第6話 天使の記憶がない

 『スキャンダルで話題の人気高校生作家が記憶喪失!?』


 ・・・SNSってほんとに恐ろしい。


 今回は記憶がなくなっている事を主に伝えているみたいだけど、僕と佐々木さんのガセスキャンダルネタについても再び書かれている。

 これでは初めて読んだ人が記事の全てを真実だと思ってしまうかもしれない。


 書き込みの中にもみんなが書いているから事実だと思うとか、正義感からメッセージを送っているなどが欠けている危険なものも目立つ。


 どちらにしても僕にスキャンダルの事実もなければ、記憶だってある。

 記憶喪失のフリをしているだけなのだ。


 炎上している投稿を読んでいると予想通り多いのは『都合よく記憶がなくなって責任逃れ』『記憶にございませんとまるで政治家』などのコメントが多い。

 僕が都合よく演じているのだから反論する気はないけど、そもそも最初から責任を負ってはいない。

 佐々木さんを巻き込んでしまったので、申し訳ないと思っているくらいだ。


 画面をスクロールしていくと、気になるコメントが目に付いた。


 『噂や憶測で悪口を書く前に、の新しい小説を読んでから言ってください!』


 スマホの画面を記憶すると同時に僕は固まった。

 ・・・これでは誰が書いたか特定してくれと言っているようなもんだろあのバカ。


 『身内コメきたーー!!』の書き込みを筆頭にさらに炎上している。


 その後も祭りのような騒ぎが続いていたものの、


 『小説を購入し一気読みして・・・泣けました。こんな感動を与えてくれる人が悪人だとは思えません』


 ・・・悪人になった記憶はない。


 その後も小説を読んだことがきっかけで、擁護する声が増えている。

 夜中に購読となると・・・なるほど電子書籍か。


 今回発売した小説の内容は、簡単に言えば純愛ものだ。

 主人公であるごく平凡な男子高校生の存在だけを世界中の人々が忘れてしまっている物語。

 家族や友人そして恋人まですべての人が、主人公の存在を忘れ孤独に負けてしまいそうになる。その彼が恋人に贈るために作った愛の歌だけで奇跡の再会を果たして結ばれるのだ。


 僕には完全記憶能力がある。

 良い事も悪い事も含めて、すべて記憶しそれは一生忘れない。

 みんなが忘れてしまっても僕だけはいつまでも覚えている。

 そんな孤独感と闘いながら僅かな希望を込めて生まれた小説なのだ。


 その後は最初に誰が書き込んだのか疑問の声が上がり、最新の書き込みによると僕はであると結論にいたったようだ。


 シロでもクロでもない、僕はメモリーだ。


 しかし・・・みんなと一緒だと安心する同調行動ってやっぱり怖い。

 その時々によって敵になるか味方になるか分からないのだから。


 ・・・うんやっぱり記憶喪失のフリしてひとりで生きていこう。

 説教と・・・お礼を言いたい奴がひとりいるけど。

 ほんの少しだけ顔が綻んだのは誰にも記憶されていない僕だけの秘密だ。


 教室へ行く廊下の途中で向こうから浩一ヤツがやってくる。


 「よー、メモリー元気か?」


 右の口角が一瞬だけわずかに上がった。

 ・・・僕の記憶では自分が優位に立っている時に相手を見下す仕草だ。

 元気かだと?白々しい。


 「おはようございます」


 「お前もみたいだな。ま、なにかあったら言ってくれ。いつでも助けてやるから」


 誰かさんのおかげで振り回されそうになったけど、記憶喪失だしひとりで大丈夫だ。


 ・・・そういえば朝早く起きるのが苦手だったと記憶しているぞ。

 この情報社会、SNSは最新をチェックしないとのはどっちだろうな?


 軽く会釈をして教室へと向かう。

 後ろから「チッ!」と舌打ちをする非常に小さな音が聞こえてきた。

 ・・・僕はわずかな音すら記憶するから今後は気を付けるんだな。

 

 教室から女子生徒の声が聞こえてくる。


 「・・・も変だと思ったんだよー!」


 「でもさ疑ってたわけだしいまさら話しかけづらいよね・・・」


 「わたしも挨拶すらしなかったし・・・」


 「おはようございます」


 「「「・・・お、おはよう」」」


 ひとりで生きていくからといってクラスメイトに挨拶しないわけではない。

 今日はほんの少しだけ心が穏やかなのだ。


 やがてチャイムが鳴り響き、時間ギリギリで小松さん《元カノ》が教室に入ってきた。

 右手に鞄、左手には僕の小説の新刊が、そして目にはうっすらと涙を浮かべているのを記憶した。



 * * * *


 「メモリーせんぱーい!昨日の美味しかったですかー?」


 「ちょ、ちょっといろいろと押し付けてくるな!めちゃくちゃ当たってるし・・・何よりも北が抜けてる」


 「えー、あかりから抜いちゃダメなんですか?昨日の夜はあかりを食べたくせに!!」


 ・・・どこから突っ込めばいいのか多すぎて分からない。

 朝の女子生徒たちもぽかんと口を開けてしまったじゃないか。


 「カレーを食べただけだし、ジャガイモの北あかり!」


 大事なことだから大きな声で叫んでしまった。


 小悪魔はニヤリとする。・・・この確信犯が。


 「じゃあいつものようにランチしましょう!!食堂行きますよーー!!」


 ・・・昨日が初めてのランチだろ。でも・・・仕方ないから今日も一緒に食べてやるか。


 「今日も放課後に先輩の家行きますねー!!」


 なんでこのタイミングで言った?

 ランチとまったく関係ないし意味不明だ。

 教室中が固まっているのを記憶したけど忘れたい。


 ちょっとでも小悪魔を天使かもと思った事も忘れることにした。

 もちろん説教もお礼も忘れてしまった。

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