第15話 事故の記憶がない

 どれくらいの時間が経っただろう?

 千花に押し倒されてから、かなりの時間が経過していたけど肝心な話が聞けていない。このままの状態で話をするには、内容に反してあまりにも緊迫感がなくなってしまう。

 僕もここまで抱きつかれては、本能的にやばいのだ。

 パオーン……失礼。


「じゃあそろそろ大事な話の続きをしようか?」


「うん……」


 ひとまず、ぐずりん星人は故郷へと帰ってくれたようだ。

 ここからは僕がマウントをとらなくてはいけないな。


「そろそろどいてくれるかな?まずは千花の詳しい話をちゃんと聞きたいから」


「ヤダ。メモリーがまた記憶がなくなっちゃうかもしれないから」


 えーーーーーーーー!!


 なんてこった。話のマウントを取ろうとしただけなのに、僕は物理的なマウントを取られ逃れられずにいる。


「滅多な事がなければ記憶はなくならないから」


「め、滅多な事があった……わだぢのせいで……」


「だから千花のせいじゃないって」


 ま、まずい。ぐずりん星人が見事なブーメランを決めてまた襲来しそうだ。

 仕方がない。使いたくはなかったけど最終兵器を投入するしかなさそうだ。


「ちーちゃん、いー子だねー、いー子だねー」


 や、やってるこっちが恥ずかしい……

 僕自身もいろいろと削られていく。

 それでもめげずに頭を優しく撫でながらひたすら呪文を唱えた。


「うん。ちーはいい子だから言う事聞く」


 突っ込まないで欲しい。幼馴染の僕しか使えない必殺技なのだから。

 幼馴染はほんとはちーちゃんと呼んで欲しいらしい。高校生にもなって、みんなの前でそれは恥ずかしいと僕が拒否しているので困った時だけこの技が繰り出されるのだ。

 ようやく体の上からどいてくれ拘束が解かれた。


「夕飯まであまり時間がないわ。早く話をしましょう」


 お前のせいだとは決して言わない。

 あなたの周りにも、ぐずりん星人の恐怖は常にある事を忘れず覚えていて欲しい。誰も悪くはないのだと気付けるはずだ。例え子供だろうと大人だろうと美少女だろうと。


「いったい誰に押されたんだよ?」


「それが……分からないの。メモリーが階段から落ちて勢い余って頭を床にぶつけていたからそれどころではなかったの。助けを呼ぼうと思って周りを見渡したら、階段の上から浩一アイツが驚きながら私を指差してた。その横には女の子?がいた気がする」


 ……あれは夢とかではなかったか。

 押されて階段から落ちていく中で僕は体をひねり後ろを見た。その為に受け身も出来ず手も付けず頭を強く打ってしまったのだが。

 僕が最後に見た光景は、階段の上にいる千花とそのすぐ後ろにいるアイツ、そしてその横には……小悪魔がいた。

 僕に見間違いなど決してない。

 なぜなら僕には完全記憶能力があるのだから。


「僕も一瞬だけ千花を含めて3人の姿を見た気がする。千花が見たのは、小悪魔だと思う」

 

 千花を押してたのが誰かは分からないけど記憶を見る限り、浩一ヤツと小悪魔は表情から何やら言い合っていた気がする。


「浩一と小悪魔は何か話していなかった?」


「小悪魔ってメモリーに纏わりついて、体押し付けてまじムカつく1年生の子だよね?私が見た時は女の子の後ろ姿しか見てないから会話も誰だったかもはっきりとは分からないよ。ただ……あの浩一クズが……」


