第17話 料理の記憶がない
「幼馴染ですごく親しい元カノのちーちゃんです」
「公私共に家族のように仲良くさせて頂いてるナツ姉です」
……久しぶりに言わせてもらいたい。
なんでこうなった?
時間を少し遡るとしよう。
* * * *
幼馴染で元カノの衝撃的な事実を聞かされた後、お母さんの作った夕食を一緒に食べた僕は自宅に帰る準備をしていた。
記憶喪失のフリをしている事は誰が信用できる人物か分からないので絶対に他言しない事と念を押して。すると、
「マンションまで送って行くわ」
「だいぶ外も暗くなってきたし危ないからひとりで大丈夫だよ」
「だからわたしがボディーガードするんじゃない。それとも狙われてる記憶でもなくしてしまったの?」
上手い!……などと冗談でも言えるはずもなく僕の自宅へ送ってもらう事になってしまった。
特殊な状況であったとはいえ、別れたばかりのか弱い美少女にボディーガードされるとは……情け無い。
数分歩いていると僕の住んでいるマンションが見えてきた。
マンションの入り口には見慣れた女性が、大きな袋を持って立っている。
……ナツ姉?
「メモリーに何度も連絡したのに……あっ!?」
「こんばんは」
「こんばんは」
僕の後ろを見て千花がいる事に気付き、お互いに挨拶を交わしている。……交わしているんだけど、なんだか空気がとても重く様子がおかしい。
ふたりは面識もあるし何度か言葉も交わしているので、どうしたのだろうか?
挨拶が終わるとナツ姉が僕に話しかけてくる。
「いきなりだと迷惑だから連絡したんだよ?仕事のついでにカレーでも作ろうかと思ったから」
手にぶら下げたスーパーの大きな袋を軽く持ち上げている。
するとなぜだか分からないけど、隣の幼馴染が僕を鬼のような顔で睨んできた。だから……あれほどスキャンダルはないって説明したのに。
「ああごめん。千花の家でご飯食べてたからスマホに連絡来てたの気付かなかったよ」
すると今度はナツ姉が般若のような顔で僕を睨んできた。
ふたりとも表情が豊かすぎる。お願いですから怖いからやめて。
「そうなんだ?じゃあお仕事の話をしたいからふたりで話せるかな?」
「うん。じゃあとりあえず
オートロックを開けて中に入ろうとすると、
「私も用事があるから部屋に行くね」
当然でしょ?といった顔をして当たり前のようにエレベーターへと乗り込んできてしまった。
用事ってなんだよ?まさか千花までマグカップを置きに来たわけではあるまいし。
ああそうか!3人でいればスキャンダルにならないから、きっと機転を利かせてくれたんだ。浩一やマスコミがいつどこにいてもまだおかしくはないのだから。少しでも疑ってしまった幼馴染に本当に申し訳ないと思いつつエレベーターは上へ上へと上がっていく。
……ううう、長い。
高層階に住んでるといってもエレベーターに乗っているのはほんの数十秒だ。
どうしてここまで長く感じるのか。とても簡単な事だ。この狭い空間に顔見知りが3人もいるのに誰も何もひと言もまったく喋らないのだ。
く、苦しい。高層階用の高速エレベーターとはいえここまで重苦しくなるのは2人のせいで間違いないだろう。
考えろ!考えるんだメモリー!この状況になってる理由を導き出すんだ!
エレベーターが目的地の階に到着し、『ポーン』という音が鳴り響くとひとつの考えが浮かんだ。
そして僕が導き出した答えは……2人ともお互いに怒っている?
