけど、特別クラスってなんだよ?
クズが集まる特別なクラスなのか?
ここまで情報が制限されているのなら、あの人に聞いてみるしかない。
放課後になり校舎内を顔見せ程度に回って投票をお願いした後、僕のマンションで恒例になりつつある作戦会議を開くことになった。
「……」
「……」
「……」
「なんでみんな黙ってるのさ。しかもなんで今日はナツ姉までいるの?生徒会選挙が終わるまで来ないはずじゃ……」
「それはあなたが次々と……じゃなくてえーと、千花ちゃんが連絡くれたのよ」
「あ、あの……こちらの綺麗な方は、メモ……氷河さんのお姉様ですか?」
「この人は編集者でデビューから世話をしてくれてる僕の担当さんだよ。でもナツ姉がいるならちょうど良かったちょっと後で頼みたいことがあったから」
「ナツ姉……ですか。わたくし生徒会選挙を一緒に闘わせていただく事になりました白鳥エリカと申します。宜しくお願い致します。」
「白鳥さんはあの白鳥グループのお嬢様ですよ!」
おい小悪魔、なんでお前が自慢気に話してるんだ?
「えっ!?大変失礼いたしました。わたくしスワン出版でお仕事をさせていただいてます、佐々木夏美と申します。この度はわたしの不注意で大変ご迷惑をおかけしました。ほらメモリー、あなたも頭を下げなさい!この子記憶がなくなってるからわからないみたいで」
ナツ姉の様子が一変し強引に頭を掴まれ下げられる。
若い女性の手で男性である僕の頭を片手で鷲掴みに出来るナツ姉がちょっと恐ろしい……
この間は運が良かったのだろう。この人は絶対に怒らせてはいけない。
「や、やめてください。メモリー様にまで……じゃなくてえーとあの……私は家の仕事に関わっていませんから。そ、それよりも作戦会議を進めましょう!SNSの進捗状況の確認からですわね。ほら!あなたも準備しなさい!」
いまたしかにメモリー様と聞こえたけど、いきなり準備するように無駄に怒られてしまった。
今日は機嫌が悪い日みたいだから、気にしない気にしない。……気になるだろ普通。
僕の小説はスワン文庫から出ているので、白鳥さんのおうちにスキャンダルで多大な迷惑をかけてしまっている。
浩一相手ならなおさら負けるわけにはいかないし、お灸をすえてやる。
「アクセス数はかなり順調に進んでいるよ。予想通り荒らしやアンチが騒ぎだしているけどね」
SNSを使うのだからこのような反応は当然だ。しかも日がたつにつれ僕を批判するコメントが急激に増えている。浩一陣営がサイトの存在に気付いたのだろう。
「……そう。なら良かったわ」
「ちょっと待って!全然よくないでしょ?メモリーの好感度や思想を分かってもらうサイトで批判が殺到しているのならなにか対処しなくちゃいけないよ!」
「これでいいんだよ。むしろこうじゃないとダメなんだ」
食ってかかる千花に平然と答えると、白鳥さん以外の全員が僕に疑いの眼差しを向けてくる。
「僕を信じてくれ」
今はこれしか言えない。
浩一と大沢をぎゃふんと言わせるために。
僕の力は完全記憶能力だけだと自分でも昔から思っていた。
でもそうではない。
この能力は便利だし役に立つけど、あくまでも結果だけしか見る事しかできない。
それを使いこなせるかどうかは、僕の思考にかかっていたのだ。
膨大な情報量を見極め判断する。そしてパズルを組み合わせていくこの脳の処理能力こそが僕の本当の力なのだ。
どんなに大容量のハードディスクを持ったパソコンでも、それを処理するCPUが古ければ動画編集だってまともにすることは出来ない。
いままで僕は能力をあまり有効活用することが出来ていなかったけど、覚悟ができた今は違う。
面白いように頭が、脳が動いている感覚がするのだ。
ワクワクが止まらない。
「先輩……顔がニヤついていて気持ち悪いです」
「……」
カッコイイと自己陶酔していたのに。
……小悪魔だけはやっぱりウザイ。
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