 苦痛の表情を浮かべて俯いている。


「大丈夫だから続けて」


 本当は全然大丈夫じゃない。でも僕が浩一ヤツに対して怒れば怒るほど千花が辛くなるので耐えているだけだ。


「救急車が来るとメモリーが病院へ搬送されて、わたし達だけが残ったの。事故の事は私がパニックになってる間にひとりでバランスを落として階段から落ちましたって説明したらしいの。もちろん私は怒ったわ!そしたらアイツなんて言ったと思う?お前が突き落としたことを学校中に言いふらしてもいいのか?って。しかもメモリーは別れ話のためにお前を呼び出したんだから、それで揉めたあげくに突き落としたんだろ?って言ったの」


 やっぱりアイツは下衆な奴だ。

 必ず報復はさせてもらう。


「学校中に噂されても構わなかった。わたしがメモリーを突き落としたのは事実だから。事故の状況が分かったらメモリーに嫌われるかもって思ってたところに突然別れ話の事を聞いたら頭が真っ白になっちゃって……」


「そんな事で嫌いになるわけがない」


「分かってる、分かってるけど……アイツがこんな写真をスマホに送ってきて確認しろって。かなりショックだったよ」


 千花のスマホには1枚の写真が送られていた。

 そこに写っているのは、もちろん僕だ。缶詰めにされていたホテルに入る時のものだろう。隣にいるのは当然担当であるナツ姉だけど、よりによって腕を組んで楽しそうに笑っているのだ。


「お仕事でホテルに泊まるのは聞いてはいたけど……メモリー缶詰めは嫌だーって言ってたじゃん!なのになんでこんな楽しそうにしてるの?ホテルだよ?女性とだよ?腕なんか組んじゃってさ!」


 付き合ってる彼女がこの写真を見たら10人中8人は勘違いするだろうと自分でも思う。それほどナツ姉との距離が近いのだ。それは物理的に近いわけではなく、ふたりの間に流れる空気感が近く感じるのだ。


「最初はホテルビュッフェに連れて行ってくれるって誘い出されたんだよ。缶詰めだって聞かされてのこのこついてくる作家なんていないからな。それに千花もナツ姉との仲は知ってるだろ。お姉ちゃんのような存在なんだから」


「夏美さんの事はいい人だし私も好きだよ。でもねメモリー、よく知ってる人だからこそ女はヤキモチを妬くことだってあるんだよ?もしかして好きになっちゃったのかな?取られたりしないよね?って。それにわたしはメモリーを独占したいから」


 そんな事、考えもしなかった。

 知り合いとなら千花も安心だろうとさえ思っていた。

 男女の友情を信じない人がいると聞いた事があるけど、それと同じようなものなのだろうか。

 全てを理解するには僕はまだ子供かもしれないけど今回の事ですごく勉強になった。


 千花には申し訳ないと思いつつ、浩一ヤツの事が頭に浮かぶ。

 写真まで隠れて撮っていたとは。よくSNSに投稿しなかったな。足がつきやすくなるからか?3人で撮った写真でも十分足はついているけどな。間抜けな奴だ。


「千花悪かった。誤解させて申し訳なかった」


 僕は素直に謝った。本当に心からそう思ったのだから言い訳などしない。


「夏美さんはまんざらじゃ……ううんなんでもない。どこまで話したっけ?モヤモヤして忘れちゃった」


「写真見せられたとこまでだよ、別れ話がなんちゃらとか。それで……アイツはその後なんて言ってきたの?別れのメッセージの事もちゃんと聞いておきたい」


 ナツ姉にも散々怒られたけど、付き合いの長いまるで家族のような幼馴染の彼女がメッセージだけで別れを告げるのは不自然なのだ。


「メモリーと別れるなら俺と付き合おうって。俺なら一途にずっとそばにいるし浮気もしないって」


 この燃えたぎるような怒りは何処にぶつければいいんだ?

 ……アイツにぶつけるしかない。


「メモリーが救急車で運ばれた直後だよ?意識がなかったんだよ?ふざけんな!って言ってやった」


「僕のためにありがとう」


「当たり前だよ。別れのメッセージは……」


 別れのメッセージ、そして千花と浩一ふたりの関係の真相がようやく明らかになる時が近づいていた。

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