第14話 泣かれた記憶がない
「私があなたを階段から突き落としてしまったの……」
目の前がブルー色に染まりかけている。
気持ちをコントロールして空っぽにするか?
……嫌ダメだ。もう逃げないと決めたのだから、勇気を出して話してくれた千花に対して誠意を持って最後まで聞かなくてはなんの意味もなくなってしまう。
「僕の転落事故の事かな?大丈夫だから続けて」
問いただすわけでも責めるわけでもなく、僕は出来るだけ優しく話を続けるように促した。
千花が黙り込んでしまいしばらくの間、沈黙が僕たちを包み込む。
「お昼休みの終わり近くに外階段でメモリーが呼んでたって
僕もトイレで
「ドアを開けるとメモリーの後ろ姿が見えたから声をかけようと近づいた時に……誰かがわたしの背中を強く押したの。私は勢いあまってあなたを突き飛ばすような形になってしまって……」
千花も押されていただと……
自分の手は間接的にしか汚さず、人に罪を擦り付けるなんて下衆な真似をよくまあ出来るものだ。
「そんなの小松さんのせいではないじゃないか」
「やめて!もう小松さんって呼ぶのはお願いだからやめて……わたしもう……これ以上は耐えられない」
大粒の涙がアルバムにポツリポツリと落ちていく。小松さんなんて今まで呼んだことはもちろんない。小さな時から千花ちゃん、千花と呼んできたのだから幼馴染にとってこれ以上辛い事はなかったのだろう。
「ごめん。幼馴染なんだからきっと千花ちゃんって呼んでいたんだろうね」
「ぢか、ぢかぢゃんじゃないもん。ぢゃんといぃって」
泣きながら言ってるから他の人だったら絶対わかんねーよ。
『千花、千花ちゃんじゃないもん。ちゃんと言って』かな?
しかも泣いた時によく出るぐずりんモード状態だ。ご機嫌を損ねてしまうとこっちの話を一切聞いてくれない厄介なおまけつきだ。
この大事な場面でこれかよ……
「あだまよぢよぢして。いーごいーごじだらてをにぎにぎ」
『頭よちよちして。いーこいーこしたら手をにぎにぎ』だな多分。
普段はカースト上位の幼馴染は、学校ではほとんど弱いところを人に見せる事はない。
常に冷静にそして穏やかでスマートに物事をこなす憧れの存在なのだ。
僕とこんな関係になってしまって、いろいろ溜まっていたのだろう。記憶喪失であるはずの僕になんの躊躇もなく要求がエスカレートしてくる。
「ぢかはだいようのようにまぶぢいぞんざいだ。ぎみはぼぐのめぇがみだっでいっで」
『千花は太陽のように眩しい存在だ。君は僕の女神だ』だと?
「そ、そんな小っ恥ずかしい事を一度も言った記憶はない!……あっ」
や、やってしまった……
ぐずりん星人が、涙を流しながらも目をまんまるにして大きく開きこちらを凝視していた。
「メモリーに大事なお話があります。とりあえず座りなさい」
「最初から座ってます」
「……」
ど、どうする僕?頑張れ頑張れ僕!先手を打たなくては!
「て、手をにぎにぎしてたら部分的に思い出してきたかも」
「手を触れただけで記憶が戻るの?」
「た、多分にぎにぎだからじゃないかなー?」
僕はいったいなにを言ってるんだ?
千花がぐずりん状態でなければ一発でアウトじゃないか。
「考える時間を少しもらいますので、座ってください」
「だからさっきから座ってます」
「……」
試されてるのか?僕はなにか試されているのか?
追い詰められていてまったく頭が回らない。
自分の心臓の音が聞こえてきそうだ。
千花はじっと僕の事を穴があくほど見ている。
かなりの時間沈黙が続いた。
やがて……
「……右手だけのにぎにぎで部分的に戻ったなら、左手もにぎにぎする」
なんでそうなる?
残念すぎるぞ千花……
僕たちは向かい合いながら、両手をにぎにぎして両腕で輪を作っていた。まるでUFOでも呼ぶ儀式でも行っているように。
「ど、どうかな?記憶戻ってきたかな?」
上目遣いで目をウルウルさせながら、記憶が戻る事を期待していた。小声で「お願い、お願い」と呟いている。
そこまでされたら僕は……
「だ、だいぶ記憶が戻った―――」
「メモリー!!!!!!」
僕がまだ話してる途中なのに食い気味に名前を叫ばれ、気付けば床に押し倒されていた。
お、重い、そして苦しい。頼むからどいてくれ。
僕の胸に顔を埋めて泣いているのか嗚咽も聞こえてモゴモゴ喋ってるみたいだけど、なんも聞こえん!
胸元が涙なのか鼻水なのか分からないけど、湿ってきてて気持ちが悪いはずなのに、なぜか僕の記憶はピンク色に染まっていた。
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