第7話 親友の記憶がない
「メモリーせんぱい好きです!大好きです!わたしと付き合ってください!」
「短い間ではございましたが白石さんの素敵な人柄を感じることができました。それと同時に白石さんには私以外の方が相応しいと感じてしまいました。全ては至らない私が原因です。申し訳ございませんでした」
「いつもと違ってながーい!しかもそれってお見合いの断り文句じゃないですか!!」
あまりお気に召さなかったらしく頭をぐりぐりとお腹へこすりつけてくる。
小悪魔なくせにいっちょ前に小動物の真似か?
しかも執筆用に記憶している豆知識にここまでついてこれるとは油断できない。もちろん付き合う気はない。
「どうしてそこまで僕を好きになったわけ?記憶もなくなってるし教えてよ?」
記憶喪失のフリをする前からの謎である。
出会った時からの記憶をいくら遡って探しても不明なのだ。
・・・ほんとは人間ではないなにか・・・あ、小悪魔?
自分で考えたのについ笑ってしまった。
「なに人の顔見て笑ってるんですかー!すっごくすっごく失礼だから謝罪と慰謝料を要求します!」
「たしかに悪かったけど慰謝料って現実的すぎるんじゃない?」
「お金とは誰も言ってません。その代わりこれからは・・・な、名前で呼んでください!」
「あかり」
「ふぇ!?・・・い、いつもみたいになんでムリって機械的にすぐ言わないんですか・・・。しかもいきなり呼び捨てで不意打ちは卑怯です・・・」
お前がそれを言うか?
不意打ちのオンパレードである小悪魔に言われたくない。
そしてコイツはどうやら攻撃特化型で守りは、からっきしに弱いタイプらしい。
よく見ると頬が少し赤くなっている。小悪魔だから黒や紫に・・・なるわけがない。
「またー!笑っちゃだめーーー!」
「わかったわかった。それで、昨日までのテストはどうだった?」
「それは・・メモリー先輩のおかげでバッチリでした。ありがとうございま・・・スキあり!」
最近これが得意技らしく、テスト勉強期間中から下校時に腕にしがみついてきて離さないのだ。
結局テストの前日まで毎日この方法で家についてくる始末である。
ただし・・・いまは学校へ行く途中なのでみんなが見ているし、注目を浴びているから普通にウザイ。
注目を浴びている理由は他にもある。
「あ、先輩ベストセラーおめでとうございます。記念に付き合ってください」
「ムリ」
「これですよこれ!・・・じゃなくてー!」
SNSで取り上げられた効果は絶大で、「この短期間で10万部以上の売り上げよ!」と佐々木さんが興奮状態で連絡してきた。
執筆活動の再開を提案されたものの、記憶喪失中なので現実的に執筆は難しいとお断りした。
佐々木さんの名誉や編集者としての手腕、名声も取り戻せたのだからこれくらいの嘘は許して欲しい。・・・ごめんなさい。
さらに注目されている理由が今まさに僕たちの目の前を歩いていた。
【
・・・かつて僕が親友だと思っていた男だ。
スマホの画面を見ながら考え事をして歩いているのか、僕たちが後ろで騒いでいてもまったく気付いていない。
浩一との出会いは中学校で2年生に上がった時だ。
当時の彼は顔もイケメンだしスポーツも万能、誰とでも仲良くできるコミュ力の高さで男子からも女子からもすごく人気があった。
対照的に完全記憶能力を持て余してふさぎ込み根暗で静かな僕の周りには幼馴染の小松さんしかいなかったけど、小学生の頃からいつも一緒だったしみんなから人気の彼女がいれば他に友達がいなくても十分だった。
3人が同じクラスになっても夏休みが終わるまで、まったく接点はなかった。
夏休みの間に幼馴染に大きな変化が現れる。
もともとカワイイと人気があった小松さんは夏休みが終わる頃には、大人びた美少女になっていた。
当然クラスの男子たちがあの手この手で気を引こうとするが、いつも隣にいる僕としか仲良くする気はなかったようだ。そこで事件が起きる。
小松さんとの仲を妬む一部の男子が、毎日のように僕に嫌がらせをしてきたのだ。
