第2話 小悪魔の記憶がない

 「・・・というわけで氷河は記憶喪失なので分からない事があったら、みんなが助けてやってくれ」


 「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 僕が頭を下げてもなにも反応がない。スキャンダルを起こしたと思われているのだから当然の反応だ。


 頭をあげて教室中を見渡すと、嫌悪や敵意丸出しの視線が僕を貫く。

 あれだけ仲良くしてくれたみんながこうもあっさり変わるなんて・・・上等じゃないか。僕にはその覚悟が出来ている。

 その視線の中に怒りの表情を浮かべるひとりの少女と目が合う。彼女は視線をすぐに逸らしたが間違いない。元カノの【小松千花こまつちか】だ。

 当然は隣のクラスだからいない。


 教室中が静まりかえっていた。

 廊下側の一番後ろに座る元カノは、怒りの表情が一変して意味ありげな薄ら笑いを浮かべていた。

 ・・・昔の僕はもういない。彼女と2度と人生が交わることもないし興味もなかった。


 僕は指定された窓側の一番後ろの席へと移動する。

 

 『本当になにも覚えてないのかな?千花にした事も・・』


 『無責任だよな、ゆるせねーよアイツ』


 なんとでも言えばいい、無実なんだから罪の意識などまったく感じない。


  午後になり午前とは比べものにならない程の重い空気がクラスを包み込んだ。

 昼休みと同時に浩一ヤツがやって来たのだ。

 親友であったはずのアイツが元カノと話をしている。その姿を見ても不思議と僕の心は穏やかだった。

 さっさと昼食をすませに教室を出ようとした時だった。


 「・・・メモリーほんとに覚えていないのか?」


 その呼び方に嫌悪感がする。親しい者だけが口にする作家としての僕のペンネームだ。

 無言で頷くとわずに口角があがるのを記憶した。


 「俺は浩一、お前の親友。そしてこっちが彼女の千花だ」


 なるほど、それがお前の狙いだったのか。

 クラス中が驚くあたりは誰も知らなかったのだろう。


 「失礼しまーす!ヤッホー、メモリーセンパイ生きてますかー?」


 は唐突にやってきた。少しはこの空気を読め。


 もちろん記憶がない設定なのでここはスルーに決まってる。


 「あ、見〜つけた!」


 「あの・・・記憶喪失でして、どなたでしょう?」


 これはかなり便利かもしれない。

 

 「うわー覚えてないってかなりショック!毎日ランチを一緒にしていた、かわいいかわいい後輩の【白石しらいしあかり】です!さあさあ行きましょう!」


 ・・・記憶がないのをいい事に堂々と嘘をつくな。彼女がいたし何度も断ってただろ。それに・・・あれほど僕にボディタッチするなと注意したはずなのに、自信満々に腕を組んでくる。


 「ち、ちょっと馴れ馴れしいんじゃない?」


 「あかりって呼んでくれていつもこうだったじゃないですかー?もうメモリー先輩忘れすぎー」


 だから記憶喪失だって言ってるだろ。下の名前、初めて知ったぞ?

 コイツ調子に乗ってるけど・・・確信犯じゃないのか?

 記憶を欺いてる僕が言えた義理ではないけど。

 さらに教室中が微妙な空気に包まれていた。すぐにでも抜け出したいので、


 「じゃあ僕は食堂に---」


 「行きましょ行きましょ!」


 食い気味にうまくかぶせられた。

 ふと元カノと元親友を横目で見ると呆気に取られていたが、これ以上関わる気はないのでその場を後にした。


 この小悪魔をどうすれば引き離すことができるだろう・・・考えれば考えるほどこの先嫌な予感しかしなかった・・・




・・・うーんベタな展開だけどなぜこうなった?


 お昼休みの食堂は多くの生徒で賑わいをみせていた。

 そんな中、僕が座るテーブル席の向かいには小悪魔がニコニコしながら話しかけてくる。


 「先輩安心してください!わたしがいるから大丈夫です!いろいろ教えてあげますね。まずは・・・先輩と私は友達以上恋人未満って感じでしたけど、フリーになったのなら私と付き合ってください!!」


 「ムリ」


 「瞬殺ひっど!しかもヤダじゃなくてムリって拒絶間半端ないし。それが恋人未満のこんなカワイイ美少女にかけるセリフですか?」


 モデルのようなポーズをとる彼女。その姿に周りにいる多くの男子生徒が見惚れていた。

 肩まである真っ黒なショートカットの髪にリボンのついたカチューシャを身に着け、平均より少し小さめな身長には不釣り合いな多きな胸、そしてなによりもアイドルのようなその顔つきは聞けば10人中10人が可愛いと答えるような美少女だ。


 ではなぜ僕が避けるのか。

 答えはいまここにある・・・とにかくあざといのだ、まるで小悪魔のように。


 「だってさ・・・ほんとに仲が良かったの?恋人未満ってことはかなり---」


 「はい、あーん」


 話の途中で自ら食べていたカレーを不意に口に突っ込まれた。

 

 「いつもこうしてたじゃないですか!間接キスですよこれ!」


 言葉とは裏腹に耳が少し赤くなっている。間接キスだって今回が初めてだから当たり前だ。


 「お、おいこんな記憶はないぞ・・」

 

 「おかしいですね?じゃあいろいろ思い出すまでお手伝いするので安心してください!」


 なまじ記憶があるからこのさき不安と恐怖しか感じない・・・

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る