第12話 お母さんの記憶がない
昨日はナツ姉にこってりと絞られてしまった。
僕がウジウジしていたのが原因なので文句は言えないけど、マグカップについては理不尽だ。
……違うな。小悪魔を簡単に家に入れてしまった僕の自業自得なのだ。
今朝は朝早く起きてしまい朝日を見ながら優雅にブラックコーヒーを飲んでいる。大人の真似事だ。お姉ちゃんに触発された影響だろうがかなり苦い。
苦味を感じながら考える。どうやって記憶喪失のフリをしながら千花と話をすればいいのだろう?
学校で?誰かに見られている可能性が高いと昨日言われた。
僕のマンションで?それこそ見られている可能性があるからリスクが高い。
スマホで連絡をとるか?記憶喪失なうえにすでに別れているからいまさらやり取りするのはおかしい。千花になにかしらの事情があるのならとっくにメッセージが来ているはずだ。
……これどこのムリゲーだよ。
隠しルートを発見するヒントがなければ、八方塞がりだよ。
そしてナツ姉にも言えなかった全ての始まりである事故について。
誰が危険で誰に危機が訪れるか確信が持てない以上、記憶喪失のフリを続けなくては。
すでにナツ姉だって危険に巻き込んでしまってるけど、今更後戻りは出来ないし記憶を戻してやり直すなんて出来ないのだから仕方ない。距離が近くなればなるほど危険なのだ。
答えも浮かばないまま身支度をすませマンションを出ると、
「メモリーぱいせーん!おはようございます!……ん?んんん?今朝はなんだかいつもと雰囲気が違いますね」
ギクリとしたけどノープロブレム。ナツ姉と久しぶりに記憶喪失を意識しないで話せたので、表情や話し方など記憶がないフリが緩くなるのは想定内だ。
「家の中の事は少しずつ記憶が戻ってきたんだよ部分的にだけどね。そしたらこんな物が出てきたんだけど分かるかな?これは絶対に僕のじゃないと思うんだ」
マジで怖い。昨日はこってりと怒られた後に、ナツ姉がこんな事を言い出したのだ。
「マグカップでさえ気付かないのなら、盗聴器とかがあってもおかしくはないわね」
編集者がよくお願いしてる業者さんをすぐに呼んで調べたけど、盗聴器は出てこなかった。
僕が階段から落とされた事も詳しくは聞かなかったし、内心はすごく心配していたことは百も承知だ。
だからこそ真相が分からない以上言えるわけがない。あの階段にいた人物の事は……
「あーバレちゃいましたー?結構早く見つかっちゃいましたね!それを理由にまたお邪魔させてもらおうと思っていたのですが。……記憶が戻りそうな気配があるんですか。よかったです!!」
いつものふざけた表情と違い、これ以上ないくらい真剣な眼差しで僕を見定めるように様子を伺ってくる小悪魔。雰囲気がちがうのはお前の方じゃないか?僕の記憶が戻って欲しそうにはとても見えないけど。
「勝手に人の家に置かないでくれよびっくりするから。それといろいろ感謝してるんだけど僕はスキャンダルでマスコミにまだ追われてるかもしれないから、出来れば家と学校の行き来はひとりの方がいいと思うんだ。僕もこのあたりの道はだいぶ覚えたしもう大丈夫だから」
「えー!!こんな美少女と通学できるのにもったいないですよ?それにまだまだ先輩わたしがいないとぼっちじゃないですかー!」
悪いが僕はもう一人じゃないんだよ。
心強い味方が付いてるからな。
「今日は来てくれたから仕方がないけどこれで最後にしよう。学校で噂になってるみたいだし別れたばかりの事実がある僕は、あまり騒がれたくないんだよ。わかってくれるかな?」
「そうですか……でも別れたばかりですし言われてみればそうですね。かなり嫌だけど言う通りにします」
小悪魔と噂になっている。
僕は元カノと別れた。
この2つを言えばなんとなく上手くいくような気がしていた。
ナツ姉に話を聞いてもらい、千花と向き合う決心をした今は仲良くしてるフリをする必要はもうないのだ。
結局情報はサイン会の事ぐらいしか得られなかったけど。
「しばらくは手を繋ぐことも出来ないからお願いします!!」
「ごめんなさい!!」
「わかってましたけど、なんでですかー!」
「ウザいから」
ちょっと暴れられたけどまずは小悪魔を引き離す事に成功した。
多少不自然でも気にさせるのが目的だからこれでいいのだ。
* * * *
あれほど言ったのに学校ではなにかと小悪魔に付きまとわれてしまった。
お昼休みも見事なマンツーマンを食堂で決められていたけど、やっぱり千花の姿が遠くで確認できた。
今日もか……
放課後になり久しぶりにひとりで家路へと向かうが小悪魔の姿もなければ千花の姿もない。
千花が後ろを歩いていればなどど考えたものの、そんなに都合のいいことなんて起こるはずもなく今日のカレーの材料がなかったことに気付きスーパーへと向かった。
もちろん今日のジャガイモはメークインだ。
野菜カレーにしようと野菜売り場に行き、ニンジンを手に取っていると後ろから声を掛けられる。
「メモちゃん?メモちゃんよね?」
振り向くとそこにいたのは、お母さんと驚いた表情を浮かべる幼馴染の千花だった。
都合がいいのか悪いのか……僕はお母さんに連れられて家へ強引に連れていかれた。
「大変だったのねー最近顔を見せないから心配してたのよ。千花はなにも教えてくれなかったし」
お母さんに記憶喪失になっている事だけを話すとかなり驚いていた。
お母さんといっても、もちろん僕のお母さんではなく千花の母親だ。
現在僕は幼馴染で元カノの小松家にお邪魔しているのだ。
「きっと心配させたくなかったんだと思います」
向かいに座る千花に視線を移すけど、ずっと俯いたまま口を開かない。恐らく別れた事も言っていないのだろう。
近所に住んでいる幼馴染で彼女だった小松家には、高校生になってからも頻繁に訪れていた。
理由は僕が独り暮らしをしているのを心配したお母さんが夕飯を食べていきなさいと毎度毎度お世話になっていたからである。
ちなみに小学生の時、母親のいない僕にお母さんと呼んで欲しいと言われて今もその癖が抜けていない。名前は【
「じゃあ喧嘩したわけじゃないのね。心配しちゃったわよ」
それを言われると胸が痛い。千花も同じような顔をしている。
「記憶がなくてあまり話せないから落ち込んでいたのね。この子この世の終わりが来たみたいな顔をしていたんだから」
「ちょ、ちょっとママやめてよ」
千花は小さな頃からママと呼んでいる。
「あらあらやっと口を開いたわね。昔の記憶がなくなってショックだと思うけどきっと記憶はもどるはずよ。……そうだわ!夕飯出来るまで時間があるから千花の部屋でアルバムでも見てなさいよ。小さな頃からふたりはいつも一緒にいたから写真もたくさんあるし、記憶が戻るきっかけになるかもしれないわ。」
お母さんナイスです!ナイストスです!!心から感謝してます!!
「僕も見てみたいです」
「えっ!?」
僕の予想外の言葉に呆然としている元カノの姿がそこにあった。
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