第16話 事故の間の記憶がない
「メモリーが入院してる間にいろいろあったの。アイツはメモリーが近くにいなくなった途端にしつこく迫ってくるし、何かと事故の事で脅してきたり夏美さんの事で揺さぶりかけてきたり。それでもわたし頑張ってたんだよ?」
「うん、千花の事だから頑張ったのはよくわかるよ」
あんなヤツの言うことに耳を傾けずよく頑張ってくれた。僕のせいで辛い思いをさせてしまい申し訳なく思う。
「でもね……しびれを切らしたアイツがとんでもない事をしようとしたの。メモリーが普段から作ってくれてるテスト用のマル秘ノートあるでしょ?実はあのクズが学年中にコピーを売ってもうけてたみたいで……。それを理由に脅迫してきたの」
だから今回は平均点が下がっていたのか。
そんなだからアイツは留年の危機に陥るんだ。でもあのノートがなんで脅迫材料に……
「千花の為に作ってたノートがなんで出てくるんだよ?脅す理由が分からないし。しかもあのクズ売ってたのか」
ここまで来たら逆に冷静になってきた。
ドラマじゃないけどやられたらやり返せばいいだけだ。
「私の為だったんだ……それなのに頼まれてアイツにコピーさせた私が悪いの。アイツはそれを利用して商売してたくせに、メモリーの指示で無理矢理売らされていた事にしてやるって脅してきたの。そんなの誰もあんたなんか信じないと言ったら、どこで聞きつけてきたのか『2日経ってもメモリーの意識が戻ってないぞ。だから死人に口なし』とか縁起でもない事を言って弁明する奴は意識がもどってないからいないと言われたの」
勝手に人を殺すな。大方病院に様子を見に来て見舞いのフリでもして情報を聞いたのだろう。情報を漏らした病院にも困ったものだ。きっとアイツが心配してるフリをしてしつこく聞かれ断れなかったのだろう。
「事故の事もノートの事もすべてメモリーのせいにしてやるって。嫌なら俺と付き合えって……」
「……だから付き合ったの?」
「付き合ってない。あんな奴死んでも嫌だしわたしにはメモリーしかいない。だからわたしは付き合ってるフリをする事にしたの」
……付き合ってるフリ?どこかで聞いたようなフレーズに思わず僕は固まる。
千花……お前もかと!?
「付き合うフリって……急に心変わりしたらアイツが怪しむだろ。どうやってバレないようにしたんだ?」
間抜けなアイツでもそれぐらい気付きそうなものだ。それとも有頂天になって気にもしなかったのか?
どんだけ評価低いんだよあのクズ。
「疑ってきたアイツがほんとなら証拠を行動で見せてみろって言ってきたから……」
「別れのメッセージを僕に送ってきたのか」
僕が病院で確認した時には無数の取り消しメッセージの履歴が出ていたけど、ほんとの記憶喪失の僕には不思議にも思わなかったのだ。きっと取り消しメッセージは僕を心配したものだろう。
「うん……アドレスも全部消せるよな?って言われて断腸の想いで全部消したの。でもわたしがメモリーを突き落としたのは事実だし、それが原因で怪我して入院して……ノートだってアイツに頼まれて勝手に渡しちゃったから……ケジメをつける為にも、別れようと自分で決めたの。でも心まで売る気はないから、付き合うフリだけで……」
そこまで一気に話をすると、いろいろな感情が渦巻いているのだろう、目に浮かべていた涙が解放され泣きながらうずくまってしまった。
千花も僕がいない間に、様々なものとひとりで戦っていたのだ。
「ちーちゃんは頑張った。だからもう自分を責める必要はないよ。もう十分に苦しんだんだから。もともと罪悪感を抱く必要もなかったんだ、アイツさえいなければ。だから安心して。僕が必ずなんとかするから」
幼馴染の震える手を僕はぎゅっと両手で力強く握りしめた。
千花は悪くない。悪いのは僕だ。中学生の時に、千花はアイツが僕と仲良くなるのをあまり好ましく思っていなかったのだ。女の勘てやつかもしれない。
ただただ千花に近づきたくて、僕と親友のフリをして。同じフリなのに皮肉なものだ。
僕もアイツの本質を見抜く事が出来なかったのだから。
「そ、それとね、メモリーが記憶喪失で学校に来た時に不機嫌になってごめんなさい。わたしが悩み抜いてメモリーの為に恋人のフリをしたのに、記憶を全部忘れて呑気にぼーっとしてたから怒りが込み上げて来ちゃったの。あんな状況なのに不謹慎にも、ヤキモチも妬かないのか!って」
……ごめん。ばっちり記憶はありました。
心を空っぽにしていると、感情が死んでしまうらしい。
「き、記憶がなかったから仕方ないよ。僕の方こそなんだかごめん。それで、ヤツとは上手くいってるの?付き合ってるフリ」
「あ、言ってなかったっけ?アイツが教室でみんなにわざと聞こえるようにメモリーに俺の彼女宣言した直後に別れたよ。最初から付き合っていないけど」
「まだ聞いてないよ?そんな簡単によくアイツが別れを認めたもんだ」
「だってメモリーが記憶喪失になってるなんてアイツにとっても私にとっても予想外だったの。私にとっては好都合であのクズにとっては計算外ね。メモリーをネタに脅そうにも自慢しようにも記憶がなければ全く意味がないんだから。わたしも無理してクズのそばにいる必要はなくなったから、メモリーが食堂に向かった直後に別れましょうって言ってやったわ。最初から自分の悪事がばれる事にビビってたから付き合ったフリをして損したわ。ノートのコピーを売ってたのも私に自分からばらしちゃうし。ミイラ取りがミイラになったってこんな感じ?」
「それは最高だな。クラス中に彼女だと自慢した直後にいきなりフラれたら、超格好悪いし冗談だったのかと思うかな。ノートは……アイツの脳みそが溶けてたんだと思う」
あのクズの顔が見たかったけど、その頃僕は小悪魔に……ん?
「アイツから小悪魔の話は聞いた?」
「まったくない。ただ……別れて教室を出る時、いつも見張ってるからまた怪我しないように用心するんだな?って言ってた」
ひょっとして……小悪魔は見張り役なのか?
だから僕にずっと付き纏っていたのか?
「意味ありげな言葉だけど、用心するのはアイツの方だ」
アイツとかヤツとか言ってたから名前を忘れてしまいそうだ。……クズだっけ?
「ちかー!メモちゃん!ごはんよー!」
もう少し話がしたかったけど、夕飯の支度が出来たようだ。
……メモちゃんは恥ずかしいからやめて欲しい。思わず手帳を出してしまいそうになるから。
「「はーい!!」」
こうして僕に力を与えてくれる仲間がまたひとり増えた。
ナツ姉はきっと喜んでくれるだろう……と思いたい。
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