千花はナツ姉とのスキャンダルの件でヤキモチを妬いていたと言っていた。そしてマンションまで見送ってきてくれると、そこにナツ姉がいたならスキャンダルも含めて怒っていても仕方がない。
ナツ姉の方は先日話した通りメッセージだけで別れた事にすごく怒っていた。記憶喪失と分かった後も僕を助けない事も含めて。
お互いに事情を知らないのだから、僕が説明すればわだかまりも消えて解決するだろう。
ひとまずリビングのテーブルに3人で腰をかけた。
「じゃあ改めて僕から説明するね」
「「メモリーは黙って!」なさい!」
ほぼ同時に2人に怒られてしまった……僕の家なのにあまりにも理不尽だ。
そして現在に至る。
* * * *
「幼馴染ですごく親しい元カノのちーちゃんです」
「公私共に家族のように仲良くさせて頂いてるナツ姉です」
なぜ今更自己紹介をする?
しかもところどころにアピールが入った上に、愛称で自己紹介をするなんてどこかのアイドルしか聞いたことがない。
ふたりは紹介が終わるとお互いに不敵な笑みを浮かべ、握手をかわそうとしていた。
なんだ、状況はお互いに理解していたのか!?
団結するなら僕を入れてくれないと始まらない。急いで僕も手をだそうとするが、
「「余計なことをしないで!!」」
そんなに怒らなくても……僕はここ最近で一番いじけてしまったのは言うまでもない。
僕がいじけているのに気付いたナツ姉が声をかけてくる。
「元気がないみたいだから急いでメモリーの好きなカレーを作るね!」
最初から元気がなかった訳じゃなくて元気をあなた達に奪われたんだよ……と心の中で呟く。
あれ?さっき千花の家でご飯食べて来たと伝えたはずだけど、聞こえてなかったのか。
「ご飯は食べて来たから大丈夫だよ。それに今から作るとナツ姉も帰りが遅くなってしまうし」
17時に食べたとはいえ、今は19時だから2時間しかたっていないしお腹が膨れている。
「ルーは家でじっくり煮込んできたからすぐ出来るわよ。メモリーの大好きなシーフードカレーに奮発して伊勢海老もつけちゃったのよ!伊勢海老は鮮度が大事だから……」
鮮度をアピールして少し俯きながらこちらをチラチラと見てくる。最近のナツ姉はカワイイ仕草が増えた気がする。
じっくり煮込んでるって言ってたけど食べさせる気満々じゃないか。腹ペコならよだれが出そうだ。
ナツ姉には申し訳ないけど……
「伊勢海老じゃ鮮度は大事だけど―――」
「そうなの!だから急いで温めて作るね!」
「……」
……僕は意思が弱いみたいだ。もう断ることは諦めよう。
そのやりとりを黙って見ていた千花が口を開く。
「わ、わたしも……久しぶりになにか作ろうかな?」
「えっ!?」
ちょっと待て。僕の記憶では千花はまったく料理は出来ないはずだ。
記憶喪失だったのは3日間だけだし、ここ数週間でいきなり料理が出来るようになったとはとても思えない。たとえ出来たとしてもお腹がいっぱいで入るわけがない。
「ひ、久しぶりっていつくらいの話かな?」
「幼稚園の時……」
どんだけ昔だよ!ん?待てよ……嫌な予感がする。いくらナツ姉と張り合いたいからといって、まさかアレの事じゃないだろうな?
「な、なにを作ろうとしてるの?」
「お団子」
うわあああああああああああああああ!!!!!!
それってふたりでおままごとした時に、作ったやつじゃないか!
しかもあれは『泥団子』だぞ!!
高校生の僕に泥を食べさせる気か!?
美少女なのは認めるけど、天然ではすまされない残念な幼馴染の顔を見ると、かなり緊張気味だ。
「こ、今度にしようかな?千花の家でご飯食べてきたばかりだし」
……何を言ってるんだ僕は。
まさかほんとに僕は泥団子を今度食べる気なのか?
「そうだね!今度にするね!」
まさかの作る気満々かよ!
でも千花も高校生だし泥とは限らない。しかし不安はぬぐえない。
記憶喪失になりたい……僕は心からそう思った。
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