「なに弱い者いじめしてんだよ!」
人気者でリーダー格の浩一が僕を助けてくれた。まるでヒーローである。
「ありがとう」
「なにかあったらいつでも助けてやるから安心しろ」
少し恥ずかしそうにしながら笑顔で言った浩一の顔を今でも僕は記憶している。
この頃から僕たちは2人から3人でいつも一緒に行動するようになった。
勉強が苦手なふたりの面倒を僕が見て、同じ高校を目指し見事に全員合格した。
中学生活最後である卒業式の朝、僕は小松さんに告白されて付き合うようになった。
一番の親友である浩一にふたりで報告すると、驚きの表情を浮かべながらも祝福してくれた。
・・・しかし卒業式で本当の浩一の気持ちを知ることになる。
壇上で卒業証書を受け取り階段を下りていく時に、僕を物凄い憎悪の目で見る浩一の姿があった。
ほんの1秒にも満たない時間。僕の能力がなければ気付きはしなかっただろう。
今思えばこの時から小松さんを奪う機会をずっと伺っていたのかもしれない。
「おはようございます。歩きスマホは危ないですよ」
「うわ!メモリーか・・脅かすな」
またあのSNSをチェックしているのか。そんなビクビクするなよ?まだガセネタを流したのが誰かバレてないんだから。
「SNSに気になる記事でもあったんですか?」
「お前には関係ねーよ」
・・・ふざけるな。
僕と佐々木さんと千花は被害者なんだよ。
「記憶がないから他人事で誹謗中傷を受けた自覚はないですけど、SNSは怖いですね。たしか今は・・・無実の人を苦しめた犯人捜しをしてるんでしたっけ?マスコミの方が言ってましたけど」
「マ、マスコミが取材に来たのかよ?」
「はい、当事者ですから。記憶がないので何も話せませんでしたけど」
・・・全部記憶しているけど。
全てを知っているのに佐々木さんには迷惑をかけてしまった。
僕はこれでも本を書いてご飯を食べている社会人のひとりだ。
それなりに影響力だってある。
いままでも恋愛ものやラブコメを主に書いている。
今回発売されたのは純愛小説だ。
誰が大切な彼女を裏切る彼氏が書いた恋愛物語など読むだろうか?
高校生だからといって、なにをしても許されるわけではない。
僕の小説は今までアニメ化や映画化もされているとなれば、それなりに多くのスポンサーがついている。
この世界はイメージひとつで何百人もの人生を狂わせることができるのだ。
実際に僕のところにはイメージダウンで売り上げや利益低下を恐れたスポンサーが手を引く騒動となり違約金を支払う事になりかけた。経済的被害はもちろん社会では切っても切れない信用を僕は失いかけたのだ。そしてもうひとつ・・・ふたつか。
所属事務所がいろいろとやってくれているけど契約してるいるのは僕なんだから、関係ないわけがないだろ。
「いったい誰が最初にデマ情報をリークしたんでしょうね・・・。元カノが幼馴染だと知っていて、あの3人の写真データを持っている人で・・・うーん記憶がないから自信ないけど・・・まさか・・・まさかね。最初の投稿は削除されているようですし証拠がなければ全員がシロですよね」
・・・証拠は僕の頭にしっかり記憶しているけどな。
記憶喪失から3日目、佐々木さんからメッセージをもらいすぐに僕はSNSを見た。
記憶がなくても完全記憶能力がなくなるわけではない
コメントに添えられていた写真。あれは僕たち3人しかもっていないはずのものだ。
そして写真を見ただけで誰が幼馴染とわかるのだろう。
その後いつの間にかコメントと写真は削除されていた。
「俺を疑ってるのかよ!」
「そんな怒鳴ると怪しまれますよ?ほらみんなが見ている。少し冷静になってください」
浩一は無言のまま速足で校舎の中へと入っていった。
「・・・先輩。慰謝料を増やしてもいいですか?」
返事をする前になぜか小悪魔は僕の頭を優しく撫でていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます